第7話 朝の日常と思わぬ飛び火
「むにゃ……」
チュンチュンと囀ずる鳥の鳴き声と、窓から差し込む暖かな日差し。加えて、私の体を包み込む柔らかくて温かな感触。
それらを意識の片隅に感じながらぼんやりと瞼を持ち上げた私は、本来私の部屋にいるはずのない人物の顔を目の前に見留め、溜息を溢す。
「お姉ちゃん、朝だよ、起きて。……いつも言うけど、なんで私のベッドで寝てるのさ」
「んえ~、後十分……後十分だけ紅葉を抱きながらこの微睡みに身を委ねさせてちょうだい……」
駄々っ子のように嘆きながら、より一層強く私の体を抱き締めるこの人の名前は、
私と違ってグラマラスなダイナマイトボディは異性の視線を惹き付けて止まず、細く引き締まった手足や腰回りが生み出す豊かな曲線美は同性からも憧憬の眼差しを送られるほど。
それでいて、高校時代に作り上げたスマホ用アプリが切っ掛けで今の会社から直接スカウトが来るほどの頭脳を持ち、スポーツまで万能と……ちんちくりんでドジな私とは何もかも正反対な、まさに完璧超人。
そんなお姉ちゃんだけど、家にいる時は結構だらしなくて、いつもこうして私に甘えてくる。
六つも歳が離れているとは思えない、子供らしい姿。
私にだけ見せる無防備な顔にくすりと笑みを溢しながら、私はその頬を軽くつねった。
「だーめ、休みの日だからってだらけてると、牛になっちゃうよ。この前も少し太ったかもー、なんて体重計に乗って嘆いてたでしょ、お姉ちゃん」
「うえっ!? な、なんで知ってるのかしら!?」
「そりゃあだって、お姉ちゃんの体のことだもん。誰より知ってるよ」
日々の食事を作ってるのは誰だと思ってるのかねチミィ、などとベッドの中でドヤッてみれば、お見それしましたと頭を下げるお姉ちゃん。
なお、変わらず私の体は抱き締めたままだ。そろそろ離して欲しい。
「だからほら、早く起きて一緒に朝ごはん食べよ? 昨日の残りだけどね」
「紅葉が用意してくれたものなら、たとえシュールストレミングでもごちそうよ」
「いやあの、お姉ちゃん? 不味かったらちゃんと言ってね?」
例えが例えだから思わずそう念を押すと、「そ、そういう意味じゃなくて~!」と大慌てで否定し始めるお姉ちゃん。
半泣きで必死に弁解する姿にくすりと笑みを溢しつつ、私は大丈夫だよと頭を撫でた。
「ちゃんと分かってるから大丈夫。それじゃあ、行こう?」
お姉ちゃんを促し、ようやくベッドから降りた私達は寝間着から着替え、リビングへ。
冷蔵庫から取り出したおかずを温め直して、二人向かい合って手を合わせる。いただきます、と。
「それで、お姉ちゃんは今日どうするの? 家でゆっくりする?」
「いやぁ、それがねえ、ちょっとお仕事しなきゃいけないことがあって……」
「ええっ、休みなのに!?」
「うん。まあ遊びみたいなものなんだけどね」
「遊び……?」
詳しく話を聞いてみると、お姉ちゃんはとあるゲームのデバッグ作業を頼まれているらしい。
要するに、「こんなバグがあるみたいだから本当にバグなのか調べて、バグだったら修正して」という作業だ。
「テイマーズバトルオンライン、だったかな? 最近話題のゲームでね、規模が急に大きくなったもんだから、ユーザーからのバグ報告も多くて……テスターの数も足りてないから、若い私にちょっと調べてきて、ってお鉢が回ってきたわけなの」
「へー……ってことは、お姉ちゃんもTBOやるんだ」
あの上司は本当に全く人をなんだと、と愚痴を溢し始めたお姉ちゃんに、私はポツリとそう答える。
まあ、あくまでお仕事の一環だし、配信者の私といつも一緒に、ってわけにもいかないだろうけど、もしかしたら時間がある時にでも一緒に遊べるかもしれない。
そんな私の呟きに、お姉ちゃんはハイライトが消えかけていた目をクワッ! と見開いた。ひえっ。
「お姉ちゃん“も”ってことは、紅葉もやってるのこのゲーム!?」
「う、うん。少し前に言ってた、懸賞で当てたゲームだよ」
「おおぉーー!! ってことは、仕事しながらも合法的に紅葉と過ごせるってことよね!? 最高じゃないの!!」
「どうどう、お姉ちゃん落ち着いて」
お姉ちゃんのテンションが上限振り切っておかしなことになっちゃってるよ。本当に大変なんだね、お仕事って。
「それで、もしかして紅葉はこの後もそのゲームするのかしら?」
「うん、そのつもりだよ。お姉ちゃんも?」
「ええ。すぐにってわけじゃなくて、色々と情報を整理してからになるけど……その時は、一緒にやってくれる?」
「うん、いいよ!」
お姉ちゃんと一緒にゲームだ!
