第13話 和解

(イアン視点)



「イアン…来てくれたのね」


細く筋張った手、記憶にある姿よりも一回りは小さくなった身体、貴族夫人として保っていた美貌にはそれなりに皺が浮き出ていた。


「大丈夫、うつる病じゃありませんよ。だから、おいでなさい」


扉を開けてすぐの所で躊躇している僕を見て、母は病魔を恐れているのだと思ったらしい。


「…よく、顔を見せておくれ」


僕の足を止めているのは…そんなものじゃない。

ただ、ただ…そう、怖かっただけなんだ。


「…坊ちゃん、ちょっと失礼しますね」


「えっ、ええっ!?」


レクターが強引に背を押してくる。

まさか、彼が!?

使用人達の鑑のような彼がそんな事をした事にびっくりして…。


「無礼を働きました事、お許しください。しかし、坊ちゃんの奥方様から教えていただいたのです。坊ちゃんが恐れて躊躇う時は、強引にでも背中を押してあげてほしい、と」


いけませんでしたか?と言いながらレクターも母も笑っていた。


「エマ…が?」


母もレクターも頷いた。


「あなたの知らない所でね、最初はお手紙をいただいたの。丁寧なお詫びの言葉に、自身の現状。…あなたのこともたくさん…。あ、そうだレクター。あの箱を持ってきてちょうだい」


「かしこまりました、奥様」


丁寧に会釈をして、部屋を出て行くレクター。


「箱…?」


「そうよ、箱。さあ、そんな所に立ってないで、椅子に座りなさい。いっぱい、あなたの話を聞きたいわ」


母の目尻に涙が浮かんでいるのが見えた。

ああ…エマ。

君が背を押してくれて良かった。

きっと僕は怖くて、今日ここに行かなかったら…またズルズルと悩みながら日々を過ごしていたに違いない。


そうして僕はいろんな話をした。

途中、レクターが持ってきてくれた装飾の施された綺麗な小箱には、たくさんの手紙の束が入っていた。

そこに書かれているのはどれも見慣れた文字で…、優しい文体には彼女の愛情が詰まっていた。


エマの葬儀の時、無気力な僕の代わりに進めてくれたのは、子爵家から派遣されたレクターだったそうだ。


僕は、何も気づかなかった。

気がつけばエマはいなくなり、1人になっていたから。


「…あの人もあなたの事を気にかけていたわ。貴族としては、あなた達の事を反対するしかなかった。でもね、子供の幸せを願わない親じゃないのよ」


ずっと見ていてくれたのだろう。

なのに、僕がずっと見ないふりをして関わろうとしなかったから。


「ごめん…っ、ごめんなさい、あり…がとう、母様…っ」


ありがとう、エマ。

一歩踏み出せばいろんな所に君が遺ってる。

僕は知らなかった、知ろうともしなかった。


後日また来ると約束を交わして、エマの元へと走った。




「頑張ったね、偉いわイアン」


抱きついて、君のおかげだと言いたかった。


「街で買い物をして…あなたにご飯を作りたいの。それで…」


ううん、なんでもない、と笑う君は悲しげだった。

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