第2話 赤き女王とお散歩〜後編〜
――――シャプロン王国 城下街内 草原
「あー!ルージュ女王様だー!」
『みんな!元気にしてるかな?』
ルージュが次に訪れたのは、城下町の子どもたちがよく遊び場にしている草原だ。
ここは野生動物も少なく、見晴らしもいい。
国の子供たちはもちろん、ルージュも好きな場所だった。
「ルージュ様ー!あそぼー!」
駆け寄ってきた子供たちの一人が、ルージュの赤いマントをグイグイと引っ張り遊びに誘えば、彼女はまるで同世代の子供のように優しく微笑み、その場にしゃがみ込んだ。
『よっし、何しようか!』
「鬼ごっこ!」
『望むところだ!……ボクが鬼をするからみんな逃げるんだよ?……さぁ、【赤き女王】と各国から一目置かれるボクから逃げられるかな…?』
集まる子供たちを、わざと挑戦的な笑顔と目で一通り見つめ、そう告げると…
―――――パンっ!
ルージュの軽快な手を叩く音を始まりの合図に、子供たちは一気に四方へと逃げ始めた。
「きゃーーーーっ!」
『待てーー!!』
駆け出す子供たちを、大声で笑いながら追い掛けるルージュは……まるで年相応な子供のようにはしゃいでいた。
―――――――
『いやー!すごいや!君たちの勝ちだ!』
しばらくして、ルージュが大袈裟にそう言ってから草原に大の字に寝転がる。
――言葉こそ降参しているが、もちろんコレは手加減のうえ…である。
ルージュが本気を出して子供たちを捕まえにかかれば。
およそ10を超える子供たちがいるこの状況であっても…おそらく3分とかからないであろう。
『これならボクの国も安心だね。』
そう子供たちを称賛すると、逃げ回っていた子供たちのうちの一人が自信満々に胸を張って語り始めた。
「うん!私たちもルージュ様みたいに訓練して戦えるようになるのが夢なんだ!」
『頼もしいなぁ。でも、本当に危ない時は誰よりも先に逃げるんだよ。さっきボクから逃げたみたいにね。』
これはルージュなりの訓練。
同盟国同士の守りがあるとは言え…いつ外部国からの【自書略奪】の行為があるか分からないこの世界では…。
「逃げる」と言う行動は命を守るために必要な事なのだ。
ルージュは遊びを通して、それを伝えたかった。
『みんな、分かった?』
「はーーい!」
『うん。良い返事!』
ニカッと笑ってから全員をハグするように飛びついたルージュと子供たちが団子状態になりながら戯れ合っていると…。
ふと人ではない気配を感じたルージュと子どもたちがその一点を見つめた。
「あれ?女王様?……あのオオカミ………」
『………げっ!リチェルカーレ!!』
子供のうちの一人が指を指した、その先には…。
先程、街の男たちが「近衛騎士の使役獣」と称した白狼がいた。
『リチェルカーレ』と呼ばれたその白狼は、ルドルフが使役している通常のオオカミだ。
彼らは人の姿を取らず、獣の狼として生きており、人狼のアルフレートやルドルフの指示に従い、日々彼らのサポートを行なっている。
『リチェルカーレ…。ロロの代わりに来たの…?……全く…ロロも心配性だなぁ……。』
名を呼ばれ、草原に座るルージュの頬に擦り寄るとクゥンと鼻を鳴らし、彼女の横にふわりと座った。
主人のルドルフによく似て、とても愛想がいいのが憎めない。
「オオカミさん可愛い〜」
「俺もいつか近衛騎士になりたーい!!」
そんな人懐こいリチェルカーレに、子供たちも引き寄せられ、次々にリチェルカーレの頭を撫でていく。
すっかり子供たちに受け入れられて、追い返すタイミングを失ってしまったルージュは、子供たちに囲まれ尻尾を振って喜ぶリチェルカーレを見つめながら、呆れたようにため息を吐いた。
『はぁ…仕方ない。ボクはそろそろ行くね。みんな、あまり遅くならないように。』
「はーい!ありがとう!ルージュ様ー!」
『ん。じゃーね。』
パッと草原から立ち上がり歩き始めると、子供たちに撫でられていたリチェルカーレもまた、意識をルージュへと戻して、ピタリと彼女の横へとつき共に歩き始めた。
―――――――――
――――シャプロン国 城下町 外れ
『………あ!!』
子供たちの遊び場である草原から離れて、城下町のはずれの辺りまで来た時。
ルージュは僅かな違和感を感じて、その場に立ち止まり感嘆の声をあげた。
ジッ……と街の境目を示す肩ほどまでの高さの塀の向こう側を見つめるルージュ。
その視線の先にあるのは…見慣れない【樹】だった。
『見てよ…リチェルカーレ…。あんな木…前にもあったかな…。』
特段、返事を返すことのない普通のオオカミであるリチェルカーレにそう語りかけると、ルージュはリチェルカーレの頭を優しく撫でた。
『それに…あの木はここらじゃ珍しい品種だと思うんだよね…。』
樹から視線を外すことなくそう言うと、ルージュは何か悪戯を思いついた子供のような表情をリチェルカーレに見せる。
『ね、ちょっとだけ見に行ってみない?』
言葉を返すことのない普通のオオカミ…と称したが、リチェルカーレはルージュの言葉を理解出来るようで。
これはマズいと、慌ててルージュの服の端に食らい付いて、リチェルカーレはグイグイとマントを引っ張り彼女を止めようとした。
『もー、こんなところまで主人そっくりだね。リチェルカーレは…。』
使役獣は主人に似る傾向がある…らしい。
あくまで「らしい」というルージュの推測にすぎないが…それでも確信があった。
リチェルカーレもルドルフ同様に、ガンガンと押していけば…必ず折れてついてくるに違いない…という、確信が。
