第39話 安全地帯とゲームの醍醐味

「ふいー、どうにかなったけど……ここからどうしようね」


 無事モンスターハウスから脱出した私達は、そのまま近くにあった安全地帯に駆け込んだものの……ぶっちゃけ、そこで立ち往生していた。


 モンスターハウスのモンスター達は、ある程度距離を置いた時点で追ってこなくなったんだけど……ここに逃げ込むまでにアイテムをほぼ消費しつくしちゃったし、ここから一歩外に出れば私達をマークしたモンスターがバッチリ見張ってるんだよね。


 これ、迷惑行為トレインってことになっちゃう? そうだと困るんだけど。


『一応最初からそこにいたモンスターだし、いいんじゃね?』

『どうせ他のプレイヤーもいないしな』


「ならいいけど」


 もしそうなら、死に戻り覚悟で戦わなきゃダメかと思ったよ。


 ここに来るまで一体だけで戦い通しだったから、ピーたんはもう満身創痍なんだよね。まあ、ここは安全地帯だから、待機状態の他の子とチェンジすることも出来るんだけど。


「ごめんなさい、私のせいで……」


「ティアラちゃんのせいじゃないよ、気にしないで」


 そんな中で、ティアラちゃんはさっきからずっと落ち込んでいた。

 どうやら、自分が罠を踏んだせいでピンチになっていると思ってるみたいだけど……あの状況じゃ仕方ないと思う。


 でも、ティアラちゃん自身は納得いかないらしい。


「今日こそはがんばろうって思ってたのに……結局迷惑かけちゃった……ぐすっ、ごめんね、クレハちゃん……せっかくここまでがんばったのに……」


 ズズーン、と沈んだ空気を身に纏い、みるみる落ち込んでいくティアラちゃん。


 確かに、ここでもし死に戻ることになれば、デスペナルティでせっかく集めたアイテムをロストしちゃう。そうなれば、また一から集め直しだ。


 そうなったら大変だし、苦労もするだろうけど……でも。


「もしそうなったら、またティアラちゃんとリベンジに来れるんだよね? それ、すっごく楽しいと思うな」


「え……?」


 私の言葉が予想外だったのか、ティアラちゃんがぽかんと口を開ける。


 そんなにおかしなこと言ったつもりはないんだけどなぁ。


「死に戻ったらアイテムをロストして、ここ数時間の成果が無くなっちゃうのは確かだよ? でもさ、それだけの時間、ティアラちゃんやスイレンと一緒に遊んだ思い出や経験は、無駄なんかじゃないと思う」


 言ったらなんだけど、今やってるのは所詮ゲームだ。ここで得た成果物なんて、現実には何の影響ももたらさない。


 でも、だから無駄なんて思わないし……むしろ、だからこそ良いと思ってる。


「失敗したら、何度だってやり直せばいいんだよ。だってゲームだもん、それが許されるのがこの世界だよ? そうやって何度も挑んで失敗して、一緒に目的に近付いていく時間を楽しむのが、ゲームの醍醐味ってものじゃないかな?」


 ほら、と、しゃがみこんだティアラちゃんに手を差し伸べる。


 おずおずとその手を握ったティアラちゃんを引っ張り上げた私は、そのまま顔を近付けてにこりと笑う。


「それに、まだ今回の挑戦も終わってないよ? 私もティアラちゃんも生きてるし、スイレンだって今急いでここに向かって来てる。みんなボロボロで満身創痍だけど、残る敵はボスだけなんだから、それさえ倒しちゃえば結果オーライ! 大勝利ってね」


「……出来る、かな……? こんなギリギリで……」


「大丈夫大丈夫、ダメでも本当に死ぬわけじゃないんだから、全身全霊で当たって砕けよう! きっとその方が楽しいよ。それにほら、今の位置、結構ボス部屋に近い感じするしね」


 マップを広げ、ティアラちゃんにも見えるようにする。


 まだ全部のエリアを埋められたわけじゃないから全容はハッキリしないけど、スタート地点とマップサイズから考えると、今いる場所はボス部屋の間近なんじゃないかな?


「ティアラちゃんが踏んだ罠も、全部が全部マイナスじゃない。みんなの力でボスをぶっとばして、あの時踏んでラッキーだったって言えたらすっごくカッコいいと思わない?」


「う、うん。そうかも……」


「でしょでしょ? ゲームはかっこつけてナンボだよ、やってやろう!」


 えい、えい、おー! と、ティアラちゃんの手を握ったまま腕を振り上げる。


 突然過ぎてついてこれていない様子のティアラちゃんに、少し強引過ぎたかな? と反省していると……ちょっとだけ、私の手をティアラちゃんが握り返してくれた。


「ありがとう、クレハちゃん。えへへ……やっぱり、クレハちゃんはすごいね。さすが幸運の女神だよ」


「そ、それティアラちゃんも言うの? なんか恥ずかしいんだけど」


「ゲームはかっこつけてナンボ、なんでしょ? せっかくの二つ名なんだから、胸を張って名乗らなきゃ」


「むむむっ」


 ティアラちゃんからの予想外の返しに、私は思わず唸り声を漏らす。


 確かに、二つ名なんて普通はかっこいいものだよね。私の場合、幸運なんて曖昧なものだから、かっこいいと言えるか微妙だけど。


 果たして胸を張るべきか否か、悶々と悩みながら視線を彷徨わせていると……ぽふ、と、ティアラちゃんが抱き着いて来た。


「本当に、何度も何度も、ありがとうクレハちゃん。大好き、だよ……」


 潤んだ瞳で、どことなく赤らんだ表情で告げるティアラちゃんの言葉に、同性の私ですら思わずドキリとさせられる。


 何この子、めっちゃくちゃ可愛い。スイレンじゃないけど、お持ち帰りしちゃダメかな?


『ティアラちゃん、今現在もこの様子がネットで配信されてるってこと忘れてね?』

『ドジ可愛い』

『いやもうてえてえ』

『尊死するわこんなん』


 視聴者のみんなも気持ちは同じようで、口々にティアラちゃんの可愛さを(?)褒めたたえる。


 そうやって、しばしティアラちゃんと抱き合っていると……不意に、安全地帯の入り口に激しい雷光が迸った。


「ごめん、遅くなった!! 二人とも大丈、夫……」


「あ、スイレン、来てくれたんだ!」


 そこにいたのは、スカイに跨がり全速で駆けつけてくれたであろうスイレンだった。


 ここまで無傷だったスイレンが、体力も魔力もすり減らしてここにいるという事実に、よっぽど急いでくれたんだろうなと嬉しくなりつつ……なぜ入ってきて早々固まってしまったのだろうと、私は首を傾げる。


「どうしたのスイレン?」


「いやー……なんかお邪魔だったかなと?」


「???」


「ふえっ、い、いえ、別にお邪魔というわけじゃ……!!」


 意味がわからない私と違い、ティアラちゃんは顔を真っ赤にしてそれを否定する。


 そんなティアラちゃんを「眼福眼福」とスイレンがスクショしたりと、なんだか場が混沌とし始めたところで……ひとまず、パンッと手を叩いた。


「さてまあ、こうして無事に合流出来たわけだし……みんなで最後のボス戦、行っちゃいますか!」


「お、おー!」


「おー!」


 アイテムはほぼなし、全員ボロボロ、相手はボス。

 結構ヤバめの状況だけど……それでも私達は笑顔のまま、安全地帯の外へと足を踏み出すのだった。

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