6.再会

「直してくれてありがとう!」

「いえいえ、素敵な結婚式になるといいですね!」

「ええ!」

 パッと顔を輝かせて大切にドレスを抱きしめている彼女は、晴れやかな表情でお店から去っていった。今回お願いされたものは、彼女のお祖母さんがお嫁に行くときに着ていたドレスだった。そのお祖母さんは去年亡くなり、結婚式を見てもらいたかったという思いでドレスの修復を人づてに聞いたこのお店に持ってきたらしい。

 このフェネクス国の人たちは、基本物を大切にする人たちだ。『その物には持ち主の気持ちが宿っている、だから乱暴に扱ってはいけないよ』と小さい頃から言い聞かせられているのだとメリーさんが教えてくれた。だからあんなにもお店に人が来てくれるし、みなさん嬉しそうに去っていくのだと納得した。

 こうしてお店を構えるようになって気付けばひと月は経とうとしていた。隣の宿屋とこのお店を行き来しているだけで街の中の散策に行くタイミングを逃してしまっているけれど、店に来てくれる人たちはみなさん優しい。お礼を言われたいがためにやっているわけじゃないけれど、それでもたった一言の「ありがとう」はとても嬉しかった。

 そして少し殺風景だったこの店内も最近徐々に物が増えていっている。よかったらもらってと頂いた観葉植物、お礼にと持ってきてくれた小さな古時計、不便だろうと譲っていただいた棚。この棚は出かけている間預かっていてほしいという要望があって、その預かっている物が置いてある。もらってばかりでは悪いからと物々交換した小物もちらほら。

「うん、なんだかんだで充実しちゃってる、かな?」

 サブノック国を追い出されたときはあまりの理不尽さに悔しいやら悲しいやら、ぐちゃぐちゃの感情のままこのフェネクス国に来たけれど。どうやら私にはこの国は合っているようで、理不尽な異世界は少し住みやすい世界へと変わっていた。

 ただサブノック国が気にならないかと言われれば、そうではないけれど。でも私は追い出された身だし、私の次に召喚された子がきっと聖女として頑張っているに違いない。そう言い聞かせながら日々を過ごしている。そうでなければ勝手に責任感を感じて気落ちしそうになったから。

 カランとドアのベルが鳴る。このベルも近所の鍛冶屋さんのおじさんのご厚意でもらったものだ。おじさんは「ただの試作品だから」ってお代はいらないって笑い飛ばしていたっけ。

 顔を上げて「いらっしゃいませ」の「い」の口の形を作ろうとして、それは成さなかった。唇を横に動かすどころかぽかりと情けなく開けてしまう。

「こんにちは」

 光りに当たるとキラキラと光って、透き通るように見える髪。顔は穏やかな表情を浮かべていた。

「……リク?!」

「久しぶりです、サヤ」

「え、えっ、どうしてここにいるの? リク」

 見覚えのある顔に最初は他人の空似かと思っていたけれど、彼はしっかりと私の名前を呼んで尚更笑みを深めた。どうしてここに、と思いつつもつい視線が上から下へと往復してしまう。

 リクはサブノック国の騎士だったからいつも見るのは鎧姿だった。でも、今目の前にいるリクはとてもラフな格好をしている。一応格好いい胸当てのようなものをしていて、腰には剣が下げられている。どんな格好でもピンと伸ばされている背筋は綺麗だな、だなんて少し明後日なことを考えてしまったり。

「ここってサヤの店なんですか?」

「えっ? そ、そう、修理屋さんをしているの」

「なるほど、修理屋さんですか」

 聖女としての力を知っているから、それを応用したものだとすぐに気付いたのだろう。納得したリクはスッと店内を見渡した後すぐに私に視線を戻した。

「お元気そうでよかったです」

「リクも……どこも怪我とか、してないよね?」

「ええ、まったくどこも怪我してませんよ。至って健康体です」

「よかった……」

 フェネクス国は霧が発生しているわけでもなく、ひと月いても魔物の被害があったという噂はまったく聞いていない。けれど隣のサブノック国は聖女がいるとしてもそう一気に霧を晴らせることができないから、未だに魔物は出ているはず。道中襲われなかったか心配したけれど、どこにも怪我をしている様子はなくてホッと息を吐いた。

「リク……騎士のお役目で来たの?」

 突然ここに現れたことにびっくりしたけれど、もしかしてサブノック国で何かトラブルがあって私を呼び戻しに来た、という可能性を思い浮かべてしまった。そしたら巡礼で一緒だったリクが呼び戻しに来ても不思議じゃないと。

 でもリクは目を丸くした後その目を笑みに変えて「いいえ」とはっきりと口にした。

「サブノック国の騎士を辞めてきました」

「……辞めた?!」

「はい」

「でも、確か恩があるからって騎士をしてたって……!」

「ええ、『先代の王』に、ですね」

 言葉を出そうとしていた口を噤んだ。例え何かを喋ろうとしても変な音しか出てこなかったかもしれないけれど。でもそうか、リクが恩を感じていたのは『先代の王』であって今のサブノック国の王じゃない。あの王をふと思い出して思わず顔を歪めてしまう。いいイメージも思い出もまったくない、寧ろマイナスイメージしか思い出せない。

