第3話 2人の過去
セイゼル子爵家。
イアンはかつて、子爵家の跡取りとして過ごしていた。
跡取りとしての厳しい教育に、しかるべき振る舞いを求められる毎日。
覚える事も多く、しかしそれが当たり前だと思っていた日々が変わったのは、お忍びで領地視察に出かけた時に一人の少女と出会ったこと。
イアンが10歳の誕生日を迎えてすぐの事だった。
「なんでそんなにつまらなさそうな顔をしてるの?」
自身よりも歳下であろう彼女から言われた言葉は、イアンに物凄い衝撃を与えた。
貴族たるもの感情を表に出すな。
父からも母からも教育係の先生からも口酸っぱく言われていた事だった。
なのに、顔に出ていた?え?なんで…
混乱しているイアンに気付かず、少女は続けて言った。
「おじいちゃんのとこに連れてってあげる!」
いきなり手を引かれ走り出す私に、隠れている護衛がざわめいた気配がする。
でもそんな事より、どこに行くんだとか、凄く楽しそうに笑ってる少女のことだとか、そんな事ばかり気になった。
「おじいちゃーん!来たよー!」
ある一軒の店の扉を開き、少女が誰かに呼びかけると、奥の扉の向こうから足音が聞こえ、のそっと熊のような大柄の老齢の男が現れた
「おぉ?もしや…まーた誰か連れてきたのか!無理矢理連れてきたんじゃあるまいな?」
ジロリ、と睨まれた少女がアハハと頬をかく。
ついでイアンをジロジロと見た彼はため息をつき、クルリと開いたままの扉側を向いた。
「…見るだけだぞ。そこらへんのもんに触らないなら、良い」
少女がイアンを見て、指を二つ立てた。
後から教えてもらったのだが、それは目論見通りうまくいった時などに行うサイン…らしい。
少女に続いて扉を開いた先は…イアンにとって初めて見るものばかりだった。
壁に掛けてある変わった形状の剣、槍、槌のようなもの。
意匠を凝らしてある物もあれば、ただの鉄の塊のようなものもある。
「おい、気をつけろよ」
呆然と見ていたから、足元の鉄塊に気付かずぶつかる所だった。
「おじいちゃんはね、腕のいい鍛冶師なんだよ!」
得意満面といった表情で、少女が笑う。
鍛治師という仕事は知っていた、けれどここはイアンにとって未知の世界だ。
平民の仕事を見られるというだけでも、それはかなり異例のこと。
炉に勢いよく火が灯る。
離れているのにジンワリと汗が滲む。
その日、ただの鉄塊が生まれ変わる瞬間を見て…
イアンの世界が広がる音がした。
それが、イアンとエマと師匠とのはじめての出会いだった。
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