第80話 イベント戦績と勝負の行方
「ぬおー……」
「どうしたのクレハ、元気ないじゃん。せっかくイベントランキングトップでゴールしたのに」
カモネギ大襲撃イベントが終了した翌日。
私がホームでテーブルに体を預けてぐでーっとしていると、対面に座るスイレンにそう尋ねられた。
うん、なんでって言えば、まさにそれが理由なんだよね。
「だって、私は途中であっさり死に戻ってさー、散々目立つことした後で戻るのも恥ずかしいからって呑気に待ってただけなのに、なんでか王様を倒した功労者だって持ち上げられてさー、しかもそれを理由にラスト一日だけであり得ないくらい大量の野菜がうちのモンスター達経由で貢がれて……意味わかんないんだけど」
そう、私は最後の最後にバカみたいな突撃をかまし、せっかくスイレンが落下死の判定が出ないギリギリのラインを攻めてくれたのに、弾き返された自分の剣に自分が当たって死に戻るなんて間抜けな醜態を晒した。
今にして思えば、なんであんな攻撃を仕掛けたのか自分でも謎なんだけど、なぜかあれのお陰で王様が倒せたことになっているらしい。
バーサークの状態異常が良い感じに働いた、っていうのは聞いたんだけど、狙ってやったわけでもないことで祭り上げられるとすごいこう、据わりが悪い。
ましてや、散々貢がれたそれをポイントに変換したら、イベントランキングトップになってしまったんだから尚更だ。
「うぅ、どうしてこうなったの……」
「クレハにとってはいつものことじゃん」
「だから困るんだよー! 私、ただ運が良いだけだからね!? どこかで運の揺り戻しがあったらみんなガッカリしない!?」
「クレハのことだし、大丈夫でしょ。そんなに不安がること?」
「運なんて曖昧な特技だと不安にもなるってー!」
なんだかんだ、みんなが私にアイテムを貢ぐのを楽しんでくれてるのは……まあ、配信を見てれば分かる。
でも、それは私がみんなを楽しませることが出来ているからで……要するに、運が良いだけだ。
運は、みんなみたいにコツコツ積み上げた技術でもなんでもない。
ひとたびそっぽを向かれてしまえば、それまでの躍進が嘘だったみたいに転がり落ちてしまう諸刃の剣だ。
運一つでみんなを楽しませている私が、もし運に見放される時が来るとしたら……そう考えると、ちょっぴり怖いものがある。
そんな私の言葉を、スイレンは盛大に笑い飛ばした。
「あはははは、大丈夫だって、確かにクレハはどんくさいしアホの娘だし勉強もスポーツもダメダメな運だけの幼女だけど」
「ねえスイレン、もう少しオブラートに包んでくれてもいいんだよ? あと幼女じゃないから、背が低いだけだから」
「クレハの魅力が運だけじゃないことは、私含めてみんな知ってるから。ただ運が良いだけなら、こんなにたくさんの人から好かれたりしないって」
だから安心して、と、スイレンは私の体を持ち上げ、膝の上に乗せながら良い子良い子と撫で始める。
なんだか子供扱いされてるようで納得行かないけど、励まそうとしてくれたのは素直に嬉しいので、大人しく体を預けることにする。
そしたら、スイレンはそのまま私の体を抱き締めて、頬擦りなんてし始めた。
「そう、クレハの魅力は運だけじゃないよ! ゲームの中でも変わらないこの愛らしさ、もちもちの肌、豊潤な香り……! もうクレハがいるだけでご飯三杯はいけちゃう!!」
「もうスイレン、くすぐったいよー」
ハアハアとなぜか息を荒げながらいつもの冗談を口にする親友に苦笑しつつ、その顔を軽く引き剥がす。
励ますのはいいけど、スイレンのスキンシップは少し激しいよ。そろそろ夏に入るんだから自重して。
「スイレンさん……! 私がいない間に何してるんですか!?」
「あ、ティアラだ」
そんなことをしていたら、ティアラちゃんが息せき切って飛び込んできた。
まるで親に悪戯がバレた子供のような表情を浮かべるスイレンに、ティアラちゃんは鬼の形相で迫ってくる。
「何か嫌な予感がすると思ったら大当たりです、そんなにクレハちゃんに引っ付かないでください!」
「えー、いいじゃん、私とクレハは親友なんだしー?」
「親友とか友達っていう距離感じゃないです!」
スイレンの膝の上にいた私の体を、ティアラちゃんがひったくるように奪い取る。
なんだかぬいぐるみか何かになった気分だなぁ、と思いながら、私は黙って二人のやり取りを見守っていた。
「じゃあ、ティアラのそれは何の距離感なの?」
「こ、これは……クレハちゃんが嫌がってないからいいんです!」
「えー、私がすりすりするのも嫌がられてないよ、ね、クレハ?」
「うん、私は二人とも好きだよ」
だからもう少し優しく扱って欲しい。
具体的にはティアラちゃん、離れたくないのは分かったからもうちょっと抱き締める力を緩めて欲しいな、苦しいから。
「というわけで、私にはクレハもティアラも纏めて愛でる権利がある!!」
「それはおかしいです!!」
「そうよー、クレハちゃんは姉である私のものなんだから♪」
ひょい、と、苦しいくらい強く抱き締められていたはずの私の体がまたもひったくられ、すっぽりと新しい腕の中に収まる。
顔を上げれば、そこには予想通りと言うべきか、そこには笑顔満開のお姉ちゃんがいた。
「げ、サクラさん!? 仕事中のはずじゃ!?」
「そんなの即行で終わらせて帰って来たわ。主にイベントのラストではっちゃけ過ぎたことへのお小言を貰いに行っただけだしねー。というわけで、勝者の権利としてクレハちゃんは一日私の抱き枕ねー、むぎゅー♪」
「むぐー」
驚くスイレンを余所に、お姉ちゃんもまた私を抱き潰す。
ぬおお、なんで私の周りはこんなにスキンシップ激しい人ばかりなの! いやスキンシップは嬉しいけど!
