第5話 食いしん坊と秘境のクエスト
「モッフルー! ごーごー!」
「フワラ~!」
新しくテイムしたキングケマリン……モッフルと名付けたその子の背に乗り、私は
巨大な毛玉の上っていう不安定な場所で、最初はすぐに振り落とされちゃうのかと思ったけど……そこは流石騎乗タイプのモンスターと言うべきか、意外なほどに足場がしっかりしてるし、乗りながら辺りを見渡す余裕すらある。
「ぴょんぴょん跳ねて楽しいね~、戦闘タイプじゃなくてどうしようかと思ったけど、これは良い子を拾ったよ」
キングケマリンの持っていたスキルの一つ、《跳躍》は、こうして跳ねながら素早く移動するスキルだ。
上下の動きが激しくて移動しながらの攻撃は難しいけど、代わりに他のモンスターからの攻撃はほとんど当たらない。
加えて、《突進》と《踏みつける》は攻撃用スキルみたいで、さっきからポツポツと現れ始めたゴブリンらしきモンスターをどんどん倒して行ってくれてる。
私、何の指示も出してないんだけど……自分でモンスターを見付けて勝手に倒してくれるなんて、モッフルはいい子だねー。
「でも、このままだとレベルが全然上がらないよね。いや、私は元々上げようがないんだけど、たぬ吉のレベル上げしなきゃ」
モッフルはレベル15だけど、たぬ吉は今レベル2。元々戦闘向けのモンスターじゃないとはいえ、育ててあげれば新しいスキルを覚えたりもするだろうし、どうにかしてあげたい。
「でも、モッフルが強すぎてたぬ吉が協力する余地がどこにもないよね」
「フワフワ~!」
ぴょーん、と跳ねあがったモッフルが、出現したばかりのゴブリンを思い切り踏みつけ、一撃でただのポリゴン片へと変えてしまう。
ゴブリンのレベルは3~5くらい。レベル1のケマリンとも互角だったたぬ吉がここに割り込んでも、邪魔にしかならない。
「ポン、ポン!」
「たぬ吉?」
そんな私の考えを甘いと諭すかのように、たぬ吉が唐突に立ち上がる。
どうしたのかと思ったら、私の指示を待たずに《索敵》を発動。周囲のモンスター達の位置を炙り出した。
「フワ~!」
同時に、見つけたモンスターのところまで勢いよく《突進》するモッフル。
モッフルの巨体が隠れていたゴブリンを撥ね飛ばし、再びただのポリゴン片へと変えた。
『たぬ吉は経験値50を取得しました』
『たぬ吉のレベルが3になりました』
「おおっ、レベルが上がった!? なるほど、たぬ吉が発見したモンスターをモッフルが倒すと、たぬ吉も参加した扱いになるんだね。すごいよたぬ吉!」
「ポン!」
褒めてあげると、たぬ吉は得意気にどやっ、と胸を張ってみせる。可愛い。
これなら、たぬ吉が無理に戦わなくてもレベル上げが出来るし、ドヤ顔になるのも無理はないよね。
というわけで、ご褒美とばかりに撫でまわしてあげると、嬉しそうにコロンと転がってお腹を見せて来た。もっと撫でて欲しいらしい。
うーん、愛いやつめ。うりうりー。
「フワ~」
「おっとと、どうしたのモッフル?」
たぬ吉が見つけたゴブリンを一通り倒し終えたモッフルは、突然方向転換して近くの採取ポイントへ向かって跳ねていった。
到着するや、草むらに口を突っ込んではむはむと何やら食べ始めるモッフル。
……戦い過ぎてお腹空いたのかな?
