CASE1 ジェットばばあ4
本日1話目。
本日2話更新です。
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都市伝説。
もちろん、言葉の意味は知っている。
というか、この職場に来る前、少しでも気持ちが楽になるような情報がないか、嫌でも調べないわけにはいかなかったのだ。
もっとも、音々の気持ちを上げるようなポジティブな情報はなかったのだが。
「え~と、確か、世間に広まった噂話で、話の出所がわからないもの、とかでしたっけ?」
「そうそう、いいね。うん、優秀だ」
「へ、へへへ。そうですか?」
怜が嬉しそうに頷く。
当の音々も、これまでの人生でほとんど言われたことがなかった優秀という言葉に嬉しくなる。
「じゃ、都市伝説の話で何か知っているものはある?」
「え?有名なものだと、口裂け女とか人面犬とか」
「おぉ、渋いところをついてくるね」
都市伝説に渋いとか渋くないとかあるのか。
「他には?都市伝説ってそういう、いわゆる妖怪チックなものだけ?」
「いえ、ホルマリンのプールで死体を洗うアルバイトが存在するとか、ピアス穴から出た白いひもを引っ張ると失明するとか、お化けが出ないもの都市伝説ですよね?」
「う~ん、これまた渋い。都市伝説らしい都市伝説だね」
怜が何か納得したように何度も頷く。
「今さ、音々ちゃんが言った都市伝説は全部、怖い話系だよね。都市伝説って怖い話だと思う?」
「え?違うんですか。私、都市伝説=怪談って認識でしたけど」
「いや、それだけじゃないよ。少し古いものだけど、テストの答えがわからない悪あがきでカレーの作り方を書いたら合格したとか、配送トラックに書いてある飛脚のふんどしを触ったら幸運が訪れるとかね」
面白い話やいい話もあるのは知らなかった。
しかし、幸運を得るために、一心不乱に飛脚のふんどしを触ろうとする様子は、逆に不気味なようにも思える。
「まぁ何が言いたいかっていうとね、都市伝説って意外と種類がたくさんあるんだよ。今流行りの陰謀論っていうのも都市伝説の一種と言えば一種だからね」
「はぁ」
「だから、都市伝説=怪談ってしちゃうとちょっと範囲が狭すぎるかな。最初に音々ちゃんが言った、世間に広まった噂話で、話の出所がわからないものっていうのがわかりやすいね。それどころか、巷にはびこる真偽不明の噂話は全部都市伝説って言っても良いかもしれない」
「それはそれで暴論だと思いますけどぉ。ってか話が回りくどいの良くない癖ですよー。はい、お茶どうぞぉ」
「あ、ありがとうございます」
ひばりがお茶を出しながら、口を尖らせる。そしてそのまま怜の横に腰掛けた。
「都市伝説の定義なんて、追々でいいじゃないですかぁ。それよりまずは直接仕事に関係することを教えてあげてくださいー」
「それもそうか。ではここからが本題」
怜が指を一本立て、前に出してくる。
さっきも本題と言わなかったか。
「さて、僕らの職場の名前は、『都市伝説処理班』。この名前を聞いた時、どう思った?」
「え、いや、その」
極めて胡散臭いと思ったとはさすがに言えない。
しかし、代わりの良い言葉も出てこず(そんなものが出てくるはずもないが)、しどろもどろしていると、ひばりが助け舟を出してくれた。
「また回りくどくなってますよぉ」
「おぉ、いかんいかん。まぁ、名前の通り、都市伝説を処理するってわけだね。で、じゃあ処理の対象となる都市伝説とは何か。それはね、最初に音々ちゃんが例に挙げた口裂け女や人面犬なんかの妖怪、怪物チックな怪異が主なターゲットなんだ」
「はい?」
「僕らは便宜上、そういうものを怪異って言い方をするけど、それらの怪異が一般の人々に被害を出す前に、迅速に処理をする。それが僕らの仕事なんだ」
