第94話 カナヅチ女神と泳ぎ練習
「すごーい! 見て見て、みんな、私泳げてるよー!!」
ティアラちゃんと一緒に再び海エリアへとやって来た私は、配信を再開しながら《潜水》スキルの検証を行っていた。
水中に潜ってもへっちゃらで、プレイヤーの泳ぎにも補正がかかるというそのスキルの効果を改めて体感し、視聴者に向かって自慢してるんだけど……なんか反応がおかしい。
『いや、泳げてるというか……』
『やっぱ溺れてね?』
「ええ?」
海にぷかぷかと浮かび、時折来る波によって沈んだり再浮上したりを繰り返しながらどんぶらこと流されている現状を振り返って、私はふむと顎に手を当てて思案する。
「……ねえみんな、これどうやって岸に戻ればいいの?」
『おいw』
『本当に溺れてんじゃんw』
『スキルでも補助しきれない女神のカナヅチ』
『笑った』
「うっさーい!」
いつものように軽快なやり取りを視聴者のみんなと交わしつつ、実際のところさてどうしようかと頭を悩ませる。
いくらスキルのお陰で溺れないと言っても、持続時間には限りがあるし、それを過ぎればまた溺れちゃう。
「クレハちゃん、大丈夫……?」
「あ、ティアラちゃん!」
どうしようかなと思っていたら、私と同じように《潜水》スキルの使用感を確かめていたティアラちゃんが来てくれた。
私と色違いの、《黒百合の水着》に身を包んだティアラちゃんは、まるで人魚みたいにすいーっと近くに寄ってくると、優しく私の体を支えてくれた。
「ありがとう、助かったよ。ていうか、ティアラちゃん泳ぐの上手だね~」
「え、そ、そうかな? これくらい普通だよ……あ、えと、別に泳げないクレハちゃんが普通じゃないって言いたいんじゃなくてね!?」
あわあわと、自分の言葉選びを訂正するためにパニックになってるティアラちゃんを見て、私は思わず苦笑する。
取り敢えず、落ち着いて貰うために……もとい、そろそろスキルの時間が限界だから溺れないためにもうちょっとしがみついておこう。えいっ。
「っっっ!?!?!?」
「わかってるから大丈夫だよ。それと、出来ればこのまま泳ぎ方教えてくれないかな? もし本当に夏に入って海を舞台にしたイベントが起きたら、私本格的に足手纏いになりそうだし……」
あはは、と笑って誤魔化しながら、私はティアラちゃんにそうお願いする。
うちのモンスター達に関しては、ポチは問題なく泳げてたし、ドラミやキュー太は水棲モンスターだし、たぬ吉や他の子達は……まあ、なんだかんだ上手くやりそう。
ドラコは水場が苦手っぽいからダメかもしれないけど……タマは今まさにキュー太を乗りこなして水上を楽しげに突っ走ってるから、何も問題ない。
だから、後はキュー太に乗ってすらあっさり溺れちゃう私をどうするかってところだけだ。
「ダメ?」
「ううん、全然、私なんかで良ければ!!」
ぶんぶんと首が千切れそうなくらい振り回したティアラちゃんは、ちょっと怖いくらいの意気込みで私の手を取ってくれた。
うん、そんなに必死にならなくても大丈夫だよ?
「今日はクレハちゃんと二人きりで……泳ぎの練習……ふふふ……」
「ティアラちゃん、何か言った?」
「ううん、なにも?」
にっこり笑うティアラちゃんに首を傾げつつ、私は泳ぎの練習に入る。
手を引かれて、すいーっと移動してみるんだけど、体がほとんど沈んで上がってこない。ぐぬぬ。
「えと、もっと体の力を抜いて……何かあっても、ちゃんと私がついてるから!」
「う、うん、わかってるんだけど、難しい……!」
わたわたしながらやっていくけど、中々上達しない。
こんな出来の悪い生徒で申し訳ないなぁ、と思うんだけど、そんな私を見てなぜかティアラちゃんはご機嫌な様子。なんで?
「この調子なら、イベントまでずっと一緒にいられるかも……ふふ、ふふふふ……」
『ティアラちゃんの笑顔が黒い』
『段々ティアラちゃんのヤンデレが加速してないかw』
『おかしい、こんなはずでは』
コメント欄も盛り上がってるみたいだけど、とにかく浮かぶのに必死であまり確認出来ない。
まあ、こんな泳ぎの練習風景を配信するだけで楽しんで貰えるなら、別にいいんだけどね。
「ふう、上手くいかない……そういえば、タマはどうしてるのかな」
この辺りは見ただけで襲いかかって来るような好戦的なモンスターがいないエリアだから、呑気に泳ぎの練習なんてしてるわけだけど……今回連れて来たタマは退屈してないかな? と、休憩がてらティアラちゃんにしがみついて辺りを見渡すと。
「ぎーぎー♪」
「キュー!」
「コオォォ」
タマ、キュー太、ドラミの三体は、それはもう楽しげに、縦横無尽に海というフィールドを楽しんでいた。
具体的には、タマがキュー太に糸を結び付けて体を固定することで高速移動し、途中で大ジャンプ。
海面から飛び出したドラミがイルカショーさながらに体をひねり、そこへ糸を飛ばしたタマが空中で方向転換、くるくると回転しながらアクロバティックに飛んでいく。
やがて、着水寸前に足に糸を巻き付けて巣を作ることで簡易ボートとし、水切りの要領で跳ね回り、勢いが完全になくなる前に追い掛けて来たキュー太に糸を結び直して無事帰還。始まりに戻る。
うん……どこから突っ込めばいいんだろう?
ちょっとうちの子、スペック高すぎないかな? たぬ吉、私の知らない間にタマに何を教え込んだの?
「ク、クレハちゃん……!」
「うん? あ、ごめん、ずっとしがみついちゃって。苦しかった?」
「ううん、全然! むしろ、もっとやって欲しいなって……」
「これくらいで良ければずっとしてあげるよ?」
「ほえ!?」
何の気なしに言った言葉で、なぜかティアラちゃんが顔を真っ赤にして、視聴者のみんなからは『この天然たらしめ!』なんてよくわからない突っ込みを入れられたりしつつ。
こうして私は、夏のイベントまでの間、ティアラちゃんと泳ぎの特訓を重ねることになるのだった。
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