第2話 初ログインとチュートリアル
「っと……わぁ……!」
光が収まると、私はだだっ広い平原の上に立っていた。
そよ風がなびいて頬を撫で、揺れ動く色とりどりの草花は目に優しく、心地よい音を響かせる。
どこまでも澄み渡る青空は、都会暮らしの私にとってはとんと縁のないもので……何なら、このまま座り込んで一日ピクニックと洒落込みたいくらいには綺麗な景色だ。
「おっと、いけないいけない、私は配信しに来たんだから」
まだチュートリアルもやってない段階で需要があるかは知らないけど、何事もまずはやってみないとね!
「こんにちはー! 私はクレハ、今日からTBOの配信やっていきたいと思いまーす! 初心者だけどよろしくねー!」
配信開始してすぐに、空に浮かぶ光の玉みたいなカメラに向けて元気良く挨拶。なお、返事はない。
……うん、始めてすぐに視聴者なんてつくわけないよね! 知ってた!
「うぅ、一人芝居してるみたいでなんか恥ずかしい……でもいいもん、まずは練習だと思って、視聴者がいなくても元気全開でやってやるもんね! 私は元気と運の良さだけが取り柄だって先生からも言われてるし!」
自分で言ってて悲しくなってきた。
学校の通知表、ずっと「元気の良さだけは天下一品」って書かれてたんだよね……とほほ。
「まあそんな些細なことは置いといて、最初はチュートリアルって聞いてたけど、どうやって受ければ……」
「よくぞ参った、テイマー見習いの少女よ!」
「うっひゃあ!?」
いきなり後ろから声がして、思わずひっくり返って腰を抜かしてしまう。
地面の上を転がりながら急いで後ろを振り向けば、そこにはいつの間にやら見知らぬおじさんが立っていた。
数秒視線を合わせると、頭上にはNPCを示す黄色のカーソルと、《チュートリアルおじさん》という名前が表示される。
……うん、分かりやすくていい名前だね!
「そ、そんなに怯えなくともよろしい。私はチュートリアルおじさん、初めてこの《テイマーズバトルフロンティア》へやって来たテイマー見習いへと、色々と役に立つ情報を教えているだけの存在じゃよ。……こら少女、あまり『変な名前してるなぁ』みたいな顔せんでくれんか? おじさん泣いちゃう」
「あ、ご、ごめんなさい!」
内心を見事に言い当てられ、私は立ち上がるなりペコペコと頭を下げる。
というか、反応が随分リアルだね。高度なAIを積んでるって話だったけど、ここまで来るともう違いが分からないや。実は中に人が入ってるんじゃないの?
「さて、それではまずテイマーの基本、モンスターのテイムから教えるとしよう! ここに三体のモンスターがおるでな、好きな一体を選んで近づき、《テイム》と唱えるのじゃ。それがスキル発動の
「はーい」
いつの間に現れたのか、おじさんの後ろには確かに三体のモンスターがいた。
右から順に狼、馬、狸となっていて、大きさがややファンタジーなことを除けばどの子も普通にリアルで見るのとさほど違いはなさそうに見える。
種族:バトルウルフ
タイプ:戦闘
レベル:1
体力:65/65
魔力:35/35
筋力:25
防御:20
敏捷:15
知力:5
器用:20
幸運:5
スキル:《噛み付く》
特殊スキル:《咆哮》
種族:ライドホース
タイプ:騎乗
レベル:1
体力:50/50
魔力:50/50
筋力:15
防御:15
敏捷:25
知力:10
器用:15
幸運:10
スキル:《加速》
特殊スキル:《逃亡》
種族:ロケートラクーン
タイプ:探索
レベル:1
体力:30/30
魔力:70/70
筋力:5
防御:5
敏捷:10
知力:30
器用:10
幸運:30
スキル:《もの拾い》
特殊スキル:《索敵》
「おー……明らかに戦闘向きじゃない狸ちゃんすら私より強い……」
いや、幸運にステータス全部振ったんだから当たり前だけど、改めて見ると中々の格差だよ。
元々そのつもりはなかったけど、本当に私は戦えそうにないね。それを踏まえて、果たして最初はどの子にするべきか。
「どの子にするかね? ちなみに、これらのモンスターは全てこの世界には普通に生息している。ただ、特殊スキルに関しては必ずしも全ての個体が習得しているわけではないし、同じスキルとも限らない。迷った時は、特殊スキルで選ぶといい」
「なるほどー」
おじさんのアドバイスに従い、ステータスのことは一旦忘れて特殊スキルのみを見比べてみる。
ふむふむ、《咆哮》は周囲にいる敵モンスターを一時的に
「私のステータスじゃ行動不能にしてもあんまり意味ないし、《逃亡》も不意打ちには弱いよね。《索敵》が一番いいかな?」
戦闘力皆無の私は、とにかく先に敵モンスターを見つけて優位な状況を作らなきゃ、すぐにやられちゃう。
アイテム探しは私が目指すフィールドワークの一つになるわけだし、モンスターをテイムするにもまずは見つけなきゃ話にならない。
「よしっ、最初の一体は君に決めた! 《テイム》!」
鳴き声一つ上げず大人しくしているロケートラクーンへと手を伸ばし、スキル発動のキーとなる単語を紡ぐ。
すると、ポワ、と掌が淡い光を放ち、それが収まると──
『ロケートラクーンのテイムに成功しました。名前をつけてください』
そんなメッセージによって、テイムの成功が伝えられた。
「よし、やった!」
テイムが上手くいったことにウキウキしながら、名前を考える。
うーん、ロケートラクーン……欠片ほども単語の意味はわからないけど、まあ狸なんだから……えーっと……。
「じゃあ、たぬ吉で!」
ポーン、と音が鳴り、たぬ吉は無事私のモンスターとして登録される。
すると、それまで借りてきた猫みたいに大人しかったたぬ吉が、甘えるように私の足元にすり寄って来た。
「ポンッ! ポンポン!」
「おお……か、かわいい……」
軽く撫でてあげたら、気持ち良さそうにごろんと転がってお腹を見せるたぬ吉。
うへへ……モンスターをたくさん集めるっていうのは単に私が弱いからってだけの理由だったけど、こんなに可愛いと他の子はどんな反応をしてくれるのか、純粋に興味が湧いてきちゃうな。
そうだ、他の子はテイム出来ないのかな、どうせならここで三体とも……と思いながら顔を上げたら、みんないつの間にかいなくなっていた。
いやいや、どういうこと? どこに行ったのあの子達?