「サ、サクラさん! 勝負はクレハちゃんがランキングトップだったんだから、そういうのはなしですよ!」
「えー? でも私、クレハちゃんの代理だったし? クレハちゃん抜きで考えたら、私が一番じゃないかしら?」
慌てて割り込むティアラちゃんに、お姉ちゃんはそう言って笑う。
ちなみに、イベントの最終的なランキングは、私が一位、お姉ちゃんが二位、ゼインさんが三位、ティアラちゃんとスイレンが同率四位だ。
私達の勝負の内容は、負けた人が勝った人の言うことをなんでも聞く、だったけど、私はお姉ちゃんに代打を頼んだわけだから……その理屈も間違ってはいない。
……いや、あれ? 私が勝負から降りたことを言うなら、そもそもお姉ちゃんの要求が私の使い道なのはちょっとおかしいんじゃ?
「ダメです! あくまで勝ったのはクレハちゃんなんですから、ここはクレハちゃんに選んで貰うべきです!」
「えっ」
なぜかそう言われ、みんなの視線が一斉に私を向く。
ちょっと何が起きてるのかさっぱりわからないけど、取り敢えず……。
「えっと……私の体で良ければいくらでも貸すから、仲良く順番にね?」
「クレハ、それだと今度は順番で争うことになるんだけど」
「じゃあ、もう一回勝負してみたら? 決闘システムで」
基本的にPvP──プレイヤー対プレイヤーの戦いがないこのゲームにも、対戦要素として決闘システムはある。
連れ込めるモンスターの数、勝敗のルールとか色々細かく設定出来るらしいけど、私は知っての通り弱々だから使ったことはない。
「よーし、そうと決まればいっちょやりますか!」
「ま、負けません……!」
「ふふふ、いいわよ、二人纏めてかかってらっしゃい♪」
こうして始まった、三人の熾烈なバトルロイヤル。
そこそこ広く作られた私のホームの庭をフルに使って行われるその激闘に、私はおー、と感嘆の声を漏らす。
「みんな強いなぁ、それに、なんだかんだで仲良しだよねー」
険悪(?)な空気を漂わせていたけど、いざ始まれば楽しそうに競い合う三人を見て、思わず微笑む。
と、そんな私の足元に、探索から帰って来たらしいたぬ吉が現れた。
「あ、おかえりたぬ吉ー、今日は何を持って帰って来たのー? ……ん? 毛布?」
抱き上げたたぬ吉からアイテムを受け取ると、《あったか毛布》という何の変哲もないただの毛布が入っていた。
また珍しい物を、と思ったけど、そこで私はピンと来て、インベントリからある物を取り出す。
今回のイベントで、私が(一応)最初の目的として設定していた、モンスターの卵だ。それを二つ。
「こうすれば、早く産まれて来たりするのかな?」
虹色に輝く最高レアリティの卵を二つとも毛布で包み、籠の中に入れる。
すると、たぬ吉も卵が気になるのか、お世話をするように籠を揺らし始めた。
「ふふ、どんな子が産まれて来るんだろ? 楽しみだねーたぬ吉」
「ポン♪」
そんな風に、たぬ吉と話すことにもはや違和感すら抱かなくなりながら、私も一緒になって卵をあやし、まったりとした時間を過ごす。
その後、見事勝者となったお姉ちゃんに、リアルで四六時中ぬいぐるみとして弄ばれることになるのだけど……この時の私はまだ、その未来を知ることはなかった。
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