第2話 イアンとエマの物語

街から馬車で半日程行った丘の上にある煉瓦造りの小さな家では、今日も金槌の音と煙が上がっていた。

家主であるイアンは見習いを卒業したばかりの新人鍛治師。

汗だくになりながら仕事をする彼の傍には、いつも最愛の人がいた。


「お疲れ様、あなた。はい、喉乾いたでしょ」


「ああ、ありがとう、エマ。…はああ、スッキリする」



ほんのりレモンの香りがする水は、熱さで火照った身体を癒していく。


「…寝てなくて大丈夫かい?身体は?辛く無い?」

「大丈夫よ、心配ないわ。今日は少し調子が良いの」


少し頬に赤みが差している所を見ると、どうやら本当に調子が良いようだ。

ホッと息をつくイアンの両頬に手を添えて、エマは眉を顰めた。


「ごめんなさい、いつも心配ばかりかけて」


彼女の手に自身の手を重ねて、イアンは優しく微笑みかけた。


「謝らないで…君がいてくれたらそれで良いんだ」


だから置いていかないで、なんて…それだけは言えなかった。



エマの病は治療法の確立されていない、死の病だった。


少しずつ弱っていき、最終的には起き上がることも喋ることも困難になり、死に至る病。

だからこそ、イアンは言えなかった。

ずっと側にいて欲しい、なんて…それがどれほど彼女にとって残酷な事なのかわかっていたから。



「…あ、そうだ。先程手紙が届いたのよ」


エマがガウンのポケットから取り出したのは1通の手紙、それも見ただけで上質だとわかる真っ白な手紙だった。


「いい加減、読んでみたら?」


苦笑しながら手渡されたそれは、思った通りの人物からだった。


「…必要ない」


封蝋に使われている紋章は間違いなく、イアンの生家であるセイゼル家の物である。

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