第2話 僕の仕事
自分のデスクに鞄を置くと、早速PCを起動させた。
社内のデスクは秘密確保のため、両隣には衝立が設置されコンパートメント形式の円状に分かれている。
秘密というのも、お客様からの依頼の秘密を守ることを優先しているということである。
しかし、さすがに担当のみで依頼を処理はしない。
案を作り上司まで見てもらい、OKとなったら一つの仕事が終わる。
ここでの僕の仕事は、お得意様の手紙の対応の他、みんなの仕事の仕分けやチェック、各部長からの相談への回答をしている。
仕事内容は多岐にわたるが、取締役副社長兼企画部長である実姉の真香に半分は任せている。
メール用のスタンプ制作やアイコン、可愛い系の便箋、封筒、シールなどの開発をしている。ファンシー系の仕事が中心となるが、経費が絡むことや経営に係るものは、風祭さんと僕にも話してから決めることとしている。
こんな環境の中、僕はお得意様、つまり常連さんの対応にのみ集中することが可能となった。
本日の案件は3件
まさ様からは転送か、椎木様のは質問の返答に本願寺様からは案内文の依頼。
これなら定時に帰れるな。
まさ様のは?
「いつも応援しています。
明日の試合も応援に行きますので見つけたら手を振ってもらえると嬉しいです。
和美」
ん〜、まさ様ってばサッカー選手だよな。
この文章から言えば、面識はあるようだが……。確約は避けた方が無難だよな。
「和美さん、いつも応援、ありがとう。
試合中はボールに集中しているから、残念ながら手は振れないと思います。明日の応援、よろしくね!」
さて、1通目を風祭さんに転送。
次は椎木様の質問。
「こんにちは、いつも応援させていただいております。早速ですが、次の作品はどんな展開になるのでしょうか?やっと主人公はヒロインとの再会が果たされた訳ですが、ハッピーエンドで完結するのかとても気になります。多少なりとも知りたいのです。よろしくお願いします。千佳」
えーっと、次回作なんて方向性がわかると面白味が無くなると思うんだけどね。
それに新刊が出されたばっかりだった気がするし、なんでこんな質問するかなー?
「いつも応援、ありがとうございます。
次回の展開は私も知りたいところです。これがわかれば苦労はしません。次作を期待してお待ちください」
はい、2通目を転送っと。
さて、ラスト!
本願寺様のは、檀家さんへのご依頼文章か。
どうやら寄付みたいだな。
これは、「テンプレートを選んで送るようにしてください」
ベタ打ち文を風祭さんに転送っと!
さて、終わりだが……。
風祭さんから返信が来てますね。
さすがです。
まさ様の分
→ 「和美さん、いつも応援、ありがとう。
試合中は集中して頑張ります。明日の応援、よろしくね!」の方が『できない』とか『無理』とかの否定が無くてもお客様に理解して頂けないでしょうか?
……うーん、なるほどね。
さすが才女ですね。
これ、いただきます。
椎木様の分は……。
→「いつも応援、ありがとうございます。
次回の展開は私も知りたいところです。次作も面白い作品をと思っておりますので期待してお待ちください」
葵さん、作者の苦労を読者様に訴えて、どうするのでしょうか?ここは『次作も頑張るからまっててね』というところですよね?
……ええ、はい、そうですね。
風祭さん、あなたの勝ちです。
「2つとも添削後の奴で処理を始めてください」転送。
──また加筆されちゃったよ。
地味に参るよな。
「ふぅー」
ため息を吐きながら、見つめていた画面から目を離し、顔を上げると同時に紙コップに入ったコーヒーが机に置かれた。
「お疲れ」
労いの言葉と共に軽くウィンクして僕の横に風祭さんが僕の横に立つ。
その顔は悪戯をした後のような笑顔。
「お疲れ様です」
一応、相手は表向きでは、僕の上司ということになっているから敬語を使う。
本来なら用が有れば部下である僕の方が風祭さんの机に行くのが当然だけど、スタッフとのコミュニケーションを上手く利用して、わざわざ僕の方に来てくれているのだろう。
少し意地悪だが、やはり頼もしい。
「もう上がって真香のとこに行くから葵くんも一緒に乗ってく?」
「今日は、予定があるとお聞きしてましたが?」
「それが、向こうの都合でキャンセルされたの。だからお勉強見てあげる」
……そこかしこから敵意を感じる。
副社長の弟というだけで僕は若い男性社員やアルバイトからは妬まれているらしい。
それに加え、美人専務の秘書であるため、ことあるごとに、彼等から意地悪されることもある。
だから、面倒ごとはなるべく避けたい。
もし、彼等が僕の立場を知っていたなら、まずは無い事であるが、まだ知らせるにはリスクが高い。
しかし、本当にうちに来るつもりなんですね。
でも、僕はあなたと一緒は嫌なのでお断り。電車が楽だ。
「あっ、いえ、僕は寄るところがあるので電車で帰ります」
「そうなの、待っててもいいんだけど?」
まだ粘るのか?
風祭さんとのドライブは楽しい時もあるのだが、うちに来る時の会話の中身は下ネタが多めだろう。
それに応対するのは陰キャで童貞にはキツい。
『察しろよ!』と言いたいところだが、わざとだから火に油だと思っている。
いーや、それわかっててやるんだよなぁ。
あー性格悪いし!
「いえ、今日は結構です」
「そう。じゃあ、今度は送るね。絶対だよ!」
「はい、その時は」
あっ、これって図られた?
チロっと舌を出して、悪戯っぽい顔だ。
あれは今日を捨てて次のアポを取っれたという顔ですね。それに引っ掛かったのは僕ですね。
あーあ。
⭐︎新人アルバイト
PCの画面に集中していると風祭さんがフロア内に同じような美少女かつ素晴らしい体型の女子を引き連れてやって来た。
「はい、みなさん顔を出してください。
新人アルバイトさんの紹介です。
友坂
「友坂です。よろしくお願いします」
パチパチパチと乾いた拍手の音が聞こえて、その後に風祭さんから指導役に任命されたのは、都村省吾つむらしょうご、風祭さんの後輩にあたり、学生アルバイトながら主任に抜擢されている。
実力はかなり高いが、こいつが面倒なヤツなのだ。
当然、陽キャの主役然として、とってもイケメンだ。つまり隠キャの僕が最も苦手としている相手である。
この配属には納得出来ない。
風祭さんが席に着くとインカムで文句を言った。
「風祭さん、どうして都村を指導役に指名したんですか?」
「いえ、適任ですから。しゃ、…ん、ううん、葵くんは適任ではないと思われるのですか?」
「いや、彼の功績は充分だが、素行に問題があると思うのですが?」
「ほー、片想いの女子高生をイケメン大学生に取られるのが余程気に食わないみたいですね。しかし、私情を挟まないでください」
「いや、決して私情ではない!」
「なら、いいじゃないですか? 私の専決事項ですし、ダメですか?」
「………いや、わかりました」
これ以上絡むのは鬱陶しいだろうし、周りの人からも変に勘繰られてしまう恐れがある。
以前、地雷を踏み抜いた時の傷は未だに癒えていない。
『ふぅ』っとため息が出る。
心なしか、鏡を見ると目が赤い。
友坂さんへの憧れも、都村によって強制終了となるかな。
一応、立場上、友坂とは少し距離をおこう。
しかし、独り言は迂闊にも出てしまう。
「……ああ、残念だ!とても残念だ!」
「葵さん、インカムまだ切って無いのはご存知ですか? これってオープンチャットにしてましたから、今の声は他の役員にもまる聞こえでしたよ! 私のチャット欄がすごいスピードで流れてますし、ご確認されたらいかがですか?」
「…………ごほん。いや、教えてくれてありがとうございます。もう今日は帰ります。……もう、メンタルが崩壊しました」
クッソ、みんなして僕を弄りやがってー!
こうなれば、自宅に帰ってリモートワークで仕事するの一択だ。
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