「帰ります」
やはり危ない人たちの集まりだった。
心の底から都市伝説の怪物の存在を信じている。
音々自身、神社の娘として生まれたものの、信心深さで言えば一般の人間とそう変わらない。
幽霊やお化けに関しても、この世にいるかもしれないし、いないかもしれないし、正直あまり興味もないし、いたところで自分に害が無ければ関係なし、といった感じである。
それゆえ、真剣に信じている人はどこか自分とは別物という風に思っていたし、実際にここまで本気の人間には会ったこともなかった。それは幸運な人生だったと言えるだろう。
しかし、真面目にがっつりと怪物の存在を信じている人を目の当たりにすると、これほど恐ろしいのか。何という真っ直ぐな目だ。怖いよぅ。
逃げ出したい気持ちは、これまでの最高記録を叩き出した。
「待って待って!お願いだから帰らないで」
だが、強く引き留められると逃げ出すことなどできない意気地なしの音々である。
「奏太郎さん、自分の仕事のことも含め、本当に何も教えてなかったんですねー。嬉々として都市伝説を語る班長に怯えていますよぉ。大丈夫ー?」
「そっか、それは申し訳ないなぁ。でもまぁこればっかりは、実際に見るしかないからね。音々ちゃん、大丈夫かい?」
大丈夫なわけがない。
しかし、真剣な様子で心配してくれる二人にそんな言葉はかけられない。
幸いなことに、変な人たちではあるが害意はないようだし、まずは全て話を聞こう。今はそれしかない。
「大丈夫です。すみません、続きをお願いします」
「そう?では、お言葉に甘えて。本物を見れば嫌でも信じることになるだろうから、今はとりあえず話を聞いてね」
怜は気を取り直すかのように咳ばらいをした。
それにしても本物を見れば嫌でも信じることになるとは、何とも不穏な台詞である。
万が一実在するとなると、あんな恐ろしい化け物を目の当たりにすることになるのか。ホラー映画も苦手な音々には拷問以外の何物でもない。
「今、僕らが相手をするのは都市伝説の怪異って言ったよね。要は、怪異はこの世に実在するってこと。音々ちゃんは、そういうものに会ったことがある?」
「ありません」
「そうだよね、それは君の様子を見ていてもわかる。というか、世間一般の人たちはほとんど見たことがないはずだよ。それは何故か?僕ら処理班の面々が暗躍して、人々の目に触れる前に怪異たちを処理しているからなんだ」
「暗躍って、悪者みたいじゃないですかぁ?」
「でも僕らにぴったりじゃない?」
「まぁ、確かにそうですねぇ。暗躍組織ぃ」
怜とひばりが楽しそうに笑っている。
そして、音々だけが置いてきぼりだ。下手くそな愛想笑いをするのがやっとである。
「でもね、実在するって言っても、普通の人や動物みたいに、生息地が決まっていて、そこに存在するってわけじゃないんだ」
「え?じゃあどこにいるんですか?」
「いや、普段はこの世のどこにも存在しない。でもある時、ある条件を満たすことで怪異が、この世に生まれるんだ。語り継がれた姿のまま、いきなりね」
「ど、どういうことですか?」
とらえどころがなく、かつ色んな意味で気味の悪い話だが、同時に興味深くもある。
ほら話だろうと、今までほとんど聞いたことのない類の話だ。聞くと決めると先が気になる。
「一番最初に音々ちゃんが言ったね、都市伝説とは世間の人たちの噂話だって」
「はい」
「名の知れた都市伝説の怪異は、その全てが多くの人たちによって語り継がれた。当たり前だけど、だから有名なんだよね。恐怖、興味、悪戯心、娯楽、実験、悪意などなど……怪異について話した人たちの気持ちは様々だろうけど、人が人に語り継ぐ際には、そこには何かしらの強い思い、強い念が存在する。これはわかる?」
「まぁ何となくわかります」
