第5話 姫君の笑顔

「クリス、晩餐でのスピーチ考えてくれた?」


「ええっ、今日はライオニス兄さまの戦勝祝いでしょ。

 ライ兄さまが主役じゃないの?」


「ライオニス様は少し遅くなる。

 また小競り合いが有ったんだ。

 事後処理で遅れる。

 そういう連絡が届いた。

 だから今晩の主役はキミだ」


「…………

 パーシー、わたし思ったんだけど」


「なんだい?」


「王城の入り口でパン屋さんをやるのはどうかしら?

 ほらあそこ何時も城へのお客様が並んでるじゃない。

 あそこでパンを売れば大儲けだと思うの」


「キミ、まだパンは上手く焼けないんでしょ」


「そうなの。

 だからわたしは店長さん。

 パンはパン焼き職人を雇うわ。

 それで一緒に売るクッキーは自分で焼くの。

 それならどうかしら」


「職人を雇ってクリスが店長か……

 キミの夢がホンの少しだけ現実見を帯びたコトを幼馴染として嬉しく思うよ。

 …………

 じゃなくて!

 クリス!

 いきなり現実逃避しないでくれよ」


「だってだって。

 貴方パーシー言ったじゃないの。

 今日はライオニス様とその兵士達が主役。

 クリスは晩餐会の途中で兵達に軽くねぎらいの言葉をかけてくれればいい、って。

 だからわたし……

 勇敢な兵士の皆様と敬愛するライオニス将軍。

 貴方たちがいつも戦場で必死で戦っている。

 そのおかげで王国民とわたしは平和に生きていられる。

 その恩義を、貴方たちの苦労をローランド王国が忘れる事は有りません。

 本当にありがとう。

 ……ってちゃんと考えたのよ。

 心を込めて言うつもりだったのよ。

 それを今からナシにして別の言葉を考えろって言うの」


摂政パーシヴァルは一瞬見惚れる。

少し前までダダを捏ねていた幼女クリスが瞬く間に、国民を代表する貴人の顔になったのだ。

更に「ありがとう」と言った時の顔。

長い睫毛に彩られた瞳が細められ、口元が少し開いて白い歯がチラリと覗く。

緩く巻かれた白銀の髪の毛が揺れる。

花のようだった。

その笑顔の為ならば、命を投げ出して戦っても悔いは無い。

自分が兵士だったなら、そう思ってしまうような笑顔。


二人の後ろを歩いていた護衛ヴォルティガンが手を叩く。


「おおーっ。

 姫さん、ホントに女王っぽくなってきたぜ。

 セリフ自体はありきたりだが。

 今の笑顔は良かった。

 俺が兵士ならその笑顔の為に命を懸けて戦っちまうぜ」


「ヴォルにそう見えたの?

 最近、メイドに言われて笑顔の練習もしてるのよ。

 彼女に言わせると、まだ色気が足りてないって」


「色気なんぞ年齢を重ねれば自然とついてくるさ。

 今の姫様なら、可憐路線で行った方が良い。

 男には保護欲ってモンが有るんだよ。

 目の前の可憐な女性を護ってあげたい、ってな。

 今の笑顔で行けば、兵士ヤロウどもなんざイチコロだぜ」



可憐な笑顔……ってどんなの?

とクリスは笑顔を作って見せるし、ヴォルティガンは注文を付けている。

それじゃアホっぽいぜ、それだと暗いな、さっきのでいいんだよ。

ええっ、わたしさっきどんな顔してたの?



パーシヴァルは語気荒く言ってしまう。


「だから、学芸会気分じゃ困るんだって。

 クリス、キミは本当に女王なんだぞ。

 ヴォルティガン、貴方も女王クリスに変なコトを吹き込むのは止めてくれ」


はーい、とシュンとするクリス。

肩をすくめるヴォルティガン。


くそっ、なんでこのヴォルは僕の言いたかったセリフを言ってしまうんだ。


女性クリスの笑顔の為なら自分は命を懸けて戦うよ。


そんな言葉を胸に仕舞い込むパーシヴァルである。



「俺は少し周辺を見回って来るぜ」


ヴォルティガンは貴人の待機部屋を出る。

晩餐会は既に始まっているのだが、順番というモノが有るのだ。

最初から席についているのは下っ端。

名前が呼ばれて徐々に会場に姿を現すのは将軍に貴族。

オエライさんたち。

女王クリス摂政パーシーともなれば最後になる。

真打登場ってワケだな。

順番なんざどうでもいいじゃねーか。

ヴォルティガンはそう思うが、王宮という所はそういうモンじゃないのだ。

待機部屋はボンクラとは言え、護衛の兵士もいるし、坊っちゃんパーシーも側にいる。

女王クリス直属の護衛として側に着いてるのが仕事だが、見回りも兼ねて少しくらい息抜きもさせてくれ。


晩餐会の会場となる建物を抜け出し、入口から裏口へ廻っていく。

玉座のある宮殿や姫さんクリスの居室が有る胡蝶蘭の館とは別。

まとめて王城などと呼ぶが、その敷地にはいくつも建物が有る。

使用人たちが寝泊まりする館も有るし、護衛の兵士が待機する場所も有る。

目立たないがワケ有りの犯罪者を閉じ込める地下牢なんかも有るのである。


もっと建物を減らしてやれよ。

護衛の兵士どもだって、こう護衛対象が多くちゃ大変だ。

わざわざ摂政パーシヴァルに進言したりはしない。

護衛の兵士ボンクラの事まで構ってられるか。


ヴォルティガンは噛みタバコを唇に入れて軽く齧り付く。

あまり強く噛むとニコチンごと胃の中に放り込んでしまう。

ガムと一緒だ。

口の中で噛んで風味を味わって、その辺に吐き捨てる。

坊っちゃんパーシーが見たら、キミは女王専属の護衛なんだぞ、少しは行儀と言うモノを弁えてくれと騒ぎ立てるだろう。

だから一人で出てきたのである。


おっと。

誰かいるな。

暗がりに人の気配。

ヴォルティガンは自分の気配を殺して、相手の気配を探る。

1人だ。

護衛兵士ボンクラであれば一人で行動したりはしない。

三人一組スリーマンセルが基本。

少しだけ慎重に近づく。

なんだ、庭師かよ。

庭師の男は地面に何やらしている。


「どうかしたか?」

「あっ旦那、いえその。

 あっちの樹を刈っていたら落ち葉が散っちまってね。

 拾ってただけでさ」


見ると落ち葉やら、切った小枝やらを入れた大袋を抱えている。


「もう暗いぞ。

 そろそろ地面なんぞ良く見えないだろ」

「へい、すんませんね。

 ここの掃除だけしたら引き上げるところだったんで」


庭師は愛想良く応えた。

暗がりから黒い革鎧を着た大男ヴォルティガンが声をかけたのだ。

怯えても良さそうなモンだが。

俺の顔を知っていたのか。

護衛の中年男ヴォルティガンは少しだけ気になった。

あまり護衛が顔を覚えられるのは好ましいコトでは無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る