第43話 幸運の女神と平伏ドラゴン
『何この装備、炎属性無効なんてつくの!? えっぐ!!』
『しかも全体付与!? 仲間全部にこの効果はいくら経験値取得不可だからって強すぎないか?』
『いやよく見ろ、このテキストだと多分敵対モンスターにも全部付与されるぞこれ。しかもステータス変動ってことは低下もあり得たんじゃないか?』
『ん? じゃあ他のみんなはどんな効果ついたんだ?』
宝箱から飛び出た装備のスキルによって私が危機的状況を脱すると、コメント欄が一気に活気づき始めた。
いやまあ、私としてもこの展開は予想外だったから、気持ちは分かるけど。
それで、《全体付与・炎》でみんなに付与された状態異常だっけ? ええと、私が《炎属性無効》でしょ? 後は……。
ゴンゾー……《炎耐性アップ(小)》、《防御アップ(大)》。
スイレン……《炎属性攻撃ダウン(中)》、《知力アップ(大)》。
スカイ……《敏捷アップ(小)》
『サイのバフめちゃ強じゃねーか』
『スイレンも使ってるのは雷だから実質デメリットゼロで知力アップは超強い』
『ペガサスはまあぼちぼち?』
『あったら嬉しい効果なんだけど、他が強すぎて霞むな』
『ティアラちゃんはどうなった?』
ティアラ……《炎耐性ダウン(大)》《幸運ダウン(大)》
ルビィ……《防御ダウン(小)》《敏捷ダウン(小)》《炎耐性ダウン(小)》《炎属性攻撃ダウン(小)》
「…………ぐすん」
「ティアラちゃん、なんかごめん!! 本当にごめん!!」
『噴いたわ』
『ティアラちゃん達にだけ幸運の揺り戻し集中しすぎでしょwww』
『クレハちゃんの幸運もティアラちゃんの不幸属性には勝てなかった模様』
『首飾りの時には勝ってるから一勝一敗だな!』
『一体何の勝負をしてるんだwww』
使いたくて使ったわけじゃないとはいえ、私のスキルのせいで思いっきりデバフを喰らいまくったティアラちゃんに、視聴者のみんなは大爆笑。
こらそこ、可哀そうすぎて可愛いじゃない!! 気持ちは分からないでもないけど本人の前で言っちゃダメでしょ!!
『で、これ敵にもつくならフレアドラゴンはどうなった?』
『クレハちゃんのことだからどうせえげつないデバフついてるでしょ』
『幸運の女神だもんな、みんな知ってる』
『しってた(予見)』
「あんまり期待かけないでよ、怖くなるじゃん!」
とはいえ、私も幸運だけが取り柄なのは自覚してるし、まあそれなりに良い効果がついてるだろうと思いながら、視界に浮かぶドラゴンの体力バーを注視し、詳細を表示。すると……。
フレアドラゴン……《知力アップ(極大)》《筋力ダウン(大)》《炎属性攻撃アップ(極大)》
「ぶーーーーっ!?」
『ワロタ』
『敵のブレスを超絶強化してしまったクレハちゃん』
『バカな、このドラゴン、クレハちゃんの幸運を跳ねのけただと!?』
『予見外れたなw』
『物理攻撃の威力めっちゃ下がってるけどそれを補って余りある』
『これ終わったのでは??』
思わぬ展開に、コメント欄は更に爆笑と悲嘆の渦に飲み込まれ、私は思わず頭を抱える。
心なしか、ドラゴンの放つ雰囲気? みたいなのもこう、赤いオーラみたいなのがゆらゆら揺れてすごく怖い感じになってるし。
やばいよ、私一人が助かった代わりに、大ピンチを招いちゃった……!?
「いんや、これは“大当たり”だよ、流石はクレハ!」
「え、どういうこと?」
「説明は後! それぞれのバフデバフが切れる前に私が一気に倒すから……ティアラ、落ち込んでないで支援お願い! そっちには影響ゼロでしょ!」
「あ、はい! 《激励》!!」
落ち込んでいたティアラちゃんが復帰し、スイレンにバフをかけ直す。
それを受けて「よし」と一つ頷いたスイレンは、素早くスカイの上に跨った。
「それじゃあ、さっきまでと同じように、フレアドラゴンの攻撃は全部クレハが引きうけてね!」
「えっ!?」
「スカイ、《飛翔》! 《エクストラヒール》!!」
さらりととんでもないことを口走りながら、スイレンは大空へと飛び立つ。
置き土産としてうちのゴンゾーを回復してくれたけど、いくらゴンゾーでも私のスキルで超強化されたドラゴンのブレスは防げないよ!?
「ゴアァァァァァ!!」
「ひえっ、来た!?」
宝箱が壊れても、宝物を持っている相手を優先して狙うのは変わらないのか。杖を持つ私目掛け、ドラゴンは超強化されたブレスを放つ。
終わった……と思いながら、その炎が私を焼き尽くすのを見届けた私だったけど。
強化されたはずのブレスは、私に何の効果ももたらさなかった。あれ?
