第3話 困りごと

 不意にポンっと肩を叩かれた。

 振り向けば、真後ろのブースからセーラー服の美人さんが困った顔で僕を見ていた。

 里見舞花さとみまいかさんだ。


「葵くん、少しいいかな?」


「ええ、どうぞ」


 二つ返事で返すと、困った顔が少し和らいだ。美人の困った顔も一興だが、やはり笑ったり微笑んでいてもらいたいものだ。


「あのね、この依頼なんだけど、どう返そうかと考えてたら、どんどんわからなくなってきたんだよ」


「そうですか、なら了解です。転送してください」


 仕事場は集中するためコンパートメントとなっていて、一種のプライベート空間になっているのだが、その中に顔を出すには相応の理由がある。


 早速、一通のメールを転送してもらい、中身を確認した。


「K.Tさま あなたのことが、忘れられません。暫く連絡がないのはとても寂しいです。

 明日にでも会社まで会いに行きましょうか?もし、逃げるのなら奥様にバラしますよ」


 ……なるほど、これは厄介というか、関わりたく無いものだな。

 内容的に不倫っぽいし、対応次第で修羅場になる。


 しかも学生さんのアルバイトに頼むものではない。


 これを彼女に頼んだのは……、やはりあいつか。

 薄々検討はついていた。


 まず先に社内チャットを使い、里見さんに質問した。


「これって都村さんから回された仕事でしょう。里見さんには難しいですよね。もちろん、僕も簡単には返事はつくれないし、僕から都村さんに断っておこうか?」


「あー、あはは、それしちゃうと都村さんからマンツーマンで指導が待ってるんだよねー! それはイヤっ!」


 そうか、そんな事になるのか。

 なら、風祭さんに頼む方が良いかも知れない。

 僕はPCのアカウントを切り替え、背後のロールカーテンを閉めた。


 アルバイトとはいえ、秘書の仕事に極秘任務は欠かせない。

 カーテンはそのための措置である。

 これで後ろから画面を見ることは出来ない。


 テキストチャットを開いて、簡潔にことの次第を風祭さんに伝え対応を促した。

 これで一件落着と思いきや新たな問題が発生した。

 というのも、風祭さんに反抗されたのだ。


「これって私にはメリットはありますか?」


「いや、普通に仕事の話でしょう。あなたは対価を充分に貰っている筈ですが?」


「来週でもいいですよね。そろそろ退勤時間ですし、土日は私、忙しいんです」


「そこをなんとかできませんか?」


「まあ、葵くん次第でしょうか?」


 なんか嫌な予感がする。

 他の人にお願いしようかな。

 しばらく、といっても1分経たないぐらいの時間が空いた。

 最初に動いたのは風祭さんからだった。


「仕方ないですね。私から都村くんと里見さんに指示を出します。ですから、葵くんがその案件は片しておいてくださいね!」


 ……くっ、僕に振ってきやがったか。

 この展開はさすがに抵抗したいのだけど、このまま僕が条件をのめば解決はする。


 ずるずる対抗するだけならメンタルがヤられるだけかもな。

 仕方ない。


「わかりました」と回答。


「P.S 葵くんが、私のお願いを聞いてくれるのなら、私が処理してもいいんだけれど?もう素案はできたし?」


 うーっ、この手の文章の返事は間違えると炎上しそうだしな。彼女の力を借りれるのならそうしたい。


 一応、聞いてみるべきか?


「風祭さん、そのお願いとは?」


「もち、デートに決まってますけど♡」


 ……やはりか、この人ってば、何故か知らんが僕に興味があるらしい。

 しょたこん、なのか?


「いや、しょたこんでは無いよ」


 この人、僕の考えを読めるのか? 怖いよ。


「さすがの私でも読めないわ。しかし予想はできます。ほぼ的中でしょうね」


「いや、怖い。絶対に人では無い」


「そりゃあ、ただの人じゃないですよ。私は女神ですし、葵くんの未来の奥さんですし、将来はあなたとの2人の子供の母親なんだから!」


「いや、人類じゃないのはわかる。とってもわかる。しかし、僕の将来は決まってません。将来は穏やかで大人しい女性と結婚したいです」


「あら、それは私が穏やかで大人しくはないということですか? こんなに尽くしているというのに」


「ほう、僕に仕事振る時点で、その言葉は違うと思いますが?」


「でも、君は私に助けを依頼したのでは?」


 くっ、これ以上のやり取りは無駄だ。

 いくら、彼女の上司とはいえ、彼女は取締り役の全ての意見をまとめることができる。

 つまり、僕は彼女には勝てない。

 お飾りの代表という訳だ。

 勝てないとは、分かっていてもイライラする。


 悔しいが、頷く。

 ニンマリしている琴乃さんの顔が頭によぎり、胃が痛む。


「よろしくお願いします」


「はい、承ります。社長さん! それでデートなんだけど、リクエストしてもいい?」


「勝手にしてください!」


「そうですか、なら今度の土曜日に駅前の噴水に11時では?」


「まあ、僕はその方面の知識はないから、お任せします」


「はい、今回は任されました」


『今回は……』というか、それが最後なんだけどな、と心の中で呟いたのに早速、反応されてしまう。


「今回だけではないですよ。また、私に相談する時もあるかも知れないですからね!」

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