第2話 赤き女王とお散歩〜前編〜
グリム共和国 赤ずきんの国【シャプロン】。
雄大な自然を象徴するように、穏やかな時間が流れる国内はまさに平和そのもの。
それはこの国の女王「ルージュ」と、その従者たちが過ごすこの城もまた同様で、とても穏やかな時間が流れていた……とは、ならないようで…。
森の木々に囲まれた城のさらにその奥からは、荘厳なイメージとは相反するように、ドタバタと複数人分の足音が響き渡ってきた…。
「アルフ!!……そっち行ったよ!」
女王近衛騎士の一人で、人狼である緋髪の「ルドルフ」が叫んだ。
騒音に近い足音に加えて従者の叫び声。
一体、何が起きているのかと人々が眉を顰めそうであるが…現在、一国の長が暮らす城の長い長い廊下では、王族たちがする事とは到底考えられない【鬼ごっこ】が展開されている真っ最中だ。
そしてルドルフが、不本意ながら「鬼役」になっている。
そして「鬼役」はもう一人……。
「ルージュ陛下!お待ちください!……聞いてますか!?ルー!!」
ルドルフと同じく、近衛騎士の人狼。
蒼髪の「アルフレート」だ。
『もーーーっ!すぐ戻るって言ってるじゃん!ちょっとだけ【散歩】に行くだけだって!』
そして…二人の近衛騎士から逃げ回っている黒髪の少女…。
鬼ごっこの主犯格とも言えるこの逃亡者こそが、この国の女王で正真正銘の「赤ずきん」…ルージュだ。
鬼ごっこの始まりは決して、遊ぶためなどではなく…。
「外出をしたい」と言い出したルージュをアルフレートが即決で却下した事に、ルージュが腹を立て…。
それなら勝手に出ていく!と突然立ち上がり、走り出したのが始まりであった。
『ほんとに!…もぅさ、ちょっと外の空気吸ったらすぐ戻るからさっ!!』
大柄の人狼たちの間を縫うように、小柄なルージュはひらりひらりとアルフレートたちを交わして、長い廊下を確実に出口へと向かって走っていく。
「一国の女王が気軽に外出し過ぎなんですよ!………ロロ!!捕まえろ!」
ルージュの手をギリギリのところで掴み損ねたアルフレートが、突進するが如く突き進むルージュの先にいたルドルフに慌てて指示を出した。
「そ、そんな無茶な…………あっ!!」
しかし、両手を広げ捕まえようとするルドルフを嘲笑うように、ルージュはひらり身をかわしてからルドルフの肩に付いた手を軸に、ロンダートで彼を飛び越え背後にある大きな窓枠へと飛び乗った。
『へへっ、大丈夫だって!城下町にしか行かない!約束するよ!ボクが約束破った事、ある?』
「【散歩】については[常習犯]ですね。」
『あれ?…そーだっけ?』
白々しいセリフを口にしながら目線をそっと窓の外へと移し、ルージュは今いる位置と高さをこっそりと確認した。
『(この高さくらいなら…)』
頭でそう結論づけて、ニヤリと悪戯な笑顔を浮かべると同時に、ルドルフは泣きそうな声でルージュに懇願した。
「もー!ルーがいない間にアルフのご機嫌取るの大変なんだから、戻ってよー!」
「ロロ………誰がご機嫌取りをしてるって…?」
「ほら!!もうご機嫌斜めだもん!!」
青筋を立てるアルフレートを指差しながら、横に立つルドルフが真っ青な顔で必死に訴えてくるが、ルージュは悪びれる事もなく二人の様子をケラケラと笑った。
『…あはははっ!ごめんねロロ…。ロロの事は大好きだけど、こればっかりは譲れないんだっ…!』
そういうや否や、ルージュは飛び乗った窓枠を両手で掴み、体を大きく振り子のように振り上げると、反動を利用して一気に窓を蹴り開けた。
そしてそのまま、吹き込む風に逆らうように、その身を自ら窓の外へふわりと放り出した。
「………あ!!」
「こら!ルー!」
慌ててルージュが姿を消した窓枠から身を乗り出して、アルフレートとルドルフが窓の下を確認するも…。
窓の下は城を囲む一面の森。
ルージュが着地したと思わしき木々が揺れているのは確認できるが…。