『…大丈夫だって!ここにはボクとリチェルカーレしかいないんだから…バレなきゃ平……気……?』
リチェルカーレに精神的な揺さぶりを掛けていると、不意にルージュの背後からリチェルカーレとは別の獣の気配を感じる。
この流れ…確か前にも同じような事が…。
そんな、何処となく「何が」自分の背後にいるかを悟ったように、ルージュはゆっくりと…時間をかけて振り返った。
『………ア…アマデウス………。』
そこにいたのはアルフレートの使役獣、黒狼のアマデウスだ。
ルドルフの人懐こい雰囲気とは真逆で…主人アルフレートによく似たその鋭い目線で、まるでルージュをアルフレートに代わり厳しく律するように…。
無言の圧力をかけるが如くアマデウスはルージュを見つめる。
『……わかった!わかったよ!!今日は諦めるから!!』
アマデウスに被るように見えた、幻想のアルフレートにそう告げるようにルージュが声を荒げると、アマデウスはふいっと目線をルージュから外して、真っ直ぐにルージュの横へ来て座った。
『もーーー!これじゃいつもと変わらないじゃないか!!』
右にアマデウス、左にリチェルカーレが座って間に挟まれたルージュが、そう叫びながら訝しげに2頭の狼に目線を落とす。
しかし、そのアルフレートのような自分を心配するアマデウスの視線と、ルドルフの様に自分に寄り添ってくれるようなリチェルカーレの視線に、膨れっ面だったルージュの表情は次第に和らいでいき…自然と2頭の頭を撫でた。
『お前たちは主人に忠実な良い子だね。』
嬉しそうに尻尾を振るリチェルカーレに、気持ちよさそうに目を細めるアマデウス。
頭を撫でられた時の反応も主人に似るのだな…と、ルージュはぼんやり考えながら、ふぅと一息ついた。
『仕方ない。君たちが叱られたら気の毒だから…今日は大人しく引き下がる事にするよ…。』
そう言うと、ルージュはオオカミたちを先頭するように…ゆっくりとした足取りで城の方角へと歩き始めた。
――――――
「女王様…。」
『ん………あ、紅さん。』
アマデウスとリチェルカーレを引き連れながら歩くその帰り際に出会ったのは、この国で生まれ育ち、長年農家として働いている農家の女性「紅」だ。
この国の女性は全員「赤」を連想させる言葉で名前が構成されいる。
「ルージュ」、そして先代女王「スカーレット」がそうであるように、彼女もまた日本の言葉で「赤」を表す「紅」という名前がついていた。
『久しぶりだね。どうしたの?』
「いえ…お呼び止めするほどではないのですが…」
気まずそうに紅が言葉を濁すと、ルージュは俯く紅の肩に手を置いて、優しく語りかけた。
『水臭いな…ボクと紅さんの長年の付き合いじゃない。』
そんな暖かさに導かれるように紅は頭を上げると、なおも申し訳なさそうに語り始めた。
「あの…このところ…作物の様子がおかしいのです。」
『作物の…?あぁ…害獣被害が出てるとは聞いてるけど…』
「いえ…そうではなく…申し訳ありません。うまく言えないのですが…成長が著しいと言いますか…早すぎるのです。」
『早すぎる……?』
なんとも不思議な現象を口にする紅に、ルージュは思わず首を傾げた。
「はい…確証はなく、私の肌感覚でしかないので…気のせいかもしれませんが…。」
『この国でも随一の農家の紅さんの肌感覚だよ?…それを信じなくて何を信じるのさ。』
紅を落ち着かせるように、ルージュがそっと彼女の背中を撫でながら話を続けるように促す。
「恐縮です陛下……あの、特に困っている訳ではないのです…よく育ち品質も良いので…。だだ…少し気になりまして…。」
『うん。大丈夫…覚えておくよ。とにかく何か異変や困った事があったら必ず城へ来て。』
真剣な顔つきで、真っ直ぐに紅の瞳を捉えてルージュは静かに、それでいて力強くそう答えると、紅はホッと体の力を抜いたように見えた。
『本当はボクが来れば良いんだろうけど……このザマだからね。』
とにかく今は、不安が少しでも解ければいい。
そんな事を願いながらルージュが冗談めいて、両脇に座るオオカミたちに目配せすると、まるでルージュの気持ちを汲み取ったかのように、リチェルカーレとアマデウスはその場で一声響かせた。
「優秀な使役獣ですね。」
『主人に似過ぎなんだよね。』
……今度は僅かに本心を込めて。
呆れ顔でルージュがため息と共にそう呟くと、紅はようやくくすりと笑った。
ルージュもまた、そんな紅に安堵して優しく笑っていると、彼女の服の端をアマデウスがそっと引っ張った。
『分かったよ、アマデウス…帰ろう。』
それは帰城の合図。
気がつけば随分遅い時間になってしまった。
使役獣たちが共にいたとは言え…アルフレートの説教は避けられないだろう。
『ごめんね紅さん…。すぐに力になれなくて。』
「何をおっしゃいますか!女王陛下!!」
『もー、硬過ぎだよ。ルージュでいいって!…とにかく困ったらすぐに言ってね。』
「ありがとうございます。……ルージュ様。」
……説教は避けられないだろうが…まぁ、この紅の安堵の溢れる笑顔が戻ったのを見れたのならば…。
説教くらい安い代償か…。
そんな事を考えながら、ルージュは紅に別れを告げ、アマデウスとリチェルカーレと共に城へと帰っていった…。
『作物の急成長ねぇ………何か…嫌な予感。』
心の何処かに感じる違和感に身震いし、そう独り言をこぼしながら…。
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