 するとカランと再びベルが鳴る。あ、と古時計に視線を向けてみればお昼の少し前の時間だった。

「おや?! リクじゃないか!」

「お久しぶりです、メリーさん」

「なんだいなんだいあんた、久々にやってきたかと思ったらあたしに挨拶する前にサヤのところに行ったのかい?!」

「メリーさんのところに行こうとしましたよ? でも宿屋の隣に見知らぬ店ができていて、少し覗き見てみたらサヤの姿があったので」

「はっはーん? そういうことにしといてやろうじゃないか」

「そういうことなんですけどね」

 親しげにポンポン会話を続ける二人に少しだけ口をポカンと開けた。リクはメリーさんを頼れと私に言っていたし、メリーさんもリクとは親しい仲とは言っていたけれど。予想していた以上にとても親しげな間柄だった。

「丁度いい、今からサヤの昼食の時間なんだ。リクも一緒に食べていきな」

「いいんですか? ではお言葉に甘えて。サヤ、ご一緒しても?」

「ふぇっ? う、うん、もちろん!」

 少し置いてけぼりの状態になっていたせいで突然話しかけられて変な声が出てしまった。二人のきょとんとした顔の後に微笑ましく見られたものだから少し恥ずかしい。メリーさんとリクに続いてお店を出て、クローズの看板を下げた。

 お昼の少し前ということもあって少しだけお客さんが少ないけれど、すぐにどっと人が多くなる。お店の隅の方の席に座ればすぐに目の前に料理が置かれた。メリーさんはあの手この手で私を太らせようといつも美味しいご飯を作ってくれて、そのおかげで確かに前に比べて肉付きがよくなってきた。ただ、美味しいから食べちゃうせいで最近ダイエットしようかな、だなんてひっそりと考えている。

「いい香りですね」

「ね! メリーさんのご飯いつも美味しくて困っちゃう」

「困るんですか?」

「そう、いっぱい食べちゃうから」

「それもきっとメリーさんの思惑通りでしょうね」

「やっぱりそうだよね……?!」

 今頃もしかしたら厨房の方でメリーさんガッツポーズしてるかもしれない。だなんてリクと冗談を言い合いながら早速ご飯を口に運ぶ。ふっくらとしたタマゴで包まれているオムライスに濃厚なデミグラスソースがかかっていて、一口入れただけで幸せいっぱいな気持ちになる。ああ、また太っちゃう。

 リクの方はパンに濃厚で具だくさんのビーフシチューにその傍にはサラダと、栄養バランスバッチリだ。私もサラダを追加注文していればよかったと少し反省。

 そういえばこうして席に座って落ち着いてリクとご飯を食べるのは、これが初めてかもしれない。いつも巡礼の道中で手軽に食べられるものをとみんなで食べてはいたけれど。でも改めて食事をしているリクをチラッと見てみると、食べている最中も姿勢正しくで所作が綺麗。騎士ってみんなこうなのかな、と思いつつオムライスをパクリと口に運んだ。

 ある程度食べ進めれば人も増え、他の人のために席を譲るべきかなと思っているところメリーさんが飲み物を持ってやってきた。

「リク、あんたこれからどうするんだい?」

「しばらくここに身を置こうと思います。後でギルドへ登録をしに行こうかと」

「あんたの腕ならそれがいいね。あ! そうだそうだ!」

「ごふっ」

 飲み物をゴクゴクと飲んでいるときにメリーさんから背中を叩かれたものだから、思わず咽てしまって何度か咳を繰り返した。目の前にいるリクはスッとナフキンを渡してくれて、次にジッとメリーさんに視線を向ける。メリーさんは慌てて背中を擦りながら謝ってくれた。

「よかったらサヤに街を案内してくれないかい? この子ここに来てから働いてばかりで街の散策もしてないんだよ」

「そうなんですか? サヤ」

「う、うん……」

 ジッと見つめてくる視線が「働き過ぎだ」と訴えてくる。だって、何もせずに置かせてもらうなんてそんな図々しいことはできない。それにこの国の人たちは物を大切にする人たちだから、少しでも早くに直してあげたかった。

「わかりました。ではこの国のことも説明しながら、観光しましょうか?」

「いいの?」

「もちろんです」

「あ、ありがとう」

 とても爽やかな笑顔をしているリクに対して、私はちょっと、本当にちょっとだけ「デート」という文字が浮かんでしまった。何を浮き立ったことを考えているのだろう。別に、男女二人で歩くなんておかしなことじゃないのに。

 ただ、そう。久しぶりに気心の知れたリクに再会できて嬉しかっただけ。それでちょっと浮かれただけだと自分に言い聞かせた。

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