彼女の姿は木の影がうまく隠してしまっていて、どちらへ行ったかまでは伺う事が出来なかった…。
「………全く…。」
普段から逃亡癖のあるルージュだ。
この程度の高さで怪我をするような事はないと分かっているものの…。
近衛騎士として、女王の逃亡をまたも許してしまった事にアルフレートは頭を抱えた。
「どうする?アルフ…。追いかける?」
「いや…すぐに出てもルーが警戒してる限りはイタチごっこになるだけだ。」
「じゃあ、放っとくの?」
ルドルフがあくまでもアルフレートの機嫌を損なわないように、横目でチラリと見れば…。
蒼い狼は、フッと顔を上げて、彼女が目指したであろう城下町の方角を見つめた。
そして、どこからともなく彼の足元に現れた【相棒】をふわりと撫でた。
「……コイツらに頼もう。」
「…あぁ。なるほどね。」
―――――――――
シャプロン国 城下町――。
『んー!自由って最高!』
城を囲む森を一気に駆け抜けて、城下町へとやってきたルージュは、街の広場までたどり着いたところで、思いっきり伸びをして体を解し、心からの叫びを上げた。
すると周囲の街人たちがその声に驚き振り返り、目の前に現れた自国の女王の姿に一気にどよめいた。
「女王陛下!?…まぁたこんなところに…。今日も【視察】…ですかい?」
『やぁ!元気そうだね。そう!これは【視察】だよ!あくまでもね!!』
「アルフレート様方はご存知で?」
『もちろん!』
声をかけてきた街の商人が心無しか強調した【視察】のキーワードを、ルージュもまたさらに強調してから返すと、商人は豪快に笑い非礼を詫びた。
『どう?商売は。うまくいってる?』
「お陰様で儲けさせてもらってます!」
『それは良かった。今度また買いに来させてよ。』
「ありがとうございます。」
踵を返して商人に背を向け歩き始めた途端、今度は農夫がルージュを呼び止めて話し始める。
「陛下!お久しぶりです!」
『本当だね!…ごめんね。なかなか見に来れなくて。』
「滅相もない。お陰様で害獣被害も収まりまして…」
『彼らには申し訳ないけど…棲み分けは大事だからね。その分こちらも彼らの住処を荒らすような事は絶対しないようにね。』
「承知しております。」
『よろしくね。頼りにしてるよ。』
次々と声をかける街人たちに、ルージュは嫌な顔ひとつせずに笑顔で対話した。
別段ルージュ自身は「女王らしく振る舞わなくては」と言う思いや、「一応視察の名目だから」などと言った考えはなく、こうして自然と街の人との交流をとても愛していた。
そして街の人たちも、ルージュのそんな「女王らしくない、自然体な振る舞い」をとても愛おしく思っているのだ。
『じゃ、ボクもうちょっと見て回るから!また困った事があったら必ず教えてね。』
手を振りながら、身につけた赤いマントをふわりと靡かせながら去っていくルージュに街人は皆、会釈で見送った。
そして、ルージュの姿が見えなくなりかけた時…。
まるで立ち去るルージュの後を追い掛けるように真っ直ぐと歩いて来る2頭のオオカミが、ようやく普段の様子を取り戻した広場を横切った。
「あ…!ルージュ陛下!そのオオカ…」
「おいっ!黙っとけって!!」
「…え?」
見覚えのあるオオカミの姿に、街人が僅かに姿の見えるルージュを大声で呼び止めようとすると、別の街人がその声かけを制した。
「あれは近衛騎士のアルフレート様とルドルフ様の使役獣だ。」
「あぁ…」
「陛下…アルフレート様たちは外出を知っていると仰ったが…無理やり押し切って外出されたんだろう…」
「陛下も懲りないねぇ…」
黙々と…ルージュに気取られないように、後を追いかける2頭のオオカミたちの仕事を邪魔しないように…。
街人たちは黙っている事をルージュに懺悔しながらも、目線だけでオオカミたちを見送った。
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