CASE1 ジェットばばあ10
「では本日の本命、ジェットばばあ、もといジェットばあさんを捕まえに行こう」
運転は怜に代わり、助手席に虎之丞が座った。
木箱は無造作にリュックに納められ、今は後部座席の音々の隣に置いてあった。
杜撰な管理のように思えるが大丈夫なのだろうか。
「虎、高速道路の通行止め、お願いしてくれたよね?」
「はい、先週連絡したんで、今はこの時間は規制されてるはずっす」
「そうか、ありがとう」
「え?高速道路の通行止めまでするんですか?」
「するよ~」
そこまでするのにも驚いたが、同時に処理班にそこまで力があるのにも驚いた。
腐っても警察庁の下部組織と言ったところか。
「多分、大立ち回りになるからね。一般の人がいたら危ないし、それに一般の人に僕らの仕事をしているところを見られたら、また違う都市伝説が発生しちゃうから」
怜があっけらかんと言う。
怪異と勘違いされるような人外の働きをするのか。
「人払いできる時はなるべく人払いするんだ」
「処理班の歴史は長いっすからね、意外と色々なところに顔が利くんすよ」
「へ、へぇ~、それはすごい」
こういった権威を感じられると、少し気分が良くなるミーハーな音々である。
車を走らせ、高速道路の料金所に差し掛かる。
入り口には車が侵入できないようにバリケードがあった。そのそばには警官が立っており、想像以上に厳重な体勢だった。
「私の知らないところで、こんなことが起こっていたんだ」
知らない世界の連続に、思わず独り言が出る。
二十歳になり、大人の仲間入りをしたと思っていたが、まだまだ知らないことがたくさんある。
怖いことも多いが、今は新しいことへの高揚も大きい。
「そうだね。インターネットの世の中になっても、意外と知らないことは多い。情報が多い分、知らないうちに消えていくものも多いし、情報が嘘か本当か見極めるのが難しくなったとも言えるね。まさしく木を隠すなら森の中状態かもしれない」
「それに俺らの仕事は、大っぴらになって良いことはないっすから。一般の皆さんには内密に片づけて、何も知られないのが一番っす」
そこでふと、この処理班の人たちは虚しくないのだろうかと思った。
決して人に知られることのない仕事。
もしかしたら命に関わるようなことだってあるのかもしれないのに、誰からも賞賛されない。
どんな気持ちで働いているのか聞いてみたいが、さすがに入社初日で聞けるようなものではない。
いつか聞ける日が来るだろうか。
「お疲れ様です~」
運転席の怜が、高速道路の入り口にいた警官に身分証のようなものを見せる。
警察手帳とはまた違うもののようだ。
「あ、処理班の方々ですね、お疲れ様です!」
若い警官が姿勢を正し、敬礼をする。
「深夜の封鎖、ありがとうございます」
「いえ、とんでもないです。お気をつけて」
「はい、なるべく早く片づけますね」
愛想良く怜が警官に手を振る。
通り過ぎてもしばらく警官は敬礼をしていた。
もしかしたら想像以上に敬意を持たれているのかもしれない。
「何か急に現実味を帯びてきました」
「まだ信じてなかったのかい?」
「いえ、何と言うか、国家権力がちゃんと協力しているのを見ると」
「あはは、何だい、それは」
思えば、今まで出てきた登場人物は、みんな怪しかった。
あの若者や落ち武者を含め、壮大なドッキリという可能性だってあり得ると言えばあり得る。
いわゆる新人歓迎的なあれだ。
摩訶不思議なことだって、手品だと思えばできるかもしれない。
心霊スポットというシチュエーションもどこか非現実的だった。
しかし今、目の前にあるのは現実的なものばかり。高速道路は通行止めとなり、それをしっかり封鎖するのは警察官。
都市伝説の怪異とは、この規模のものを動かすほど大きなものなのか。
「さぁ、しばらくは深夜のドライブだ。車は一台もないし、貸し切り状態だ」
怜が鼻歌を奏でる。
緊張感はゼロだ。
