第10話 エマの親友

(イアン視点)


「美味しそうな料理!遠慮せず食べて、感想聞かせてよ」


失敗したと思った。

彼女はエマだけど、身体は自動人形だった。

食事を楽しむ自動人形なんて聞いたことがない…。


他の席にいる裕福そうな客を見ると、彼の後ろに自動人形が直立不動の姿勢をとっている。


そちらを見て、改めてエマを見る。

豊かな表情、弾んだ声、何かを思案している顔はとてもじゃないが自動人形には見えない。


そんな事を考えていると、エマが驚いた顔をしてこっちを見ていた。


「あのね、飲食可能だって…」


僕だけに聞こえるヒソヒソ声でエマが話した内容に驚きが隠せない。


「なんか、正確には自動人形じゃないみたい…バレると面倒だから自動人形ってことにしてるんだってさ」


だから内緒だよ!なんて言われたけど、そんな事言えるはずがない。

もしそんな事が世間に公表されでもしたら、メモリアルは無事では済まないだろう。


「というわけで、私も食べるね!やった!食べてみたかったんだよねー!んー!美味しい!」


この時間を過ごせるのは間違いなくメモリアルのおかげだ。

何があってもこの秘密は隠し通そう、そう心に決めた。




その道を通ったのは偶然だった。


「…アンナ…、キャロル…」


少し離れた所に、赤ん坊を抱いて談笑する女性2人の姿が見えた。

隣にいるエマがフードを更に深く被る。


アンナとキャロルは、エマの友人だった。

事故に遭った日、エマが会いに行こうとしていた…とても大事な友人だった。


「…幸せそうだね」


彼女は返事をする代わりに、僕の服の裾をぎゅっと握った。


「……うんっ」


涙を堪えているのがわかる震えた声。

どんなに話しかけたかっただろう。

自分はエマだ!と声を上げたかっただろう。



「…行こうか」



そっと背を押し歩き始めると、あっと小さな声が聞こえた。


「もしかして、イアン?」


振り返ると、アンナとキャロルがこちらに向かって手を振り近づいてきた。


「久しぶりじゃん、エマの葬儀以来だっけ」


男勝りで勝ち気な性格のアンナ。


「あら、そちらの方は…もしかして」


ふわふわした雰囲気を持つキャロル。


「いや、その彼女はっ」


なんと答えようか悩んでいると、アンナがニヤリと笑った。


「ははーん、やっぱあんた。似たタイプの女を好きになるんだねぇ」

「その服、エマが好きそうだもんね」


それはそうだ。

だって彼女はエマなのだから。

それに…



「僕は今も昔もずっとエマ一筋だよ。今もずっと、ずっと愛してる」


彼女の方を見ないように、スッと自身の胸に手を当てる。


彼女との思い出はずっとずっと胸に残ってる。

思い出す度に辛くなる事もあるけれど、きっとそれは幸せだったから…。



アンナとキャロルを見ると、おかしそうに、でもどこか嬉しそうに笑っていた。



「そうだそうだ、あんたはいつもそうだった」

「周りからアプローチかけられても、エマだけしか見えてないんだもん。だからこそ、あなたなら大丈夫って、告白されて迷うエマの背中を押したんだものね」


…それは初耳だった。

そうか、僕がエマと恋人になれたのは2人のおかげだったのか。


「ありがとう、2人がいなかったらエマと結ばれていなかったかもしれない」


さらに2人がおかしそうに笑った。


「時間はかかったかもしれないけど、きっと2人は一緒になったと思うわ。…ありがとう。エマを愛してくれて…あなたといる時のあの子、すごく楽しそうにしていたわ」


キャロルの瞳から涙が溢れた。


「私達の大事な親友を、幸せにしてくれてありがとな」


アンナもつられたように涙を流す。


隣にいるエマを見れば、その手がかすかに震えているのがわかった。




2人と別れてエマと一緒に宿に向かった。

少しだけ豪勢な宿。


部屋に着くと、彼女は堪えきれず泣き出した。

アンナとキャロルの名前を呼びながら泣く彼女を抱きしめながら、僕も一緒に泣いていた。


2人ともずっと大切に想ってくれていたのだ、エマの事を、ずっと。


泣き疲れて眠ったのは僕の方だったんだろうか、目を覚ますと朝の光が君の寝顔を照らし、僕はまた静かに涙を流した。

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