赤き女王と忍び寄る木々 〜後編〜
『前に言ってた農作物の様子がおかしいって話だよね?』
両膝に手を付いて、前のめりになりながらルージュは単刀直入に紅に尋ねた。
そんな歯に衣着せぬルージュとは逆に、紅は視線を絨毯へと落とし、その表情に不安を混じらせる。
「城下町のはずれに、この辺りでは生息しない木々が突然に生え始めまして……」
町のはずれに珍しい木が生えていました。
つまりはそう言う話なのだが、それを聞いたルドルフは、自身の顎に指を絡めながら頭に浮かんだ疑問を反射的に口に出す。
「木が生えたって……そんなに変なことかな?」
「ルドルフ、弁えろ」
使節団など公の謁見であった場合、家臣の身分にあたるルドルフの突然の口出しは、大変な無礼に当たる。
アルフレートは、謁見中は余計な口出しをせぬようにと常にルドルフに釘を刺していた。
『木が生えたってだけならまだわかるんだけどね……そもそも、急速に生えた時点でおかしいじゃないか』
「それもそっかー」
『ルドルフ!』
なおも言う事を聞かないルドルフの所作に、アルフレートが一喝するも、ルージュはそっと掌をあげてそれを制した。
『……構わないよ、アルフ。……むしろ気になったらアルフも発言して。皆の意見を聞こう』
「……かしこまりました」
「わかった〜! 任せてよルー!」
ルージュの声にルドルフが呑気な声で答えれば、またもアルフレートがルドルフに睨みをきかす。
そんな二人のやりとりに、ルージュが苦笑いでごめんねと紅に微笑めば、紅もまた僅かに笑ったのが見えて、ルージュは口元を緩めた。
「しかもここらじゃ見ない種類なんだよね〜」
『そうだね、ここらじゃ珍しい種類となれ……ば……』
「ルージュ陛下……?」
急に言葉尻を濁したルージュが、玉座に凭れかかり、腕を組んだまま指先で唇をトントンと叩く。
これはルージュが何かを思案している時の癖だ。
彼女のめぐる思考の中で、たった一つしかないパズルのピースを、山のような情報の中から探し出す。
『……街の外れ……見慣れない種類……作物の急成長……』
単語をブツブツと並べながらルージュが、ふわりと瞳を閉じた時、女王がようやく正解のピースを拾い上げた。
『その木……ボクもこの間リチェルカーレと見たよ……あの木だ』
それは以前、リチェルカーレを引き連れて城下町を【お散歩】した時に、町外れで見かけた珍しい木。
あの時はリチェルカーレに引き止められて、直近で見る事は叶わなかったが、おそらく間違いはないだろう。
「町の外壁近くに何本も同じような木が急に増えて参りました……」
「何本も!?」
『あの場所だけじゃないんだね』
ただ一本の珍しい木が生えたと思い込んでいたルドルフも、さすがの異常性を感じて驚きの声を上げた。
「まだ幼木ですが、まるで街を取り囲むように生えておりました」
「かなり意図的ですね」
ある程度の予測を立て始めていたルージュは、真剣な表情のままアルフレートが代弁してくれた自分の言葉に深く頷いた。
「町の外へと詮索に行った者によると、国境辺りには、外壁周辺と同じ種類と思われる巨木が立っていたそうです。もちろん、数週間で成長したとは到底思えない大きさですし、種類もこの辺りでは見ないものです」
『なるほどね……』
この紅の発言が決定打となり、ルージュはしばしの沈黙と難しい顔から一転。
ニパッと八重歯を見せながら明るく笑うと玉座からスッと立ち上がった。
『ありがとう紅さん。情報、助かったよ』
「恐れ入ります」
『でも、その詮索に出た人にはもう近づかないように伝えて? あまりにも危険だ』
「かしこまりました」
紅を安心させるように明るい笑顔を見せながらそう言うと、深々とお辞儀をしたままの紅の肩に触れて、そっと頭を上げさせた。
『たちまちは狼たちを街の警備に付けるよ……ロロ』
「了解、すぐ手配するよ。ルー」
『頼むよ』
紅への優しい笑顔を絶やさぬままに、ルージュはルドルフへと指示を出した。
「しかし陛下……よく外壁の木にお気づきになりましたね」
アルフレートのこぼした純粋な感嘆に、ルージュは思わずニヤリと口元を緩めてから自慢げに胸を張った。
『ね、ボクの【散歩】も馬鹿に出来ないでしょ?』
「それとこれとは別問題です。今回は偶然でしょう」
『またまたぁ〜』
「ルージュ陛下」
謁見中ですよ。と、あくまでも立場を弁えたアルフレートが厳しくルージュを制すると、ルージュはばつが悪そうにガシガシと後ろ頭を掻いた。
『あー、ごめんって! ……とにかく……』
コホンと小さく咳払い。
そして、ルージュは紅の前で、背筋をピッと直す。