渚はまだ強すぎて一緒にやるのも難しいけど、お姉ちゃんはこれから始めるんだし、きっと肩を並べて戦えるよね。楽しみだなぁ。
「良かったぁ、検証しなきゃならない項目に、『レベル1でレベル15のモンスターをテイム出来るのか』なんてのがあってね、私の運じゃ難しそうだなぁって思ってたところなの」
「……んん??」
あれ、なんか聞き覚えのある数字が出てきたなぁ。
私以外にも似たようなことに挑戦した人がいたのかな?
「昨日からゲームを始めた初心者さんが、とんでもない低確率を乗り越えてすっごく都合の良いようにトントン拍子で進んでる動画があってね、チートじゃないかって通報がいくつもあったの。それで、実際にそのプレイヤーを見て、おかしな挙動がないか確かめる必要があるのよ。とはいえ、件のプレイヤーが都合良くインしてるとは限らないから、テイム実験はその時の代替案ね」
「へ、へー……」
昨日始めたばかりのプレイヤーで、プレイ状況を映した動画があって、圧倒的格上をテイムして、都合よくクエストを達成して。
すごく……すごーく、既視感があるよ?
「でも、紅葉ならとっても運が良いし、確かめるのも簡単に行きそう。期待してるわね、紅葉」
「お姉ちゃんごめんなさい」
「へ?」
もはや誤魔化しようもないと思って、私は思い切り頭を下げ、事情を説明する。
いやまさか、私が何気なくやったプレイのせいでお姉ちゃんに迷惑がかかるなんて思わなかったよ……。
「あの動画、紅葉だったの!? 確かに、とんでもなく可愛い天使みたいな子だなぁとは思ってたけど……」
「天使じゃないけど、多分間違いないかなって。だからその、ごめんね?」
「あら、謝る必要なんてないわよ。紅葉はただ自分なりにゲームで遊んでただけでしょう? 何も悪いことなんてしてないわ。むしろ、チートじゃないってこれでハッキリしたし、おかげで私の仕事も減って、一緒に遊べそうだしね?」
ふふ、と笑いながらウインクを飛ばすお姉ちゃんに、私も「それもそうだね」と笑顔を返す。
けれどそこで、「ああ、でも」とお姉ちゃんは少しだけ表情を陰らせた。
「配信は別に良いんだけど、もしかしてお小遣い足りなかった? もしそうならちゃんと言ってね? お金なら大丈夫だから」
「いや、そういうわけじゃないから大丈夫! ほら、渚がやってたから、私もやってみたくなっただけで!」
本当はお姉ちゃんのために始めたことだけど、それを今言うと気にしちゃうかもしれないし。ある程度軌道に乗るまでは内緒にしなきゃ。
「それよりほら、早くご飯食べてゲームしよ! 時間なくなっちゃうよ!」
「うーん、それもそうね。分かったわ」
必死に誤魔化す私を訝しみながらも、素直に引き下がってくれたお姉ちゃん。
そのことにまた申し訳なさを覚えながらも、私はひとまず、目の前のご飯を口の中にかき込むのだった。
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