第1話 序章〜後編〜
『………で?今日は何だっけ?』
森の中でルージュの悪事がアルフレートにバレて、城まで連行されてからしばらく…。
外出用の服装から、元の「女王の正装」へと戻したルージュが謁見の間にある、自身の玉座にドサっと腰掛けながら、アルフレートに声をかけた。
「イソップ国のグース大臣の謁見です。」
『うわー…ボク、あの人苦手。』
「同感です。」
『でしょ?』
意外にも賛同してくれるアルフレートに、ルージュが悪戯っ子のようにカラカラと笑うとアルフレートが軽く咳払いをして彼女を嗜めた。
「俺が話をつけますから。陛下は黙って笑っててもらえば何とかします。」
『そう言う【お姫様〜】…な立ち回り、苦手なんだよね〜……なんかボクらしくなくて、変な感じするよ。』
「…………同感です。」
『でしょ?』
そう言いながら、先ほどよりも明るく、大きく笑うルージュの声とアルフレートの呆れたような声が重なった時…。
謁見の間の重厚な扉がギィッと音を立てて開かれ…。
イソップ国の大臣「グース」が、姿を表した。
「これはこれは、ルージュ女王様!ご機嫌麗しゅう!」
謁見とは名ばかり。
要は暇潰しにやってきては、独りよがりな話をして…。
【美味しい話があった時にはぜひよろしく】…というただの顔繋ぎだ。
イソップ物語の一節「ガチョウと金の卵」に登場する「強欲な男」の子孫とされるこの大臣からは、そんな魂胆が丸見えで…。
ルージュは嫌気がさしながらも、アルフレートに指示された通り…。
まるで準備された人形の様な座り方と愛想笑いを続け、その場の時間が過ぎるのを待った。
質問や疑問などには、アルフレートが面倒事にならぬ様配慮しつつ全て対応をしてくれた。
さぁ、まもなく謁見時間も終了する…。
ルージュがそう僅かにため息を漏らした時………事件が起きた。
「いや〜…相変わらずご繁栄で羨ましい!さすがはグリムの赤ずきんの国だ。」
『は、はは…。』
「本も増刷され続けて右肩上がり!…我々の様な小国とは訳が違いますなぁ…。」
見え透いたお世辞を言うもんだ…と、大臣のその下品な表情と褒め方に寒気を感じて、ルージュはため息に次いで、ひっそりと眉を顰めた。
「しかしアレですな…女王もいい趣味をしておられる。」
『………ん?』
ルージュが今度はあからさまに…。
分かりやすく眉と片目を顰めて見せると、大臣はニヤリとこの日一番の下品な顔で笑った。
「眉目秀麗な男性を両脇に抱えて、挙句…獣の耳まで…。」
『………あぁ…』
「次は首輪でも付けるおつもりかな…?」
不躾で品のない…。
誰が聞いても明白にわかる…王族を前にしてする訳のないその会話…。
ルージュはその言葉を耳にするなり…。
それまで両手を膝に置き、大人しく足を揃え…。
年頃の少女…そして、一国の女王らしく振る舞っていたが…。
大臣の…確実に自分を馬鹿にしている話の内容に、突然足を組み、ため息を吐きながら玉座に頬杖をつくと…乾いた声で妖しく笑った。
『…………辞めときなよ?ルドルフ…?』
「…なに?」
酷く冷めた視線で、口の端を持ち上げて笑うルージュの突然変貌した態度と言葉に、大臣が驚きの声をあげると。
「…………ひっ、」
大臣は自身の喉仏に白銀のサーベルが突きつけられている事に気づいた。
それはまさに一瞬。
先程まで、大臣の前で玉座に座るルージュの横に立っていたはずの赤髪の人狼…ルドルフが、その燃えるような紅き瞳の色とは正反対の絶対零度の殺気を放ちながら、大臣の背後に立ち、自分の命を狙っていたのだ。
「ルーが嫌な顔してる……お前、嫌いだ。」
殺気はより濃く、冷ややかなものへと変わり…大臣の背筋を凍りつかせると同時に体も硬直させた。
少しでも…悲鳴の一つでもあげようものなら、確実にこの獣に狩り取られる。
そんな恐怖に大臣はカタカタと震えるしかなかった。
『ルドルフ、下がって。』
「でも!」
『ロロ。…いいから。』
そんな状況とは裏腹に、あくまでも優しい声でルージュがルドルフを嗜めれば…。
チェッ……と拗ねた子供のような小さな声で言った後に、大臣の喉仏を狙っていた狼の牙が下ろされた。
『いやぁ、ボクの部下がすみません。』
謝罪の弁こそ口にするが、足は今なお組んだままで肘も玉座に突かれたままの姿勢を崩さずに…。
先程まで起きていた事をまるで気にしないと言わんばかりの可愛らしい笑顔で、ルージュがそう言うと…。
大臣はようやく解放された安堵感から脱力し、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。
