第13話 一時の休息

「勇者様、何をやっておられるのですか?」


 ナタリアが、不思議そうな眼を僕に向け話しかける。


「写真を撮っているのですが……写真って言っても分からないよね」


 そう言って、僕はデジカメで今撮ったばかりの建物の画像を、ナタリアに見せる。


「凄い魔法です! 建物が小さな箱の中に収まっています」


 画像を見終えたナタリアは、目をキラキラさせていた。


「魔法じゃないんだけどね……」


 どうせ詳しいことを説明しても分からないと思い、それ以上何も話さなかった。


 僕はこの世界にきてから、まだこの国がどういう所なのか全く分からなかった。そこでナタリアにお願いして、王都を案内してもらうことにした。この世界に召還されたとき、鞄の中には、部活で使うためのデジカメ二台と予備の電池が数パック収められていた。そこでせっかく町ブラを楽しむなら、風景でも撮影しようと持ってきていた。


 王都の街並みは、石造りの家や建築物が道路沿いに広がっており、まるでRPGの世界に自分が飛び込んだ錯覚に陥った。すれ違う住人は人間だけではなく、長い金髪で耳が尖った魔人や、顎髭の蓄えた子供のような魔人が、彼方此方で歩いていた。


「通りの向こうで歩いている住人は、人間とは到底思えないのですが……」


 彼らを指差して、疑問を口にする。


「あの人たちは、エルフとドワーフですね」


 彼女は何故か顔を曇らせながら答えてくれる。


「魔人という扱いではないのですか?」


「はい、エルフとドワーフは魔人ではなく亜人という扱いです。私たちは魔王軍に対し、彼らと共闘しております」


 僕はパシャパシャとシャッターを切って、ファンタジー世界の住人たちをデジカメに納めていく。


「亜人といえば、猫や犬みたいな獣人を思い浮かべるのですが、牛人以外居ないのですか?」


「王都に少数いるとは思いますが、勇者様が言っておられる、犬族や猫族は魔王側の魔人として、エルフ族、ドワーフ族とは区別されています」


「ざっくり分ければ、人間、エルフ、ドワーフと、それ以外の亜人たちとの間で僕たちは戦っているのか」


「はい。敵は亜人ではなく魔人ですけど」


 ナタリアに王都で有名な建物を案内され、観光気分で町ブラを楽しむ。魔王軍に支配寸前まで追い詰められている国だと聞いていたが、そんな悲壮感は全なく平和な街並みに映った。彼女の案内で色々な場所を巡り、一際目を引く宗教施設があった。


「この大聖堂は、王宮に引けを取らないぐらい立派な建築物だね」


 僕はそう言って建物を見上げる。 


「ここはイージス教団の本部です。ナービス様がおられる場所ですね」


 僕はおのぼりさんになったような気分で、イージス神を崇める、王都最大の宗教施設をバックに記念撮影をした。


「あまり大きな声で言えませんが、マリアーヌ家が王位を引き継ぐ以前は、イージス教団の方が力が強い時代が続いていたんです。魔王の進行により勢力争いは無くなりました。今はお互いに力を合わせて、この国を治めております」


 ナタリアは言葉を選びながら、小声で説明をしてくれた。


「魔王によって、国がまとまっているって皮肉な話ですね」


 大聖堂を眺めながら、自分がこの大聖堂に招かれることも、そう遠くないと感じ取って苦笑する。


「ええ、私も皮肉な話だと思います」


そう答えると、彼女のお腹が小さく鳴いた。


「はわわわわ」


 ナタリアの顔が真っ赤に染まった。


お腹がすいたので、昼食はどうしましょうか?」


「勇者様のお口に合うかどうか、わかりませんけど案内させて頂きます」


 彼女は気恥ずかしげに、道案内を買って出た。大通りから小さな路地を抜けると、白い壁に三角屋根の建物が連なる商店街に出た。その一角に、ナタリアのお気に入りの店があった。僕は彼女と一緒に店の中に入る。


「いらっしゃい」


 と、気立てのいい挨拶で店主に迎え入れられた。白いテーブルクロスの上に花が飾られているテーブルに、僕らは案内される。椅子に腰掛け彼女と向き合うと、何故だか気恥ずかしく感じた。料理が厨房から運ばれてくる度に、給仕に頭を下げている僕の姿を見たナタリアに笑われてしまう。


「勇者様は、よくお辞儀をしますよね」


「そうかな……」


 日本はお辞儀の文化だからと言っても、通じそうになかったので口を濁す。出てきた料理は、大きな肉や野菜がごろっと入ったシチューだった。彼女が僕の顔をじっと見つめていたので、スプーンに乗せたお肉を頬張ると、あまりの暑さに吹き出しそうになる。


「熱っ! 熱っ! 熱っ!」


 テレビの三流コメディアンの様なリアクションをとってしまい、また彼女に笑われた。


「ごめんなさい……つい笑ってしまいました」


「謝られる方が恥ずかしいです」


「ですよね」


 そう言って二人で笑い合う。彼女が注文してくれたシチューが、この世界に来て口にした中で、一番美味しい料理だと感じた。


「この後どうしますか?」


「ここでゆっくりくつろいでから、王宮に戻りましょう」


 僕は堅いパンをシチューに浸しながら、彼女にそう伝える。


 食事を済ませた後、彼女からこの世界の常識を教わり、ゆっくりとした刻を過ごす。昨日までの戦闘を思い出し、自分がこの世界に呼び出された使命を考えた。


 答えはすぐに出る――


 こんな当たり前の様な平和に過ごせる時間を守るため、僕は勇者の役目を背負って、戦かわなければならないのだと心に誓った。

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