第14話 それは奇跡のような夢

(イアン視点)


君と馬車の旅…悲しい思い出が、楽しい思い出に変わっていく。


君と星を見た。

君と夜明けまで語り合った。

手を触れ合わせ、抱きしめるだけ。

それだけでも、心は満たされた。


目を開けるとそこに君がいて、おはよう、と掠れた声で言い合って…。


パンが堅くなってるだとか、腰が痛くなっただとか、不平を言いながら笑って…。



君が笑ってる。

僕を見つめながら、名前を呼んでくれる。


手を繋ぎながら街を歩いて、知り合いの前ではサッと手を離したりして…



幸せだった。

間違いなく僕は…たしかに幸せだったんだ。




「あなたとおじいちゃんが好きだった、カブのシチューを作るわ!」


そう言ってはりきる君の隣に並んだ。


「手伝うよ」


カブを手に取り、皮を剥いていく。


「…上手くなったね、イアン」


「エマが倒れてからずっと、料理してたから」


「そっか…うん。ありがとう、その…お世話、してくれて」


「いいんだ。僕が君にしてあげたかったんだから」


君は嬉しそうに、でもなんだか恥ずかしそうに笑っていた。



「…楽しかったなあ。本当に、幸せだった」


ふと、君がそんな事を口にした。

僕も、と返そうと振り返ると、ボロボロと涙を流す君がいた。



「こんな事、言っちゃっ、ダメだってわかってるの…っ、でも、は、離れたくない。なんで…どうして私、死んじゃったの!?」



ずっと押し殺してきたんだろう。

僕も同じだから、わかる。



「ずっと、イアンと一緒にいたかった。いつかイアンの子供を産んで、イアンと2人でいっぱい愛してあげてさ。子供は…2人以上。街の学校にも通わせてあげて…足りなかったら私も働いてさ、休日に親子並んで料理をしたり、遊びに行った…り…幸せな家庭ですねって、誰が見てもそう思うような…もう、叶わない夢だけど…叶えたかっ…た」



たまらず彼女を抱きしめた。

2人で泣いて…そして…

どれくらい経っただろう。


「ごめん…取り乱しちゃった。さあ、シチューの続き作らないと!」


泣き止んだ彼女が調理場に向き直った。


「…聞いてくれてありがとう、イアン」


いいんだ。だって、君が語ったのは僕の夢でもあったんだから。




一緒に作ったシチューに舌鼓を打ちながら、彼女といろんな話をした。


母と手紙のやりとりをしてたこととか、彼女が亡くなってからの事、お互い好きになった時の事。




「…君が好きです。ずっと、ずっと、君が好きです。…この気持ちが消えるまで、君を想い続けても良いですか?」


君が笑う。


「ずっと好きなのに消えちゃうの?」


君が、おかしそうに笑う。


「言ったでしょ、消えるまでって」


きっとこの気持ちが消えるのは、僕が消えてなくなるまで…。


「…私、あなたの子供が見たいの」


君が笑う。


「あなたには幸せになって欲しいの」


君が、愛おしそうに笑う。


「でも無理強いはしない。あなたが愛せる人が現れたら…愛して欲しいの」


君を思わず抱きしめた。


「…君はいつも、誰かのことばかり。もっとワガママ言ってよ、お願い」


温かな君の体温。


「ワガママなら今叶えてもらってるもの」


元気に走り回る君。

一緒に美味しいものを食べて、遠出をして、君が元気になったらしようと思っていた事をたくさん出来た。


「それを言うなら僕もそうだ。ワガママをいっぱい叶えてもらってる」


君を喪い、無気力な僕を訪ねてきたメモリアル。

それは夢のような奇跡の始まりだった。


僕はもう、奇跡が訪れる前の僕には戻れない。

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