『じゃあ、アルフレート…話も終わったし…。お客人には帰ってもらって。』
「かしこまりました。」
すっかり意気消沈して、先程の勢いが嘘のように一言も発する事がなくなった大臣を、アルフレートが引き摺りながら、さながら追い出す様にして玉座の間の外へと歩いて行った…。
『くぅー!疲れたー!』
ようやく自由になった解放感と、安堵感から思わず声を出しながら伸びをするルージュの元へ…頭の耳を垂れ下げたままのルドルフが近寄ってきた。
「ルー…ごめん。」
『……ん?』
伸びをしたときに出た生理的な涙を指で拭いながら、ルージュは床を見つめるルドルフに視線を投げる。
「体、勝手に動いてた。ルーな嫌な顔してると思ったら…黙ってられなかった。」
常日頃から「ルージュが世界の中心」と認識して生きているルドルフにとって、ルージュが嫌悪感を抱くと言うのは堪え難い事態。
アルフレートよりも狼としての【野生の血】を色濃く残すルドルフは、主人のピンチを理性で耐える事は難しい。
ルージュもまた、それを理解していた。
『いいよ…ロロ。』
「……うん。」
今なお耳を垂らし、俯いたままのルドルフの頭を優しく撫でてやると、ようやく顔を上げて憂いを帯びた不安そうな顔をルドルフが見せた。
『ありがとう。…ボクのために怒ってくれたんでしょ?』
「ルー……」
『それに、【辞めときなよ】って言った時、ちゃんと止まれてた。偉いよ。』
にっこりと微笑んで見せれば、ルドルフはまるで子供のように笑顔を見せて、ルージュに抱きついた。
「ルー!ありがとう!大好きだよ!」
『はいはい。ボクもだよ…ロロ。』
そう言ってルドルフの頭を撫でれば、ルドルフは垂れ下がった耳を今度は後ろへとパタンと倒して…すっかり撫でられる体制になっていた。
『(オオカミというより…イヌだなぁ…。)』
そんな事を思いながら、自分よりもかなり大きなルドルフの身体と頭を撫で続けていると、重々しい音を立てて、再び玉座の間の扉が開かれた。
「おかえり頂きました。」
『アルフ、お疲れ様。』
件の大臣を城外へ追い返したであろうアルフレートが戻ってきた。
未だにルージュにしがみつくルドルフに、アルフレートはピクリと眉を一瞬顰めるも、すぐにルージュに向き直った。
「お帰りの際には、二度とルージュ女王に無礼を振る舞わぬよう【忠告】をしておきましたのでご安心を。」
『ははっ、全然安心できないよ…アルフ。』
何をしたかは分からない…。
しかし大方、嫌味な大臣の言葉を倍にして返すようなアレフレートの言葉巧みな精神攻撃が、ネチネチと大臣を襲った…と言うところだろう。
未だ抱きついたままのルドルフを、アルフレートがベリっと引き剥がすと、ルージュは玉座へと戻り腰を掛けた。
そして、目の前に立つアルフレートを見れば…。
それはそれは険しい顔で、まさに苦虫を噛み潰したような表情で舌打ちまで始める狼の姿があった。
『アルフ、顔が怖いよ…。』
「…ルーを貶した奴を目の前に穏やかでいろと…?」
ルドルフよりは人間の血が濃いはずのアルフレートが、ここまで怒りをあらわにするのも珍しい…と、ルージュが目を丸くしてから、フッと微笑んでみせた。
『落ち着いて…アルフ。…大丈夫。ボクは平気。』
そう言ってから座ったばかりのルージュが、玉座からバッと立ち上がると…。
その衣摺れの音が合図かのようにルドルフとアレフレートがその場で跪いた。
『アルフレート、ルドルフ。ありがとう…守ってくれて。』
ひざまづいている二人に近づき、ルージュは片手ずつをアルフレートとルドルフの頭に乗せて優しく撫でた。
『ボクの大切な狼さん…。』
その後、シャプロン国のルージュ女王に無礼を働いた者として…「グース大臣」のその噂は同盟国中に広まった。
そして、全同盟国で入国拒否を食らった大臣はすごすごと自国へと戻っていき…。
その後、更迭されたと風の噂で聞いた。
そして、イソップ国からはルージュに対して、使節団が派遣され…。
グース大臣の無礼に対する深い深い謝罪がされた。
『別にいーんだけどね、ボクは…。あ、でもあの時…ボクの狼たちをもっと直接貶してたら…どうなってたかなぁ…?』
謝罪の中でルージュが満面の笑顔で使節団員達にそう告げ…。
その場にいた全員が、酷く背中に感じる冷たい何かと殺気に怯えながら自国に戻っていったとか……。
これは長い歴史の中の………彼らの日常、その1ページ。
ほかの日常の1ページを語るのは………また、別のお話…。
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