「お疲れ様、モッフル。ゆっくり休んでね」
「フワラ~」
もしゃもしゃと草を食べ続けるモッフルの背中から降り、せっかくだからとそのまま休憩することにした私は、初期アイテムの《モンスターの餌》を取り出してたぬ吉にも食べさせてあげる。
このアイテム、モンスターの空腹度を回復させる効果があるみたいで、モッフルが食べてる道草よりもずっと回復効果は大きいんだよね。
だから、モッフルも食べたらどうかと思ったんだけど……どうやらモッフルはこの餌がお気に召さないみたいで、そのまま草を食べ続けてる。
まあ、モンスターでも好みはそれぞれだよね。
こんな細かいところにも違いがあるなんて……いやあ、よく出来たゲームだなぁ。
「さて、たぬ吉達が食べてる間、私は……採取でもしておくかな」
モンスターと違い、プレイヤーには特に空腹度みたいなパラメータはない。
一応、このゲームにも料理はあって、スキルで色々作れるとは渚も言ってたんだけどね。
食べなくても問題はない上、特に作ったら経験値が稼げるわけでもないから完全な趣味スキルらしい。
だから、この子達が食事に勤しんでる間、調合も出来ない私は完全に暇になる。
薬草なんて集めても、これ単体だとただの素材アイテムだから何にもならないんだけど……無いよりはいいでしょ、多分。
「よし、こんなとこかな。……って、あれ? モッフル、たぬ吉はどこ行ったの?」
「フワフワ?」
一通り採取を終えて顔を上げた私は、いつの間にかたぬ吉がいなくなっていることに気付いて首を傾げる。
試しにメニューを開いてみたら、たぬ吉の欄に“探索中”って項目がついていた。
「探索って確か、テイムしたモンスターを特定のエリアに派遣して、一定時間後にアイテムを持って帰って来る機能、だっけ? 経験値も少し稼げるとは聞いたけど……これって、指示しなくても勝手に行ってくれるんだねえ」
たぶん、餌を食べ終わっても私が呑気に採取してたから、暇を持て余してたんだろう。
こういうゲームって普通、プレイヤーが指示しないと行かないものだと思ってたけど……そうでもないのかな?
「えーっと、探索場所は《駆け出しの平原》で、帰って来るのは……5分後か。じゃあ、適当に採取なり戦闘してればすぐだね」
たぬ吉のスキル《もの拾い》は、探索によって得られるアイテムの数と品質が向上する効果がある。つまりあの子は、本来こうして頻繁に探索に向かわせるのが正しい仕事のはず。
正直すっかり探索機能の存在を忘れてたから、たぬ吉自身が向かってくれて助かったよ。
「モッフル、私達はたぬ吉が戻って来るまでどうしてよっか」
「フワ、フワラ~!」
「ん? 乗れって?」
何やら体勢を低くして、私を乗せたがっている様子のモッフル。
とりあえず促されるままに乗ってみると、ぐぐぐ、っとモッフルが力を溜め始めた。
「あれ? これってスキル発動の兆候? もしかして、《大跳躍》!?」
モッフルの持つ特殊スキル、《大跳躍》。その効果は、現在地と隣接する他のエリアに強制転移するというもの。
逃げる時にこの上ない力を発揮しそうだけど、
どうして突然そんなスキルを!? と思いながらも、今更キャンセルなんて出来るはずなく。
モッフルの体は、私を乗せたまま思い切り跳び上がった。
「わひゃあ!?」
さっきまでの《跳躍》とは比べ物にならない風を体に感じながら急上昇、そして、すぐに急降下へと入っていく。
「ひゃああああ!?」
落下の勢いで胆が冷える感覚を味わいながら、ドスンッ!! と勢いよく着地。私の体はぽいっと地面に投げだされてしまう。
「あうぅ、急にどうしたのモッフル~……」
あいたたた、と痛むお尻を払いながら顔を上げると、そこはなんと地面の中だった。
遥か上空の竪穴から降り注ぐ太陽の光に、どうやって戻ればいいのこれ……と若干遠い目をしていると、モッフルはそんな状況でも構わず、地面に生えたキノコをもしゃもしゃと食べている。
……ああうん、平原の草を食べ終わったけど満足出来なかったから、他の場所に来たのね。食いしん坊だなぁ、モッフルは。
「でもここ、どこだろう? マップを見れば帰る場所は分かるかな?」
ワールドマップを開き、現在地を確認。
えーっと、《小さな秘境》? なんか意味深な名前だなぁ。見たところ、狭くてモンスターもいない、本当にちょっとしたエリアみたいだけど。
「採取ポイントはあるみたいだし、完全に無意味な場所ってこともなさそうだけど……」
モッフルが食べているキノコを採取してみると、名前は《魔茸》。薬草が体力回復薬の素材になるのと同様に、魔力回復薬の材料になる素材アイテムらしい。
へー、と思いながら、一応拾い集めていく。
そうしてぐるりと狭いエリア内を巡っていくと、奥にNPCのお爺さんが座り込んでいることに気が付いた。
「あれ、お爺さん、どうしたの?」
「おや、お前さんはテイマーか? いやな、儂はキノコ爺さんと言ってな、珍しいキノコが大好きなんじゃ」
「は、はあ」
自らをキノコ爺さんと名乗り……実際、名前もキノコ爺さんと表示されるおかしなお爺ちゃんから話を聞いてみると、何やらこの辺りでとんでもなく珍しい伝説のキノコが採れるらしく、それを探している最中なんだって。
「そんな時、平原にぽっかりと空いたこの穴に落ちてしまってな。怪我で動けなくなってしもうた」
「えぇ!? 大変じゃん!」
「うむ、大変なのじゃ。まあ、この程度の怪我はすぐ治るからいいのじゃが……肝心のキノコが全く見つからないのじゃ。嬢ちゃん、もしどこかで伝説のキノコを見かけたら、儂に教えてくれんか? 礼は弾むぞ」
クエスト:キノコ爺さんの探し物
内容:マンドラゴラ1個の納品
「……マンドラゴラってキノコだっけ?」
いや、私も大して詳しくないから、いまいち覚えてないんだけどさ。
けどどうしよう、まさかこんな形でクエストが発生するなんて。マンドラゴラなんて持ってないよ。
「くれぐれも、よろしく頼むぞ」
「いや、よろしく頼まれてもなぁ……どこにあるのかも知らないよ」
さて困った、どうしよう。
一応お爺ちゃんにどこにあるのか聞いてみるも、全然分からないとのこと。
もしかしたら、人の行ける場所には生えていないのかもしれないって……そんなのどうやって採取すればいいのさ。
「ポンポン!」
「ん? あ、たぬ吉! 戻って来たんだ」
困り果てていたところへ、ちょうど探索から帰ったらしいたぬ吉が近づいて来る。
お疲れ様、と撫でてあげると、たぬ吉は誇らしげに手にした戦利品を私に手渡して来た。
たぬ吉の探索の成果
・薬草×5
・魔茸×5
・マンドラゴラ×1
「……ん?」
最後、しれっとすごいタイムリーなものが入ってた気がするんだけど。
一応何度も確認してみるけど、やっぱり立派なマンドラゴラだ。
キノコというより、人面大根みたいな見た目してるんだけど……これでいいんだろうか?
「お爺ちゃん、マンドラゴラってこれでいい?」
「おおっ、見つけてくれたのか! ありがとう、これで儂の研究が捗る!! ほれ、これは約束のお礼じゃ」
『クエスト、キノコ爺さんの依頼を達成しました』
『10000Gを入手しました』
『ラーニングスカーフを入手しました』
「それではお嬢ちゃん、達者での!」
その言葉を最後に、竪穴の奥に続く一本道へと駆け出していくお爺ちゃん。
出口、あっちでいいんだなー、なんて思いながら、私はポツリと呟く。
「これ、一応私の初クエストってことになるんだよね? ……これでいいの?」
私、何もしてない気がする……と少しばかり自分の存在意義について悩みながら。
今日のゲームを終了し、私は一旦ログアウトすることにした。
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