そもそも、人が人に何かを話す際、無感情ということはまずないだろう。
その中でも、怪談話などの物語を人に語る際、人の思いが強まるというのも感覚的にわかる。誰だって自分の話は興味を持って聞いてもらいたいはずだ。
「都市伝説の怪異たちはね、そんな人々の強い思念で生まれる。多くの人に語り継がれ、また語り継がれて、少しずつ力を蓄える。そして、最後に実体化するんだ」
「はぁ」
「怪異の存在を信じる信じないは、実際どちらでもいい。まぁ信じる人の思いのほうが往々にして強いけど、重要なのは、多くの人が噂をするってこと。多くの人の思念が、怪異を実体化させる燃料になる」
「……実体化させる燃料ですか」
「あ、今胡散臭いって思ったでしょ?」
「うっ」
鈍そうな怜にすら気づかれるほど顔に出ていたようだ。
だが、信じられるはずがない。人の思いだけでそんな怪物が生み出されるなど無茶苦茶だ。
「ふふふ、まぁ無理もないですよねぇー」
「まぁ信じられないってことは、それだけ僕らがちゃんと仕事をしている証拠でもあるってことだ」
気を悪くするかと思ったら、意外にも二人とも笑っている。
信じてもらえないことに慣れているのか。それはそれで哀れである。
「でもね、人の思念っていうのは、馬鹿にできないんだよ。良い例も悪い例もどちらもある。例えばさ、パワースポット。あれなんかも色んな人が『この場所はご利益がある』って言ってる内に、どんどん力が増す。悪い例だと、自殺の名所。有名なところだと大体、自殺しにくいように囲いとかしているのに、自殺した人たちの念に引っ張られてか、自殺する人が後を絶たない」
「で、でも、例えば、パワースポットにわざわざ行くような人は、そもそもバイタリティがある人だったり、もしくは行く人が増えれば増えるほど、成功体験も比例して増えますよね?それに自殺の名所だって、シンプルに行きやすくて確実に死ねそうな場所で、言い方悪いですけど、実績のある場所を選ぶっていうのはあり得そうですし、あるいは自殺する時に寂しくて、同じ思いをした自殺者が多いところ選ぶっていうのも心理的にわかる気がします」
思わず一気に反論してしまった。慌てて前の二人を見ると、少し驚いたような顔をしている。
やってしまった。
余裕がない時にしばしば出てしまう『まくしたて音々』が発動してしまった。
あまりにもぶっとんだ話が続いたことで、つい気持ちが高ぶってしまったのである。
顔が熱くなるのを感じ、同時に謝罪の言葉も出せないほど、頭が真っ白になる。
「素晴らしい!」
「さすが奏太郎さんの娘ですねー」
しかし、二人の反応は、音々が予想したものと全く違った。
感心したような表情をして、こちらを見ている。
「あ、あの」
「いや、いいねぇ!とてもいい理屈だよ。そういう理屈はとても大事だ」
「ほ、本当ですか?」
「本当だよ。この世に存在するほぼ全ての都市伝説は理屈で説明できる」
「良かった……」
まくしたて音々が褒められたことなど、これまで一度もない。このまくしたて音々を体験した知人友人たちは、軒並み引いた顔をしたものだ。
それが褒められたのである。二人を不快にさせなかった安堵と嬉しさで、一気に体の力が抜けた。
「でもね」
しかし、すぐにはっと我に返る。
理由は怜の声。
ここまでに発せられることのなかった低く力のこもった声のせいである。
「世の中には、普通の理屈じゃ説明できないことが存在するんだ。それを処理するのが僕らの仕事」
真っ直ぐとこちらを見る怜は、今まで通り微笑んでいる。
しかし、どこか怖さを感じた。
音々がこれまでに感じていた怖さとは違う、底知れぬ怖さだった。
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