「では最後に、君の素質に合わせた初期装備とスキルを支給しよう。これからの冒険に役立ててくれたまえ」
再びポーン、と音が鳴り、アイテムが送られてきた旨がメッセージによって伝えられる。
初期装備は、いくつかの薬草と魔力回復薬、《モンスターの餌》に、《初心者用調合セット》という生産用アイテム。
スキルには、《調合》と《応援》が追加された。
素質に合わせた初期装備って言ってたから、私のステータスは生産職向きだって判断されたのかな。
「町はそこの転移ポータルを踏めばすぐに行けるが、他に何か分からないことがあればいつでもここに戻ってくるといい。なんでも教えてあげよう」
「はーい! 何から何までありがとう、おじさん! またねー!」
別れの挨拶を済ませ、言われた通りにポータルを踏む。
途端、ゲームにログインした時と同じような光に包まれ、気づけば石造りの中世風な町並みのど真ん中に私は立っていた。
「えへへ、なんとも定番って感じの町だね。ここから私の冒険が始まるんだ。えーっと、まずはどうしようかな……」
ゲームの知識は渚から聞かされてそれなりにあるつもりだけど、いざこうして放り込まれてみると何からすればいいのか分からない。
と思っていたら、またもポーン、と音が鳴る。
お? と首を傾げつつメッセージを開けば、『チュートリアルクエストが発生しました』との一文が。
「おお、まだチュートリアル終わってなかったんだね! クエストを進めながら色々慣れてく感じなのかな」
親切なゲームで助かったー、などと思いながら内容を開けば、『メニュー画面を開こう』とか『ステータスを確認しよう』とか、そういう基本操作系のクエストが順番に発生していた。
ひとまず、それを一つずつこなしていくと、ついに本番とも言えるクエストが始まる。
『アイテムを調合しよう』
「おお、調合! 確かこれで経験値が入るんだっけ」
普通はモンスターを倒して経験値を稼ぐものだと思うけど、このゲームは戦闘が苦手な人のためか、生産活動でも経験値が入るようになっているらしい。
早速やってみようと、《初心者用調合セット》と《薬草》を取り出し、レシピにあった《体力回復薬》を作ろうとするんだけど……。
「あれ、調合出来ない? なんで?」
ガイドに従って選択したのに、決定ボタンが灰色に染まったままタップ出来ない。
どうしてかと思ったら、どうも調合するには魔力が足りないみたい。さっきの《テイム》で魔力を10消費してゼロになったから、それで出来ないのかな?
そう思って、《魔力回復薬》で全回復させてからもう一度挑むも……結果は同じ。魔力が足りません。
「ええ? どういうこと?」
一体どういうことかと、今度は《調合》スキルの説明文を読んでみると、出来ない原因がばっちり書いてあった。
スキル:調合
効果:調合セットを用いて素材アイテムを調合し、新たなアイテムを生み出すことが出来る。魔力消費20。
「根本的に魔力が足りてないじゃん!!」
テイムするには足りてても、調合するには魔力が不足していたみたい。それじゃあ出来るわけないよね。
「じゃあ、私が調合するにはまず、モンスターを倒してレベルを上げなきゃならないわけかー」
この展開は正直なところ予想外。でもまぁ、せっかくのゲームだしね。こんなトラブルも楽しまなきゃ損だ。
「よしっ、それじゃあたぬ吉、モンスターを狩りに、町の外へ向かうよ! えい、えい、おーっ!」
「ポン!」
私が思い切り拳を空に突き上げると、それに付き合うようにたぬ吉がぴょんと跳び上がる。
たぬ吉は探索タイプのモンスターで、私のステータスも戦闘面では貧弱極まりない。正直結構不安だけど……まあ、きっとなんとかなるでしょ。ゲームなんだし!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます