第6話 『拳聖』ヴォルティガン

俺も有名になりすぎたかもしれんな。

ヴォルティガンは庭師が去って行くのを横目で見ながら、建物の巡回を続ける。


仕方が無いのだ。

ローランド王族の護衛を引き受けて、既に10年以上の月日が経っている。

国民に愛されていた、前王と妃、そして現在の女王クリスではあるが、それでも恨まれる事は有る。

大っぴらに敵対しているヘイルダム王国、交易の利権で衝突しているクイントン連合はもちろん、周辺の小国に狙われもする。


ローランドが倒れたら得するなんて思うヤツの気が知れねーな。

戦争好きのヘイルダムに攻め込まれて終わるか、クイントンの商人連中に気づかないうちに国中の富を持っていかれれる。

その程度は予想がつくだろうがよ。


政治を知らない護衛ヴォルティガンにだって分かるのだ。

小国であっても一国を預かっているような人間たちに何故それが理解出来ないのか。

ため息をつきたくなるというモノだ。


そんな訳でローランド王族は刺客や陰謀に常に狙われる。

ヴォルティガンはその刺客を全て退けて来たのである。

武具を持つ事が許されない王宮で素手で敵と戦う護衛戦士。

いつの間にやら庶民の間には『拳聖』ヴォルティガンなんぞと言う名前で知られているらしい。

聖、そんな字で語られる人間になった覚えは無いぜ。


王宮で護衛を務める近衛兵ボンクラだろうが、国境で戦う兵隊デクノボーであろうが、大して変わらない。

暴力を飯のタネにしている人間たち。

ヴォルティガンも同じく。

人間を傷つけて、金を稼いでいる人間に過ぎない。


そろそろ、俺も引退を考える時期かな。

ヴォルティガンはもうそれなりの年齢だ。

鍛えた肉体に贅肉やたるみは一切無い。

そのおかげで若くは見えるが、荒事の現場で最前線に立つには。

若いころの様に身体は動かない。


その分、王城で護衛を勤め続け、手に入れたカンというモノがある。

おかしな人間が居ればなにかピンと来るのだ。

しかしそのカンも年齢で鈍ってきたのかもしれない。

戦闘態勢に入ったと言うのに。

来てみれば庭師とはな。


謁見の時に誰かに見られた。

剣呑なヤツが俺を観察している。

そう感じたのだって今となっては怪しいモノだ。


そろそろ摂政や女王の出番になる時間。

晩餐会の会場に戻るとするかね。




暗殺者エスクラードは晩餐会の会場へ潜り込んでいた。

自身と同様の制服を来た女給と一緒に目立たないよう、護衛たちをすり抜ける。


王宮で働く女性たち。

エスクラードと同様、布で頭を隠し忙しく立ち働く女性。

おそらくは下級貴族や裕福な商人辺りの親族。


その女給たちに指示を出す、女性。

頭に布を巻かず、目立たない程度の髪飾りでまとめている。

上級貴族の親族、または王族の遠い親類。

立ち居振る舞いがもう違う。

我々は下働きではあるが、この国の王に直接仕えるもの。

凛と張った姿勢、上品な言葉使い。


この女官たちに暗殺者エスクラードが紛れ込む事は不可能だろう。

仕事のため礼儀作法は一通り叩きこまれて来たが、所詮は付け焼刃。

自分と同様食事をバタバタと運ぶ女給たちは多少品が良いと言っても庶民とさほど変わりはしない。

こちらに入り込むなら付け焼刃エスクラードでも可能だ。


女給たちと合わせて、会場を飾ったり食事を並べるふり。

女給たちはパッとは数えられない程の人数。

頭を覆う布を深くかぶり自然と場に溶け込むエスクラードに誰も疑いの目を向けなかった。


徐々に貴人たちが姿を表す。

なにやらざわついている。

晩餐会の趣旨は国境付近で働く将軍、その部隊の主だった者を招いた戦勝の宴と労いの会であったらしい。

ところが主賓である将軍が国境の事後処理で遅れると言う。


有難いことだ。

ざわついた雰囲気の方がエスクラードは仕事がし易い。

少しづつ目立たぬ素振りで主賓席の方へと立ち位置を変えていくエスクラード。


そして登場する、年若き宰相。

次いで、この国でもっとも貴い身分の女性、クリスティーナ女王。


遠目に数刻前に見た美しい姿が再度視界に入る。

女給エスクラードはスカートに隠すマチェットナイフの存在を確かめる。




摂政パーシヴァルは壇上に進み出て、言葉を述べていた。


「皆様、既にお聞き及びとは思いますが、国境付近の小競り合いでライオニス将軍は勝利を収めました。

 ライオニス将軍をお招きして、今宵はその戦勝とその下で働いた勇敢な戦士たちへの労いの会。

 その予定でしたが、残念ながらライオニス将軍は足止めを食っている。

 ヘイルダムは戦士の晩餐に気を使うほどの礼儀も持ち合わせていないらしい。

 鉄の国らしいマナーの無さです」


「皆様には今宵は気楽に晩餐を楽しんで戴きたい。

 ですが、その前に将軍の勝利だけはカンパイしておきましょう。

 これを忘れると、将軍が宴の終わりまでに間に合ってしまった場合、何を言われるか分からない」



人々の前で注目されて上がりもせずに、軽い笑いを取って戻ってくる摂政パーシー

晩餐会の主賓クリスはその幼馴染パーシーをマジマジ見つめる。


「ずるいわ、パーシー。

 いつの間にあんなに挨拶するの上手くなったの」


「ずるいって……

 僕だって若いとは言え、宰相の息子だよ。

 人前で話す経験は嫌でも積まされるんだよ」


「ずるい~。

 ならわたしの分も貴方パーシー話してよ」


国王の娘クリスだって人前で挨拶させられる機会は多かっただろ」


「だって……

 兄さまたちがいたから、

 そんな時は兄さまたちが話すものよ」



そんなクリスは放っておいて会場に目を向ける。

女王クリス摂政パーシーの席に近づいてくる女給はやけに美人な気がする。



「摂政様。

 ご挨拶して喉が乾いていらっしゃいませんか。

 ワインはいかがです?」


「ああ、アルコールは今日は駄目だ。

 冷やした水をくれないか」


まだ今夜は長い。

夜には将軍が戻ってくるかもしれない。

乾杯の挨拶位は軽くシャンパンも飲んだけれど。

今夜は酔っぱらうわけにはいかない。


女給が近づいてくる。

水をたたえたグラスを手に。

やけに美人だなと思った女給。


パーシヴァルとて年若い男性である。

視線がその顔に吸いつけられるのは仕方の無いコト。


「摂政パーシヴァル様。

 よろしいんですか。

 姫様が見てる前で、そんなスケベな視線で他の女をマジマジと見つめるなんて」


「何を言い出すんだ?!」


言ったのはクリスの後ろに控えているはずのメイド。

王宮に仕える女給とも女官とも付かない格好。

白いシャツと黒い地味なドレスは同じだが、頭に布はかぶらず。

代わりに白い花の様な髪飾りをつけている。

胡蝶蘭の意匠だろうか。


このメイドも謎だ。

誰の関係者とも知れない。

王宮に務めている者なら身元はハッキリしている筈なのだ。

ところが誰の親族なのだか、誰も知らない。

パーシヴァルは驚いて慌てて調べたら、身元を保証している者は前女王。

クリスの母親である。


ただの女給とも女官ともつかぬ立場で、女王のそばにいるメイドなのである。

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