ルージュ・パドトロワ
草鹿りのすけ
第1話 序章〜前編〜
誰も知らない……剣と魔法がどこかで息づく世界…。
いわゆる異世界と呼ばれる場所のどこかにあるという…
不思議な同盟国のお話…。
同盟国の名前は―――グリム同盟国。
7つの諸国からなるその同盟国は、かの有名なグリム童話の主人公である人物が国を治めている。
[シンデレラ]、[ヘンゼルとグレーテル]、[赤ずきん]、[いばら姫]、[白雪姫]、[ラプンツェル]、[ブレーメン]…。
大小様々な国から成り立つその同盟国は、国土を【物語の知名度】で取り決めるという不思議な規則で構成されていた。
そしてその「知名度」とは【自国の物語が書いてある本を所有している数で決まる】という特色を持っていた。
それゆえ――……
かつて…この7つの国は、互いの領土…。
つまり互いの「本」を奪い合うため、争いが絶えない悲惨な歴史を繰り返していた。
戦乱の中、多くの人が死に…多くの本が失われた―――。
そんな中……互いの国を潰し合う悲惨な姿を嘆く、一人の少女が現れた。
その少女の名は[赤ずきん シャプロン王国]の女王 スカーレット。
スカーレットは、自国の騎士達と共に立ち上がり、多くの活躍でその名を轟かした後に、戦乱を鎮めた。
そして、7つの国が支え合い…互いの国に収められた本を守り合う……【グリム同盟】を締結させ、現代の繁栄へつながる大きな礎を作った。
これが現在の「グリム同盟国」の成り立ちである。
この物語は、同盟の礎を築いたスカーレットの娘…。
「シャプロン王国」の現女王「ルージュ」とその近衛騎士たちによる日々の生活と…。
………彼らの身に忍び寄る、黒き者たちとの戦いの記録である。
――――――――――――
グリム共和国 【赤ずきん】シャプロン王国 城内。
ある日、女王ルージュの側近で「近衛騎士」である【人狼 アルフレート】は、ルージュの私室のドアを叩いた。
「陛下…。ルージュ女王陛下…。」
しかし中からの返事はない。
藍色の髪から立ち上がる、同色の狼耳で部屋の様子を探ってみても…中から音は聞こえてこない。
まるで部屋の中には誰も居ないような気配だ…。
―――嫌な予感がした。
アルフレートはその予感を確かめるべく、無礼を承知で扉を少し開けて…室内へと入っていく。
「………失礼します…ルージュ女王へい………」
ゆっくりと入ったその部屋の中は…。
………案の定、もぬけの殻。
何が起きたかを語る様に、部屋の一番奥にある窓が開け放たれ、虚しく白いカーテンが風に靡いているだけであった。
「……逃げられた…。」
予想通りの展開を目の当たりにした、アルフレートの深いため息と共に…。
アルフレートは、一国の姫君が城を抜け出したその大きな窓をパタンと閉じた。
―――――
グリム共和国 【赤ずきん】シャプロン王国 村はずれの森。
所謂「赤ずきん」の舞台となったその薄暗い森の中を、一人の少女が歩いている。
歳の頃12〜13歳。
肩につくか付かないかほどの黒くクセのある髪が、歩くたびにフワフワと揺れ、ほんの少し釣り上がった猫のような琥珀色の瞳は、あたりを警戒するように丸々と見開かれている。
そして身につけているのは、今は被られずに後ろへと回されている、フード付きの赤いマント。
そう、彼女こそ本物の「赤ずきん」。
この国の現女王「ルージュ」である。
そして、その後ろから付いてくる赤毛の短髪の青年が、アルフレートと同じく、ルージュの近衛騎士を勤めるもう一人の「人狼 ルドルフ」だ。
彼もまた、その赤髪の隙間から立ち上がる狼の聴力を活かして森の中を警戒しながら歩いていた。
「ねぇ、ルー…。本当にいいの?こんなところ来ちゃって。」
勇ましい防具姿の近衛騎士からとは思えない…穏やかでゆったりとした語り口のルドルフが話しかける。
『近衛騎士を連れた女王が国内視察をして何が悪いのさ。』
対してルージュは可愛らしく、少女らしい旅衣装に身を包んでいるとは思えないほどに、キリッとした歯切れの良い言葉でルドルフにそう返事をした。
「でも、ここって完全に森の中だよね?」
『そうだよ?』
「それって視察なのかなぁー…?」
