ようこそピーチソースランドへ

聖礼

第1話

「あのすみません、落とし物をしてしまったのですが」



「はーい!何を落としたのかな?」



園内を掃除しているキャストさんに話しかけると、花の咲くような笑顔で答えてくれる。



キャストさんはモデルのように背が高くて凛々しい顔立ちなのに、その声は少年のように高かった。





「夢?それとも希望?このピーチソースランドではぜーんぶ見つかるよ!」




ピーチソースランド。桃源郷をそのまま英語にしただけだが、名前の通りにこの遊園地の多くのアトラクシ

ョンは桃色で統一されており、カフェやワゴンで売っているお菓子も全て桃味だ。




笑顔を絶やすことなく、夢を壊さないように、全ての言動に注意を払う。キャストさんというのは大変な仕事だなと常々思っている。まして、いい年した大人相手じゃ気が滅入るだろう。




「いやそういうロマンチックなのじゃないんですごめんなさい」




私は再びカバンの中を探ってから、





「財布を落としたみたいで……」


「あら大変」



「ついでにパスポートを入れていたので、それも」




何度カバンをひっくり返しても、ないものはない。分かっていたことだが、口にしたことで実感が伴う。



折角休暇を取ってまで来たのに、面倒なことになってしまった。




「じゃあ、遺失物取扱窓口に行こうか」




口調は変わらずに柔らかいままだが、出てくる言葉が現実味を帯びたものに変わったことで、自分がまずいことをしてしまったのだということをひしひしと感じる。



財布もさることながら、パスポートがもし見つからなかったらどうなるだろう。倍額払わされるのだろうか。しかし財布がない今、それは叶わない。払えるようになるまでただ働きでもさせられるのか……不安は尽きることはない。




「かなり遠いから、まあ、のんびり行こう」



「そんな他人事だからって……」



「お財布が届いてないことはあっても、逃げることはないでしょ?」




客観的にそう言われたら、確かにその通りだが、頭で理解していても焦燥感は収まらない。




「君はどうして、ピーチソースランドに来たの?」




この期に及んで世間話と来たものだ。いっそ馴れ馴れしさも、度を超えていらだってくる。




「前に来た時に、楽しかったんで」



「それは良かった。何回か来てる?」



「まぁ、それなりに……」





今まで意識してはこなかったが、改めて来た回数を数えてみると、優に二桁に上ることが判明した。



一体いくら、この場所に貢いできたのか。その先は考えたくなかった。




「実は、ピーチソースランドのお客様は、半分以上がリピーターさんなんだ。君たちのおかげで僕たちが暮らせるんだから、有難いものだよ」




大人おひとり様限定テーマパーク。遊園地にしてはあまりにも狭いターゲットに、コンセプト発表時にはネット上で騒然となった。




しかし、いざ営業が開始されると、大人げないという言葉に縛られて、いつしか遊ぶことを諦めてしまった人、現代の複雑な人間関係に疲れた人などと、意外にもかなり需要は高く好評で。



かくいう私もその一人なわけだが。




「子供のころに、あまり遊園地に行ったことがなくて。その反動でか、来たくなっちゃうんです。ここに来ると、嫌なことを忘れられるし」



「そう言ってもらえるのが、僕たちにとっては一番嬉しいことだよ。なんでおひとり様限定かって言ったら、喧嘩したりしてほしくないから」




チケットは事前購入で抽選制。仮に友人同士で同時に申し込んだとしても、いつのチケットが割り振られるかは不明。倍率は発表されてはいないものの、おそらくかなり高い。私も10回は落ちている。




「この世の大半のストレスは対人関係ってことがよくわかるよね……さて。ついた」




だだっ広いパーク内を横切って、到着したのは一つのアトラクション。



「に見えるでしょ?違うんだなあ」




キャストさんは清掃中の看板を跨いでロープの向こう側に降り立つ。そして私に手を差出し、




「足元に気をつけて」




プリンセス、と茶目っ気を含んで言う。断るのも申し訳ないので、遠慮気味に指先だけを乗せるが、彼はその一瞬を逃さずに、私の手をしっかりと掴む。






「ずっとここにいたいとは思わない?」



「え?」




アトラクションの中を歩いている途中、いきなりの質問に頭がフリーズする。




何と答えるのが最適解か、yesと答えたのなら、監禁でもされるか、noと答えたら、ひどい仕打ちに合うか、頭を巡らせるが、どっちに転んでもいい未来は思いつかない。多分、漫画ばかり読んでいるせいであろう。




「いれたらいいなーとは思いますけど、会社に行かないとだし……」




「会社がなくなればいいの?」



「爆破とかしないですよね?」



「流石に、会社をなくすことはできないなあ。でも」



長く続いていた廊下が終わり、一つの部屋が現れる。その部屋にあったのは、鏡。




「君の代わりは作れるよ」




ではなく、大きな虫かご。





「このご時世だから、入場してもらうにあたって、検査を受けてもらったでしょ?あの時にDNAをちょこっともらってるんだ」




「ちょっと言ってることがよく分かりません」




「パスポートを失くした人には、選択肢が与えられる。一つは、倍額払ってパスポートを再発行してもらって、普通に帰る。もう一つは、実験に協力してもらう」




「じ…っけん?」



「君の場合は後者しかありえないだろうから、真っすぐここに来てもらったけど」



「実験ってなんですか。人体実験ですか、生きたまま解剖されるんですか」



「まさかあ、そんなことはしないよ。君には何も手を出さない」



「と、言いますと」



「ここに君のクローンがいる。生まれてから今日までの記憶も備えてる。入場の時までのね。この子を君の代わりに現実世界に返して、クローンは人を代替できるのか、その実験をする」



「私はどうなるんです?」



「好きなように、この中で遊んでてよ。ホテルもあるし、何をしても自由だよ」



そんな美味い話があるものか、猜疑心は拭われないが、



「拒否権はないからね?」





「……はい」




「よし、じゃあこの子を解放するよ」



すると虫かごの扉が開いて、もう一人の私が出てくる。




「ここでは本当に楽しいから、目いっぱい楽しんで!」



私はこんな声だったのか、自らも不快に感じる。ドッペルゲンガーは生き生きとした足取りで、長い廊下を歩いていく。




「辛い現実から解放されたんだよ?もっと喜んでもいいんだよ?」



去っていく自らの背中を呆然と見ていると、そんな声が降ってきた。



「そう言われましても」




「こんな所に来る人は、現実でうまくいってなくて仲のいい人や身内もいなくて、絶望してるような人だから、皆大喜びなんだけどねえ」



「そう包み隠さずにディスられると流石に傷つきます」




しかし確かに、一生遊んでいられるとなったら天国だ。働かずに生きられるなんて、宝くじを当てたようなもの。





「それに、しばらく経って飽きたら帰れるし」



「え?」



「今外にいる君も、結局は君だ。現実世界に嫌気がさして、すぐにチケット抽選会に参加するだろう。



君が帰りたくなったら、外の君にチケットを用意する。



外の君が遊びにきて、アトラクションに載ってる隙にでも、財布とパスポートを拝借する。そしたら今日みたいに、キャストの誰かに話しかけるだろうから、ここに連れてきてもらえば君と交代できる。



あ、勿論その時には、君のこの中で過ごした記憶は消させてもらうけどね」




まさに本当の天国だ。一説には、死んだ人は苦難のない天国に連れていかれるが、いつしか刺激のない日々に飽き飽きして、辛くとも再び生きることを選んで転生してくるらしい。




しかし、それならば。








「もしかして、私がクローンの方なんですか」

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ようこそピーチソースランドへ 聖礼 @seirahosono

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