第78話 女神死亡と狂気の戦場

 女神がやられた。


 その情報は瞬く間に広がり、プレイヤー間に衝撃をもたらした。


「あわわわ……そんな、クレハちゃんが……!」


 偶々俺の近くにいた、女神の信者筆頭たるティアラなど、その最たるものだろう。


 かく言う俺も、自称女神の信者第二号として、日々女神のことをブログに纏めている身だ。いくらすぐ戻って来ると分かっていても、受けたショックは大きい。


「そ、そんな……」

「女神の加護が無ければ、俺達は……!」


 俺の所属ギルド、《女神教会》の先輩達も、そのまま武器を取り落とすんじゃないかというほど絶望の表情を浮かべていた。


 いや、どんだけショック受けてんだよ……とばかりに呆れ顔を向ける一般プレイヤーもいたが、そんな連中もすぐにその表情を引き攣らせることになる。


「な、なんだ? カモネキングの様子がおかしいぞ!!」


 その声に顔を上げれば、確かにカモネキングは突如狂ったように奇声を上げ、その場で地団駄を踏んでいた。


 一体何が起きたのかと、誰もが息を呑む中……カモネキングは、その両手に次々とレタスを構え、周囲にめちゃくちゃにばら撒き出したのだ。


「グエー! グエグエッ、グエェーー!!」


 その適当過ぎる投擲は、プレイヤー側に誰一人として被害を与えることはなかったが、逆に言えばこれまでのように迎撃することもまた叶わない。


 地面に着弾したレタスが次々にレタスカイザーとなって立ち上がる姿に、プレイヤー達は動揺を隠せなかった。


「こ、この数は流石にヤバいんじゃ……」

「いや、まだだ、まだ増えていくぞ!」

「どーなってんだこりゃ!!」


 どういうことなのか、カモネキングの体力ゲージを見ればその理由が表示されていた。


 状態異常、《バーサーク》。

 防御の大幅低下と引き換えに筋力を上昇させる、女神お得意のデバフだ。


 だが、これは……それが裏目に出てしまっているのか……!?


「オオオオン!!」


 しかもどうやら、新たに投げられたレタスカイザーにも《バーサーク》が付与されているらしい。


 いくら防御が下がるとはいえ、この数だ。

 筋力アップによって俺達プレイヤーが被る被害の方が大きいだろう。


「ダメだ……今回の作戦は失敗だ……!!」


 誰かが思わずと言った様子で漏らした呟きに、否定の声は上がらない。


 誰もが目の前の状況に諦観を募らせ、攻めあぐねている中、レタスカイザーはその蔦を振り上げ──


 殴り付けた。


「オオオオン!!」

「オオオオン!!」


「な、なんだ? 何が起きている!?」


 突然の事態を、プレイヤー達は呆然と見守ることしか出来ない。


 しかし、そんなこともお構い無しに、レタスカイザーはカモネギソルジャー、そしてカモネキングすらも巻き込んで、敵同士で大乱闘を繰り広げていく。


「ま、まさか……これが《バーサーク》の効果……この状態になると、敵味方の区別がつかなくなるのか……!?」


 そもそも、《バーサーク》の状態異常を任意で付与出来る装備やアイテムは、まだ実装されていない。


 精々、女神が持つ呪い装備と、ランダム状態異常を起こすアイテムくらいだ。


 そのため、あまりこの状態異常の検証は進んでいなかったんだが……こんな効果があったなんて……!


「まさか、女神はこうなることを見越して、あんな無謀な突撃を……!?」


 そうだ、考えてみれば最初からおかしな話だった。


 女神はトッププレイヤーだが、そのレベルは1。しかも幸運特化のステータスで、筋力の数値は貧弱極まりない。

 とてもじゃないが、どれだけバフを積み上げたところで攻撃面で役に立つはずがないんだ。


 それが分からないほど、女神はアホの子でもないだろう。小学生だって、その程度はやらなくても分かる。


 それが、あんな危険な真似をしてまで攻撃に出た理由。そんなもの、この状況を想定していた以外にあり得ない。


「すごい……クレハちゃん……!!」


 同じことを思ったのか、ティアラは陶酔の表情で今は亡き女神を拝んでいる。


 ちょっと目が逝ってる感じがとても危ないんだが、大丈夫だろうか?


 まあ、下手に手を出して火傷するのもごめんだし、そっとしておこう。


「クレハちゃんが作ってくれたチャンス、物にしてみせる……行くよ、ルビィ」


「コォン」


 そのまま、ティアラさんは乱戦の中に飛び込み、一直線にボス目掛けて突っ走っていく。


 それに追従し、他のトッププレイヤー達も動き出した。


「いやー、クレハにはいつも驚かされるねー、まさかこんなことになるとは……ともあれ、チャンスは活かさないと! そして終わったらどーせ死んだことで落ち込んでるだろうクレハを慰めて……ぐへへへへ……!」


「うーん、この分だと本当に今日中に終わっちゃいそうねえ、さすがクレハちゃん。まあ、それはそれとして……クレハちゃんを傷付けたカモネキングは、私がギッタギタにぶちのめしてやるから、覚悟しなさい♪」


「ふふふ、流石は俺が見込んだプレイヤーだな、クレハ。今回は俺の負けかもしれん。だが……最強の座は簡単には渡さんぞ!」


「ゼインから最強を取ったら、ただの変態ロリコンしか残らないものね~」


「だから違うと言っているだろう!?」


 スイレン、サクラ、ゼイン、スピカ。

 錚々たる面々が、それぞれに凄まじい総攻撃を仕掛けていく。


 変質者丸出しだったり、鬼も裸足で逃げ出すような壮絶な笑みだったり、夫婦漫才を繰り広げていたりとそれぞれ賑やかだが、そんな彼女らを見て戦意を失いかけていたプレイヤー達もまた鬨の声を上げる。


 最後まで、己を犠牲に俺達一般プレイヤーのために加護を振り撒いてくれた女神へと、最高の勝利を捧げるために。


「行くぞ野郎どもぉーーー!!」

「カモネキングをぶっ倒せーーー!!」

「女神は死しても我らと共にあり!! 女神に勝利をーーー!!」


 レタスカイザーは暴走しているが、狙うのは敵ばかりではない。プレイヤーにも火の粉は飛ぶ。


 だが、今となってはその脅威も、俺達の進撃を止めるには至らない。


 こうして、トッププレイヤー、一般プレイヤー、更には味方であるはずのレタスカイザーにまで総攻撃を浴びたカモネキングは、《バーサーク》の状態から立て直すことすら最後まで叶わず──


 ワールドクエスト、《カモネギ大襲撃》は、一日の猶予を残して完全勝利と相成ったのだ。

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