そして指を揃えた手のひらを、自身の胸に手を当てて、そっと目を閉じた。
『紅さん、任せて。この件、グリム同盟 防衛国代表の【女王 ルージュ】が受け持たせてもらうよ』
それは宣誓にも近いルージュからの「約束」。
アルフレートとルドルフもまたルージュと同じく胸に手を当てて目を閉じてから紅へと誓いを立てた。
「……ありがとうございます!」
ようやく心からの安堵を見せた紅は、帰り際にそっとルージュの手を取り、その小さな甲を撫でながら「陛下、どうぞお気をつけて……」と祈るような言葉を残して、謁見の間を後にしていった。
―――――
『さ! 善は急げだ! 早速【狩り】の準備だー!』
バタン、と重々しい扉が閉じられた。
それを合図に、ルージュは大きく伸びをしてから、八重歯が覗くほどの笑顔を見せて【狩り】に出られる喜びを体全体で表現した。
―――【狩り】。
それはルージュと近衛騎士たちの本分とも言える国の防衛行為である。
自国の物語が書かれている本の所持数により国土の決まるこの世界において、最も簡単にその国を手に入れる方法は、本を奪い取ること。
もしくは本を破損させてしまう事だ。
よって最も狙われる事になる自書を防衛、他国侵入を阻止して自国の領土を守る事。
それこそが、グリム同盟ができる際、条約によって締結された【シャプロン国 女王】に代々課せられる任なのである。
その守備範囲はシャプロン国のみならず、同盟国であるグリム全土に渡るため、時には襲撃を受けている他国へと出かける事も珍しいことではない。
そんな攻防戦を、ルージュは狼たちと敵を狙う戦法から、いつしか【狩り】と呼ぶようになり、いつも積み重ねている訓練を試せる場所として、密かな楽しみにしているのだった。
――もちろん、本を狙う行為自体は許される物ではないと心から思っている。それに間違いはない。
ただ、大人しく女王の立場につくのは退屈過ぎて……暴れ足りないのだ。
「ルーは行くことない。俺とロロでまずは国境近くの巨木を調べれば良いことだろう?」
そんな暴れ足りないルージュの期待感に水を差すようにアルフレートが待ったをかけた。
相変わらずの心配性め、とルージュは呆れた声でため息をついてから、ニヤリと笑い自ら導いた答えがあると豪語した。
『調査なんて不要だよ。もう全部、分かってる』
「そうなの!? ルー!」
驚いて飛びついてきたルドルフの頭をふわりと撫でてから、ルージュはアルフレートとルドルフを真っ直ぐに見据えた。
『だから、一気に全員で
「ちょっと待て、ルー! もっと慎重に……」
『国民の安全を、いち早く守るのがボクの仕事だよ? アルフ』
「ルーが行くなら俺も行くー!」
はいはーい!と撫でられたままのルドルフが元気よく挙手をすれば、ルージュはそれを笑顔で撫でる。
そして、意地悪そうにアルフレートに訪ねた。
『アルフは……どうするの……?』
「はぁ……」
こうなったらこの少女は絶対に止まらない。
止まらないし、この試す様な表情と声で「どうするの?」と聞かれれば……アルフレートの出す答えは一つしかなかった。
「わかりました。護衛で共に参ります」
『さすが、ボクのアルフレートだ』
半ばわかっていたはずの答えにも関わらず、ルージュはにっこりと微笑んでから、目の前で跪き命令に従うと宣言したアルフレートの頭を優しく撫でてやった。
その表情こそ、ぶすっとしていたが……彼の蒼い髪から覗く狼耳は僅かに震えている。
これはアルフレートが喜んでいる証拠。
アルフレート自身も気付いていない、ルージュのみが知る、彼の秘密。
そんな、ある意味ルドルフよりも従順で、素直な部分のあるアルフレートの感情表現を微笑ましく思いながら、ルージュは身につけているマントを翻して玉座の前に立ち、跪く近衛騎士たちに命を下した。
『近衛騎士アルフレート、ルドルフ。明朝【狩り】に出かけるよ』
「仰せのままに。ルージュ女王陛下」
「任せてよ。ルージュ陛下。俺、ちゃんと働くよ」
騎士たちは床に視線を落としたままにそう答えると、ゆっくりと顔をあげ、ルージュの次の指示を待つ。
そして、ルージュもまた……近衛騎士たちに応えるように玉座の背後に設置された採光用の大きなステンドグラスを瞳に写した。
まるで、そこに描かれたグリム同盟国の生みの親……ひいてはルージュの母親である初代女王「スカーレット」の姿に誓いを立てるように。
『頼りにしてるよ。二人とも。……今回の相手は、恐らく……』
――――【Jack and the Beanstark】
彼らの
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