目の前にある木の枝を腕で押し退けながら、ルドルフがそうぼやくと、前を歩くルージュはくるりと振り返り、チッチッと軽く舌を鳴らしながらルドルフへと近づいてきた。
『いい?ロロ?…何も街中の様子を見るだけが視察じゃないよ。………ボクは国の全部を見守りたいんだ…!』
そう言うと、瞳を態とらしくキラキラとさせながら、ルージュは両手を広げて、クルクルとその場で回り始めた。
「それっぽい事言って…。いつもアルフに叱られるの俺なんだよ…?」
そんな誤魔化そうとしている雰囲気満点のルージュに呆れる様な声を出すと、ルドルフは相方の近衛騎士アルフレートに説教を食らう自分を想像し、身震いをしてからそのまま抗議を続けた。
「それに…森の地形を使った俺との体術訓練は…視察じゃないと思うなぁ…。」
彼女の特技…趣味というべきかも知れないが、武術の鍛錬を怠る事のないルージュに取って、人狼のルドルフは良き先生でありライバル。
ルージュ曰く『これも国民を守るためだ』そうだが…。
近衛騎士の二人から見れば、どう考えてもルージュ自身が好きでやっているとしか思えなかった。
『アルフにバレなきゃ平気だよ。』
「えぇ〜…そうかなぁ〜?」
相変わらず暢気なルージュがそう答えると、再びルドルフよりも前をズンズンと歩いて、枝や木の葉を雑にかき分け始める。
『大丈夫だって。アルフに見つかる前に城に戻ってれば問題ない。』
ふとルドルフの方へ振り返った、ルージュが悪戯っ子の様にニヤニヤと笑いながらそう言うと……。
「そうですね。バレる前なら問題ありません。」
『ほら見なよロロ、アルフだってそう言って……え?』
ルージュの背後から、彼女に同意の意見を述べる…聞き覚えのある声が聞こえてきた。
それはここでは聞こえないはずの声…。
聞こえてはいけないはずの声で…。
先に声の主を目撃して、怯えるルドルフから視線をずらしたルージュが…恐る恐る声の主の姿を確認する様に前に向き直ると…そこには……。
『ア、アルフレート!!』
「ほら、バレたぁぁー!」
「何やってるですか…あなた方は…。」
二人が今の事態を隠し通したかった張本人「アルフレート」がルージュの目の前に立ちはだかっていた。
ルージュが城から逃げ出したのを確認してからすぐ、アルフレートは狼の嗅覚を利用して、彼女の残り香を頼りにここまで追いかけて来たのだ。
「俺の目を盗んで二人で遠出とは…。」
冷たく呆れたような顔でルージュとルドルフを見れば、二人は、手を取り合ってビクビクと小さく寄り添った。
「ちがっ……違うってアルフ!俺は止めたんだよ!?でも、ルーが絶対バレないって言うから!」
『あ、ロロ!裏切ったな!?』
「……ルージュ陛下…?」
『うっ………。』
「………。」
ルドルフの裏切りに声を荒げるも、名を呼ばれビクッと体を震わせ身構えるそのルージュの姿に、アルフレートはため息をついた。
そしてそのままルージュに近づくと、被られる事なく背中に回されているフードをバサッとルージュに被せてやった。
「自分の顔がどれだけ知れ渡ってるか理解して。……とりあえずフード…かぶって。」
『……うん。』
人間とは寿命の差のある【人狼】として生きているアルフレートは、ルージュが生まれた時から、ずっと彼女の側でその成長を見守っていた。
そのため、先代女王と王の亡き今…。
アルフレートはルージュの近衛騎士であると同時に…ある種、ルージュの親のような感情も持っていた。
「ロロがいるとは言え…。とにかくルーが無事で良かった。」
ルージュを見つめるアルフレートの、ホッとした様な微笑みを見ながら…。
ルージュは自分の身勝手な行動を謝罪した。
『……ごめん。』
ギュッと赤いフードを目深にかぶりなが俯く。
…どうも、アルフレートの説教からのこのホッとしたような微笑みにルージュは弱かった。
そして、そんな二人のやりとりを横でオロオロと見ていたルドルフも、アルフレートの微笑みにホッ安堵の声を漏らした。
「良かったー!アルフ意外と怒ってなくて!」
「ロロは後で説教。」
「なんで!?」
自分もお咎めなしだと踏んでいたルドルフだったが、まさかの展開に…その声を森の中に響かせた…。
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