第84話 海エリアとカナヅチ女神
第二の町から南へ向かい、アークミノタウロスがボスを勤めていた(そういえばまだ見たことない)樹海を抜けると、新実装の海エリアに到達する。
見渡す限りの青い海と、白い砂浜。
ほんと、水着を着てたらそのまま飛び込みたいくらい綺麗なところなんだけど……そこはファンタジーなゲームの中。ばっちりとモンスターが生息していて、のんびりバカンスとは中々行かない。
「ポチ、ドラコ、ゴー!」
「クオォン!」
「ゴアァ!」
なので、取り敢えずポチとドラコをけしかけて、海岸沿いにいるモンスター達を掃討する。
巨大な蟹みたいなモンスター、バブルクラブという泡を吹いて攻撃してくるやつがいたんだけど、ポチ達の敵じゃなかったみたい。あっさり倒されていく。
「それじゃあ、キュー太も戦ってみよっか。……えっと、《水鉄砲》!」
「キュ!」
ひとまず大丈夫そうだと判断した私は、続けてキュー太に指示を出す。
何気に、私と同じレベル1だから、逐一指示しないとまだ動いてくれないんだよね。
うーん、こういうの新鮮だなぁ。たぬ吉以来だよ。
『クレハちゃんがスキルの名前まで出して指示してるとこ久々に見た気がする』
『奇遇だな、俺もだ』
『そうだよな、卵から孵ったばっかだからクレハちゃんと同じレベル1なんだよな』
『クレモンはみんなクレハちゃんが指示しなくとも勝手に暴れる有能モンスターばっかだからシステムの制約忘れてたわ』
『思い出したように行われる同じゲームやってるアピール』
『クレハちゃんの子育てタイムだな』
私と同じことを思ったのか、配信を見ているみんなも好き勝手に盛り上がる。
君たち、私はちゃんとみんなと同じゲームやってるからね? 一人だけゲームが違うみたいな言い方やめなさい。
「キュキュー!」
内心でコメントに突っ込みを入れながらキュー太の初戦闘を見守っていると、放たれた水の攻撃スキルは見事巨大蟹に命中。
ポチ達の手で弱らされていたのもあってか、たった一発でそれを撃破した。
同時に鳴り響く、レベルアップのファンファーレ。
「キュー!」
「あ、キュー太!?」
途端、キュー太は一気にテンションを上げ、近くにいる巨大蟹へと次々に《水鉄砲》を浴びせかける。
ポチ達によって適度に弱らされていた蟹達はあっさりと倒されていき……気付けばあっという間に5レベルまで上昇していた。
「キュー!」
『【悲報】クレハちゃんの子育てタイム終了』
『いや早すぎて草』
『やはり卵から生まれてもクレモンはクレモンじゃったか』
『知ってた』
いやうん、これは私も何も言えない。
「キュー、キュキュキュ!」
「ん? どうしたのキュー太」
あまりにも早すぎるキュー太の成長に遠い目をしていたら、当人がよちよちと近付いてきて、私の服を引っ張り始めた。
どうやら、海に入りたいらしい。
「キュー太は水棲モンスターだし、やっぱり水場がいいんだね。それじゃあ、行こうか」
「キュ!」
私が同意すると、キュー太は嬉しそうに海へ入り、乗った乗ったと言わんばかりに背を向けてヒレで海面を叩く。
やんちゃな子だなぁ、と思いながら跨がると、それに並走するようにポチも犬かきで傍まで寄って来た。
おお、キマイラというだけあって色々混ざった体してるけど、泳ぎ方はやっぱり犬なんだね。可愛い。
「よーし、行く……前に、あれ、ドラコは?」
「ゴアァ……」
さて後は出発するばかり、というところで振り返ると、ドラコはなぜか海岸沿いで立ち往生していた。
ドラコ、海に入れないの? いや、でも泳げないにしてもドラコは飛べるはずだし……炎の竜だから、海が怖いんだろうか?
