第81話 新エリア情報と煩悩退散

「らんらんらららんらんらーん、らんらんらららーん♪」


 ちゃぷちゃぷと水音を立てながら、現在私はリアルのお風呂で入浴タイム中。

 お湯が全身を包む心地良さに鼻歌なんて歌いながら、一緒に入ってる親友に声をかける。


「いやー、こういうのも久しぶりだね渚ー、小さい頃はよくこうやって一緒に入ってたけど」


「うん、そうだね……」


 しかし、当の渚はどうにも反応が鈍い。

 どうしたのかと目を向けると、なぜか顔を押さえて震えていた。


「はあ、はあ……目の前に紅葉の、紅葉の玉肌が……! 一糸纏わぬ天使の御姿が……!! ダ、ダメよ落ち着くのよ渚、ここで理性を飛ばしたら帰って来た春香さんに殺される……今は、今は目の前の桃源郷を少しでも網膜に焼き付けることに集中するんだ……!!」


「渚、顔真っ赤だけど逆上せちゃった? もう上がる?」


「いや大丈夫、大丈夫だからもう少しお喋りしよう。あと紅葉、湯舟から体上げるのはダメ、刺激が強すぎて本当に逆上せるから」


「そう……? ならいいけど」


 持ち上げかけた体を今一度湯舟に沈めながら、私はとりとめのない話題を振る。


 私がGW明けの小テストでまたも追試になった話とか、そもそも課題が終わらなくて渚に写させて貰ったのがバレて盛大に説教された話とか。


 そして会話の内容は、自然と共通の趣味であるTBOの話へと流れていく。


「そういえば渚、TBOでまた新しいマップが追加されるってお姉ちゃんが言ってたよ」


「あー、海エリアね。モンスターの属性に騎乗、戦闘、探索とは別に陸上、飛行、水棲の三タイプが追加されて、水棲タイプの騎乗モンスターはデフォルトで《潜水》とかいうプレイヤーを連れて海に潜れるスキルがあるって」


「そうそう!」


 案の定、既に詳しい情報を入手していたらしい渚の言葉に、私は何度も相槌を打つ。


 夏休みの時期に向けて解放予定の海エリアは、今までとは違う水棲のモンスターが数多く出没する。

 それらをテイムして、ぜひともゲームの中でも夏の海を満喫したい。


「そろそろ、前回のイベントで手に入った虹卵も孵りそうだしね。運よく水棲タイプが出たら楽なんだけど」


「まあ紅葉のことだし出るんじゃないかな。出なくても、海エリアの入り口は海岸になってて、そこでノンアクティブの水棲モンスターをテイム出来るみたいだし、そこは心配しなくても大丈夫でしょ」


 ペラペラと、いつにも増して早口で、いつにも増して私の方を凝視しながら語る渚。うん、ちょっと怖いよ?


 でも、そうか。一応卵で水棲モンスターが来なくても、テイムする手段はあるんだね。なら、大丈夫かな?


「私もスカイじゃ海の中に潜れないし、新しく水棲モンスターを育てないとねー。まあ、運営もそれが狙いでこんなエリアを実装したんだろうけど。初心者も上級者も出来るだけ同じスタートラインに立てるようにってねー」


「なるほどー」


 私は特に育ててないというか、うちの子が勝手に育ったって感じだからなんとも言えないけど。


「そういえば、海の中って服とかどうするの? いつもの奴だと濡れちゃわない?」


「ゲームだし、別に大丈夫でしょ。まあ、水棲モンスターがいなくても平気なように、プレイヤーにも《潜水》スキルは習得出来るようにするって情報だけど」


「んー、いっそティアラちゃんに水着とか作って貰おうかな? もしかしたらそういう装備でスキルがつくのかもしれないし」


「み、水着……紅葉の……ごくり……」


「渚?」


「なんでもない」


 またなんか目が変に輝きだした渚だけど、すぐに元に戻った。

 本当に、今日の渚は変なの。いや、いつも変だけど。


「じゃあ、明日は虹卵の様子見と、その辺りの相談をティアラちゃんにしてみようかなー、お金足りるといいんだけど」


「イベントで散々稼いだから大丈夫でしょ。……あ、ただ一つだけ、紅葉にお願いがあるんだよね」


「うん? 何?」


「……今日、一緒にお風呂入ったことはティアラには内緒でね。私、まだ死にたくないから」


「はあ、別にいいけど」


 何がどう生死に関わるのか全く分からないけど、特別話すようなことでもないし、黙っているのは別に構わない。


 なぜか心底ほっとした様子の渚に首を傾げながら、私はよいしょと立ち上がる。


「ちょ、まっ、紅葉!! 湯舟に浸かっといてって!! 私の煩悩が破裂する!!」


「? いや、湯船に浸かるばっかりじゃなくて、体洗わなきゃお風呂の意味ないでしょ。ほら、渚も上がりなよ、一緒に洗いっこしよ?」


「なん……だと……」


 まるで特上和牛のステーキを前にしたワンちゃんみたいに涎を垂らしながら、渚は目を丸くする。


 いや、やっぱりリアクションおかしくない?


「ほーら、早くしないと本当に逆上せちゃうよ、上がって上がってー」


「……煩悩退散煩悩退散煩悩退散」


「????」


 よく分からないことを呟き続ける渚を湯舟から引き上げ、そのまま体を洗いっこする。


 その日はそのまま渚がうちにお泊まりして一緒に寝たんだけど、なぜか翌日、学校に向かう渚には盛大なクマが出来上がっていた。


 ……かなり早めに寝たはずなんだけど、寝つきが悪かったのかな?

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