『ああ、そうか、クレハちゃんは炎属性無効ついてるから、今は一切ブレス効かないのか』
『しかもお宝持ってるからドラゴンの攻撃は今全部クレハちゃんが吸う』
『それだけじゃないぞ、このドラゴン、追い込まれてブレス系の攻撃パターン増えてるし、そもそもこのゲームのモンスターAIは、デバフ喰らうとそれに関する攻撃の頻度下げて来る傾向があるから、物理攻撃はほぼ来ないと見ていい』
『まさか、そこまで計算に入れてフレアドラゴンにあの極端なバフとデバフを入れたのか……!?』
『クレハちゃん、天才じゃったか』
「クレハちゃん、すごい……!!」
「違うからね!? 思いっきり偶然だからね!?」
視聴者のみんなと、更にはティアラちゃんにまで尊敬の眼差しを向けられて、私はいたたまれない思いでいっぱいになる。
私、別に何も狙ってないよ!! そもそもこの杖を手に取ったのも、ただなんとなく近くにあったからだし!! スキルも何の効果があるのか見ることもなく勝手に発動したし!! そもそも、バフやデバフで攻撃パターンが変化するなんてシステムがあること自体知らなかったし!!
なんて言ってる間にも、ドラゴンからは次々と炎のブレスが叩き付けられ、私の視界が真っ赤に染まる。
効かないのは分かってるけど、やっぱり怖い!!
「さて、クレハにこんだけお膳立てされたんだから、私もやらなきゃね」
そうやって騒がしくブレスを引き受ける私を余所に、空中でスイレンが杖を構える。
隙だらけのドラゴンに向けて、ニヤリと楽しげな笑みを浮かべながら。
「《天雷》の本気、見せてあげる!! 《サンダーボルト》!!」
ドラゴンより更に上空から放たれた雷が、真紅の体へと叩きつけられる。
でも、それだけじゃ終わらない。
「《ライトニング》、《サンダーボルト》、《サンダーフォール》、《サンダーボルト》、《ライトニング》、《サンダーランス》、《サンダーボルト》!!」
次々と絶え間なく放たれる、雷魔法の雨霰。
発動するスキルそれぞれの発動にかかる時間、再使用までにかかる時間、それらすべてを頭に入れることで、魔力の続く限り一切の遅滞なく攻撃し続けるその姿は、まるで天の怒りを再現しているかのよう。
その激しい攻撃の嵐に焼かれながら、それでもドラゴンは私を狙い続ける。
効きもしないブレスを必死に放ち、宝を取り返さんと血眼になって私を襲う。
……そんなに大事なのかな、このお宝。
「ゴアァァァァァ!!」
そしてついに、ブレスでは埒が明かないと思ったのか。
スイレンの攻撃を振り切り、ドラゴンが私の方へ体ごと突っ込んでくる。
もはや瀕死の状態で、最後の攻撃とばかりに体当たりを仕掛けるドラゴンに対し、立ちはだかったのは私のゴンゾーだった。
「ブルォォォォォ!!」
突っ込んでくるドラゴンに対し、ゴンゾーが選んだのもまた真っ向勝負。《突進》スキルで、正面から挑みかかる。
戦闘開始してすぐに行い、一度は負けた対決。
そのリベンジとばかりに戦意を滾らせるゴンゾーは、恐れることなくドラゴンに立ち向かい、全力で激突。
重々しい音を響かせてぶつかり合った末──
「ゴアァァァ!?」
ついに、競り勝った。
偶然ついた筋力ダウンとゴンゾーの防御アップが効いたのか、弾き返されたドラゴンはひっくり返り、地面に倒れ伏す。
「や、やった!?」
「いや、まだだよ。でももう一押しだし、早くトドメを……って、クレハ?」
喜ぶティアラちゃんに、スイレンは油断なくそう窘める。
けど、私はそのトドメが入る前に、ドラゴンの下に走って行った。
慌てるスイレン達や視聴者のみんなを余所に、私はドラゴンへ手に持った杖を差し出す。
「はいこれ、返すよ」
「グオォ……」
心なしか、ドラゴンが戸惑うような鳴き声を上げた……気がした。
相手はゲームの中のモンスターで、別に自我があるとかそういうわけでもない。
でも、たとえそういう風に設計されたシステムだったとしても、あんなに必死になって取り戻そうとするくらい大切な宝物なら……無理矢理奪うのも可哀想かなって、そう思っちゃった。
「急に襲ってごめんね? このまま帰るから、出来れば見逃してくれると嬉しいなー……なんて……」
同じく、ゲームだからそんなこと無理だと分かりながら、ついそんなことを聞いてしまう。
ほとんどダメ元で声をかけたから、いきなり攻撃されるのが当然だと、そう思ってたんだけど……。
「グルル……」
「……あれ?」
なぜかいつまで経っても攻撃されず、何ならドラゴンは私の前に平伏し始めた。
えっ、なにこれ、どういう状況?
「えーっと……テイムしてくれって、そういう意思表示じゃないかな?」
「えっ、そんなことあるの!?」
「野良のノンアクティブモンスターに餌とかあげると、偶に懐かれてスキル使う前からテイムの受け入れ態勢に入られることはあるよ。……ボスモンスターで見るのは初めてだけど」
流石はクレハ、とまたも良く分からない褒め方をされて、いまいち反応に困る。
けどまあ、このドラゴン自身がテイムして欲しいっていうなら……断る理由はないよね?
「それじゃあ、行くよ。……《テイム》!」
『フレアドラゴンのテイムに成功しました。名前をつけてください』
こうして私達は、業火の坩堝エリアの攻略に成功し……同時に、強力なボスモンスターのテイムにも成功するのだった。
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