第88話 クレモン奮戦とアンラッキー

「コオォォォ!!」


 ドラコがやられても、敵は容赦なんてしてくれない。

 残された私達に向け、渾身のブレスを放ってくる。


 あ、終わった。


「キュー!」


「わわっ、キュー太!?」


 そう思った瞬間、キュー太が私に体当たりしてきた。

 その衝撃で浮き上がった私の足元にするりと入り込んだキュー太は、そのまま超特急でその場を離脱する。


 直前までいた場所を激流が押し流す光景にゾッとしながら、私はどうにか振り落とされないようにキュー太の体にしがみつく。


「ありがとうキュー太、助かったよ!」


「キュー!」


『これはファインプレー』

『クレハちゃんの下に産まれた時点でやはりクレモン』

『なぜだろう、あり得ないことのはずなのに、クレモンがやったと言うだけでどこか納得感が』

『クレモンだから仕方ない』


 キュー太の活躍に、コメント欄も大盛り上がり。


 どこか諦めが混じってる気がするけど、きっと気のせいだ。


「コオォォォ!!」


「わわわ!?」


 けれど、逃げる私達をアクアドラゴンは当然のように追いかけて来る。


 水浸しの神殿内を滑るように動きながら迫ってくる姿は、まるで水上を走るモーターボートみたい。


 キュー太も速いけど、さすがにこれは逃げ切れないんじゃ……!?


「クオォォォン!!」


 そんな時、ポチがアクアドラゴンの背後から《ライトバスター》を放った。


 光の砲撃がアクアドラゴンを捉え、その矛先がポチの方へ向く。


 助かった……と思わず気を抜いた瞬間、キュー太は急旋回。

 その動きについていけなかった私は、その背中から振り落とされてしまった。


「ぐえっ」


 ばしゃーん! と、またも水面に叩き付けられた私を余所に、キュー太はアクアドラゴンへと立ち向かう。


 いくらなんでも、まだレベルの低いキュー太がアクアドラゴンと戦うのは無理があるんじゃ? と心配になるんだけど、キュー太は問題ないとばかりに《透過》スキルを発動した。


「キュー!」


 体が透明になり、ぼんやりとした輪郭が辛うじて見えるような状態で何度も放たれる、《水鉄砲》スキル。


 それ自体に大したダメージはないんだけど、執拗に背中へと浴びせられる攻撃に苛立つように、アクアドラゴンはキュー太へと振り向く。


 けれど、スキルの効果でアクアドラゴンはキュー太を見付けられなかった。


 その隙に、キュー太はするりとアクアドラゴンの脇を抜け、ポチの元へ到達。その背中にぴょんと飛び乗った。


 途端、キュー太だけでなく、キュー太を乗せたポチすらも透明になったのだ!


「クオォン!!」

「コオォ!?」


 キュー太の援護を受け、ポチはアクアドラゴンへと一方的に攻撃を浴びせかけていく。


 一発一発は大したダメージにならないんだけど、それを積み重ねることで着実にアクアドラゴンを追い込んでいた。


『なにこれやべえ』

『ドラコがやられたらもう終わりかと思ったけどそんなことなかったでござる』

『よくよく考えたら、ポチもクエストボスだもんな……そりゃ強い』


 ポチの大奮闘に、私だけでなく視聴者のみんなも唖然としていた。


 そうだよね、最近はドラコの無双ぶりにばっかり目が行ってたけど、うちの子はやっぱりみんな強いよ。


「うーん、私も負けてられないね!」


 拳をぎゅっと握り締めながら、ふんすと一息鼻を鳴らす。


 うちの子は最強かもしれないけど、私はこれでもそんな最強のモンスター達のご主人様なんだからね。ちょっとはかっこいいところ見せないと!


「とはいえ、何が出来るかな……《炎精霊の杖》はまだCTの只中だし、《応援》スキルと……後は、アイテム?」


 私のインベントリには、ティアラちゃんが作ってくれた回復薬がある。


 ランダムで状態異常を引き起こすことがあるこの薬をぶつければ、アクアドラゴンも少しは弱るかもしれない。


『いや、クレハちゃんノーコンだし当たらないでしょ』

『あんなデカイ的相手に外すとかある??』

『そこを外すのがクレハちゃんクオリティなんだよなぁ』

『外しても女神の幸運なら良い方に転がるだろうしやればいいのでは?』

『それもそうか』

『よーしやったれクレハちゃん!』


「うがーー!! 絶対に当ててやるから!!」


 思いっきりバカに(?)されて頭に来た私は、一球入魂の心持ちでポーションを取り出す。


 確かに私はノーコンだけど、アクアドラゴンだってこんなに大きいんだから、外すわけないじゃん!


「行くよ、そりゃーー!!」


 思い切り振りかぶり、力強くアクアドラゴンに向かってポーションを投げ付ける。


 ひょろひょろと、想像していたより随分と緩い放物線を描いて飛んでいったポーションは、綺麗にアクアドラゴンの背中に向けて落下して……。


「コオォ」


 ぺちっと、背中から生えたヒレのような翼に当たって、跳ね返って来た。


 って、えぇぇーーー!?


「ぶみゃ!?」


 顔面にポーションがぶち当たり、ひっくり返る。

 ばちゃーんと、もはや今日何度目かもわからない水面ダイブを行った私は、なぜかそのまま動けなくなった。


 な、なんで!? って、ポーションのせいで《麻痺》状態になってるー!?


「がぼぼぼがぼがぼ!?」


『ちょ、嘘やろw』

『この展開はさすがに予想の斜め上過ぎるw』

『こんな浅瀬で溺れることある?w』


 何やらコメントが流れてる気がするけど、溺れながら確認する余裕は私にない。


 ちょっ、ポチ達ががんばってるのに、こんな情けない形で死に戻りはさすがにイヤー!!

 何か、何か麻痺状態を解くアイテムとかなかったっけ!?


 溺れる寸前ということで焦ってパニックになった私は、麻痺状態でも唯一アイテム操作が利く右腕を使って、適当にインベントリを操作する。


 取り出し取り出し取り出し……とよく確認もせずにめちゃくちゃにアイテムをぶちまけて、麻痺の回復を願っていると……。


「っ、ぷはぁ!!」


 アイテムとか関係なく、溺れる前に麻痺状態が解除され、私はギリギリのところで水面に顔を出すことが出来た。


 ふう、危なかったー。


『クレハちゃーん』

『ホッとしてるとこ悪いけど、前前』


「前……?」


 ようやく確認出来たコメントに釣られ、顔を上げる。


 するとそこには、大きな大きなアクアドラゴンの顔面があった。


「あ、あはははは……はろー……」


 チラチラと周りを確認すると、体力の限界まで追い詰められたポチと、その側で疲れ果てたようにひっくり返るキュー太の姿が。

 どうやら、私が一人で溺れかけてる間にも、精一杯戦ってくれてたみたいだね。お疲れ様。


 でも、こうなるといよいよ打つ手がない。挨拶してみたけど、それでやめてくれるわけないし。

 唯一出来るのは……。


「……て、《テイム》」


 これくらい。でも、表示されたのは無情なる『テイム不可』の文字。うん、ダメだったね。


 万策尽きてどうしようもなくなった私に対し、アクアドラゴンはどこか嬉しそうに表情を歪めて。


 私に向かって、大きく口を開けるのだった。

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