第3話 暗殺者と女給

ローランド王国宮殿の門、近くの建物は人で溢れかえっていた。

王城を出る時には入る時ほど難しくは無い。

入城時行われる身体検査も身分確認も無いのだが、それでも時間はかかる。

取り上げられた、手荷物や護身具などを受け取るのである。


預かっていたローランド側の係の人間だって、適当に渡す訳にもいかない。

相手は城に用事の有る、諸外国の要人が混じっているのだ。

確認して間違いの無いよう返却する必要が有る。


エスクラードは人が多い中、自分の叔父と言う設定になっている大使に近づく。

周囲の人間には聞こえない小声で囁きかける。


「では、私は消える」

「頼む。

 君の手腕に私の妻子の無事が掛かっているんだ。

 やり遂げてくれ」


娘だけでなく、妻も人質に取られていたらしい。

とは言え。

もしも暗殺者を城に導き入れたのが大使だと発覚したなら、自国トラスボーグがどうなるか。

分からぬ程バカでもあるまい。


祈る表情を浮かべる壮年の男に特に答えず、エスクラードは人混みに紛れる。


行く先は手洗い所、窓から抜け出し近くの建物の裏へ。

そこには手筈通り男が待っていた。

黒いシャツ、ダボっとした青いズボンと帽子。

庭師の服装。


「アンタなのか?」


庭師の男はエスクラードの顔を見て驚いた表情を浮かべる。

手練れの暗殺者には見えなかったのだろう。

当たり前だ。

暗殺者でございますという風情で城に忍び込む暗殺者マヌケが何処にいる。

庭師の男から自分エスクラードは身なりの良い、如何にも貴族の甘えた坊ちゃん風の青年に見えている筈だ。


「そうだ、凶器エモノは持ち込めたのか?」

「あっ、ああ。

 こんな物しか無かったが……

 大丈夫か」


庭師が差し出したのは小型の剣。

山刀とかマチェットナイフと呼ばれるものだ。

正面は薄く湾曲した刃、裏が鋸状になっている。

確かに庭師が持ち込む事が不自然でない凶器。


「充分」


エスクラードは貴族の衣服を脱ぎ棄てながら答える。


庭師の男は刃物を渡して、表情をこわばらせる。

見てしまった。

目の前の貴族のボンボンにしか見えなかった小柄な青年が。

奇麗な服を脱ぎ、マチェットを受け取った途端。

豹変していた。

今、目の前にいる人間は。

暗がりから人間を狙う豹のような、肉食獣の気配を漂わせる。

暗殺者を生業としている人間とはこういうモノなのか。


暗殺者エスクラードは更に外見を変える。

庭師が用意した袋から取り出した制服。

白い長袖シャツに黒のスカート、頭を軽く覆う布。

ローランド王城の女給の服装である。

鏡も無しにメイクを施す。


脱いだ衣服はそのまま庭師に渡す。

刈った木の枝や葉と共に袋に放り込めば、怪しまれる事は無い。


そのまま庭の暗がりに紛れようとするが、庭師の男は声をかける。


「アンタ、顔を深く隠して見えない様にした方が良いぜ。

 美人過ぎる。

 目立つぞ」


忠告感謝する。

心の中でつぶやき、女給の姿をした人間エスクラードは応える。


「イヤだわ。

 口説こうったってそんなお世辞には騙されないわよ。

 あたし、これでも王城の女給なんですからね」


取り残された庭師の男はしばし呆然とする。

今のは現実だったのだろうか。

貴族のボンボンが、一瞬殺気を放つヤバイ奴に変った。

その後、美人な女給になって消えて行った。

去り際に放った言葉は間違いなく女性の声だった。


庭師は首を振る。

たったこれだけの作業で半年遊んで暮らせるほどの金を貰っている。

あと少しだけ、頼まれたコトをするだけ。

良いアルバイトだ。

全て忘れてしまおう。

これ以降の事には関わらない方が良い。




クリスは胡蝶蘭の館の二階、自室でベットに横になる。

窮屈なドレスは脱ぎ捨て、アッサリした服装。

自室とは言っても、一人きりになれはしない。

ドアの内側には女官が控えているのである。

本来なら男性の小姓も護衛を兼ねて室内にいるのだが、それは外に居る様に言ってある。


クリスだって年頃の少女なのだ。

わたしだって一応女王になったのよ、それ位のワガママ言っても良いでしょう。


「パーシーの奴、見たかしら。

 見えちゃったかしら」


「はっ、摂政パーシヴァル様の顔が一瞬ほころんでいました。

 少しお見になられたかと……」


別に律儀に答えなくても良いのだけれど……

メイドは応える。


そうよね。

クリスは枕に顔を埋める。

顔が火照って来る。

メイドに気づかれないかしら。


女王クリスティーナ摂政パーシヴァルは幼い頃からの付き合いだ。

子供の頃なら下着くらい見られても全然気にならなかったけど。


ローランド王の三人の子供の末娘であったクリス。

ローランドの宰相の一人息子パーシー。

年齢は一つパーシーが上。

年頃も身分も近かった二人は良く一緒に遊んだ。


少し甘えた泣き虫だった少女クリスとイタズラ好きの少年パーシー

その頃はまさかクリスが女王になるなんて夢にも思っていなかった。


だいたいこんなコトになってるのはパーシーが悪い。

あのパーシーが言ったのだ。


「クリス、キミがローランド国の女王になるんだ」

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