「と、虎さん、すぐにでも出ますか?」
お気楽な班長ではなく真面目な虎之丞に質問をする。
心の準備はまだできていない。急いでしなければ。
「そうっすね、こうなったらいつ出てもおかしくないと思うっす」
虎之丞は音々の質問に答えながら、身をかがめ、靴紐を確認している。
「マ、マジですか……」
「そう緊張しなくても大丈夫だよ。ジェットばあさんは車内には干渉してこないから」
それだけ言って、怜は鼻歌を続ける。
よく聞くとエーデルワイスだ。何故。
全く今の雰囲気にそぐわない。やはりこの人が一番わけがわからない。
手持無沙汰の音々は、エーデルワイスをハモるわけにもいかず、何となく外を眺める。
ジェットばあさんがいたら怖いが、他にすることがないのだ。
一台も車が走っていない高速道路。
道路のライトがすごい速さで通り過ぎていく。
音々たちが乗っている車のエンジン音と風の音しかしない。
それが妙な静けさと緊張感を演出していた。
車が走っていない高速道路は、どこか別の世界のようで、妖しげな魅力があった。
同時に、自分たち以外誰もいない無機質な風景には、人間の気配が一切感じられず、不気味さが醸し出ていた。
音々は、急に恐怖を感じ、運転席の肩部分を握り、席の間から身を乗り出す。
「大丈夫だよ、本当に危害を加えない怪異だから」
怜が一瞬こちらに顔を向けて微笑む。
声色は少し優しく感じた。
とりあえず、今は彼ののほほんとした表情が心強い。
「あのぅ、何か話しててもいいですか?」
「もちろん。どうぞ」
「こういう怪異って全国で起こるんですよね?」
「起こるよ~。極端に言えば、ジェットばあさんが、今まさに他の場所でも発生しているってことだってある」
一瞬、同時多発ジェットばあさんを想像してしまった。
怖い。
「ということは、処理班は全国にあるんですか?」
「うん、あるよ~。現に今いない班員の二人は、地方の支部に出向してるからね」
「そういえば、あとお二人いるんですもんね」
「うん、いずれ会えるから楽しみにしてて。全国にある処理班は、それぞれ班の雰囲気も発生する怪異も地域差があって、結構面白いんだこれが。いつか音々ちゃんも行ってみるといいよ」
まさかの全国規模。
だが少し考えればわかる。どのくらいの頻度で実体化するかはわからないが、今日だけで二件だ。
東京の事務所の人員では、賄いきれないだろう。
「ちなみにうちはね、東京支部。警察本庁が近いから本部と間違われるけど、支部なんだ。でもこの大東京を守っているのは僕らだけだから結構すごいんだよ」
「東京が本部じゃないんですね。じゃ本部はどこなんですか?」
「京都だよ。やっぱり歴史の長い町だからね、怪異の種類も深さも段違いだ。でも東京は東京で人が多いから、大変だよ。どんどん新しい人がやって来るから、新しい怪異も東京から生まれることが多い」
地域差があると言ったのはそういうことか。
しかし、人の思いが怪異を実体化させるということは、いわば人がいる限り、永遠に生まれ続けるということだ。
「何て言うか、いたちごっこですね」
「あぁ、良いこというね。その通り、処理班の仕事は終わりのない仕事だよ。ひどい例だと処理した翌月に、また同じ怪異が発生したなんてこともあるから」
「大変なお仕事なんですね」
「でもほら、言い方を変えれば、食いっぱぐれない。不景気な現代社会の中ではありがたい職場だよ。警察の下部組織だから、身分も一応保証されているし」
確かに。
今まで悪い面ばかりに目が言っていたが、怪異にきりがないということは、仕事があり続けるということではないか。
思った以上に良い職場に来たのかもしれない。
自分の勤め先が思いのほか良い環境なのではと、音々がご機嫌になったその時。
音々の視界の端に、何か動くものが見えた。
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