「クオォン!」
「ゴアァ……」
ドラコを連れてきたのは失敗だったかな? と思っていたら、ポチがひと鳴きするのに合わせ、ついにドラコが飛び上がった。
スーッ、と傍までやってきて器用に滞空するドラコに、今の間はなんだったんだろうと首を傾げる。
「まあいっか、それじゃあ改めて、レッツゴー!」
「キュー!」
「わわわっ!?」
ドラコのことは置いといて、キュー太に捕まって海を走る。
けど、これが想像してた何倍も速かった。
地上ではよちよちと生まれたての赤ちゃんみたいな(いや、サイズを除けば実際生まれたてなんだけど)ゆっくりとした動きしか出来なかったのに、海の中では本当に速い。それこそ、戦闘中のモッフルが頭を過るくらい。
今にも振り落とされそうなんだけど、実は私泳げないんだよね。だからもしキュー太から落ちたら溺れ死んじゃう。
そんな死に戻りは嫌だから、絶対飛ばされないようにしないと!!
『あ、なんか正面にモンスター出たぞ』
『ポチが迎撃したな。てか犬かき速いw』
『ドラコもやたらと高度上げながら炎噴いてんな。高すぎてたまに外してるけど』
『やっぱり炎系のモンスターは水場が苦手なんかね?』
『ところでクレハちゃん、俺達のコメント見てる? てか状況認識してる?』
『振り落とされないように必死になりすぎて周り見えてないなw』
『かわいい』
なんだか周りが騒がしい気がするし、コメントもすっごく流れてる気がするけど、そっちに気を払う余裕は全くない。
キュー太ぁー! 海に入れて楽しいのは分かったけど、そろそろ落ち着いてー!!
「キュ」
「あ」
そんな私の内心を汲み取ったのか、キュー太が急制動をかける。
なお、それについて行けなかった私の体は突き進んだ勢いのまま、ポーン、と前に投げ出されてしまう。
真下には海面。視界には「あれ?」とばかりに首を傾げるキュー太の姿。
うん、ダメだ、死に戻ったこれ。
「がぼぼぼぼ」
どっぱーん、と派手に水飛沫を上げて着水した私は、そのまま海の底へ沈んでいく。
こんな時でも変わらず視界に表示されるコメントには、『あ、落ちた』とか『クレハちゃんカナヅチなのか?』とか書き込まれてるけど……その通りだよ! だから助けて!!
まあ、叫んだところで視聴者のみんなはここにいないんだけどね!!
「ゴアァ!!」
「がぼぼ!?」
出来れば苦しくないように早めに死に戻ってくれないかな、と思っていたら、なんとドラコが空から海中へと突っ込み、私の体を咥えこんだ。
助けてくれるの? と期待したのも束の間、ドラコはそのまま海底目指して突き進む。
って、なんで!?
「がぼぼぼぼ!?」
『ドラコ、ご主人様助けようと咄嗟に飛び込んだはいいけど自分も泳げなかったパターン?』
『あるあるやな』
『いやモンスターがなんでそんな人間臭い挙動してんのw』
『クレモンだから仕方ない』
『クレモンでも失敗することはあると』
『新たな発見だわ』
「がぼぼぼぼぼぼぼーー!!(呑気だねみんなーー!!)」
ゲームの中だからか、息苦しさもさほど感じることなく騒ぐみんなに必死に突っ込みを入れてみるも、段々と視界が暗くなってきた。
やば、これ本当に死に戻る!?
「──ぷはっ!?」
危機感を募らせていると、唐突に水から弾き出され、ドラコと一緒にどこかの床に投げ出された。
一体何が、と思いながら顔を上げると、そこに広がっていたのは荘厳な宮殿。
海の中に浮かぶ、巨大なシャボン玉。その中に聳え立つダンジョンだった。
『え、これもしかして隠しダンジョン?』
『まさかの実装初日早々に発見ですか』
『これがクレハちゃんの幸運……』
『さすが女神様』
『クレハチャンカワイイヤッター』
盛り上がるコメント欄を余所に、全身ずぶ濡れの私はどうリアクションしたらいいかわからないまま、呆然とその光景を見つめ続けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます