CASE1 ジェットばばあ3

本日3話目。


本日3話更新です。


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 生きている。


 音々は、撃たれたものだと思い込み、意識を失いそうになったが、痛みも衝撃もなかったので、何とか紙一重で意識を保つことができた。


 火薬の臭いはするものの、自分の頭や肩には、弾薬ではなく細い紙テープがのっている。


「やぁ、ようこそ都市伝説処理班へ!」


 ダークグレーのスーツを着た男が両手を広げている。


 満面の笑みを浮かべ、だらしなく伸ばした前髪の隙間から見える目が、好奇心の輝きを放っていた。


 少なくとも敵対心は感じられない。


「ちょっとぉ、クラッカーいらないって言ったじゃないですかぁー」


 聞き覚えのあるギャル声。さっきの声の持ち主だろう。


 そして見た目も声の通りギャルだった。


 まず場違いなほど真っ赤な髪色が目に入ってくる。そしてその赤色に、きれいな美白の肌が映える。


 更に髪もさることながら、社会人として服装も場違いなものだった。


 彼女の体型なら、ゆうに二人は入りそうなオーバーサイズの黒いトップス。その裾が太ももを覆っているので、下は何をはいているかわからない。


 ホットパンツかミニスカートか。まさか下をはいていないわけはないと思うが、もしや都会のギャルは下をはかないのだろうか。


「大丈夫ですかぁ?」


 ギャルが心配そうな表情で音々の顔を覗き込んでくる。


 優しい。


 いや、ギャルは優しい生き物なのかもしれない。


 そして派手さに先に目が行きがちだが、よく見ると同性である音々が思わず見惚れてしまうほどかわいい。


「すみませんー、うちの班長かなりおかしいのでー」

「あ、え、あの」

「ほらぁ、びっくりしてますよぉ」

「あははは、ごめんごめん、驚いたかい?」


 幸いなことに、嫌な感じはしない。


 ただ、警察の下部組織という肩書の職場にしては、二人ともそぐわない。


 シチュエーションも相まって、とにかく第一印象は怪しい二人組である。


 もしこの二人に道で出会ったら、何か良からぬものを売りつけてきそうだ。


 しかし、そんな感想はさておき、まずは挨拶をせねばなるまい。何せ、音々は新入社員なのだ。


「えっと、私、その、今日からここでお世話になる」

「木林音々ちゃんだよね!お父さんにはお世話になってます。いやぁ待ってたんだよ~、ほら、まずは中へどうぞどうぞ」


 男が大袈裟な手振りと妙なテンションで誘ってくる。


 怖い。

 

 いくら優しくてかわいいギャルがいても怖い。というより、ここにいるということは彼女も、都市伝説処理班の一派なのだろう。その事実がこれまた恐ろしい。


 ここが逃げる最後のチャンスかもしれない。


「あ、え~と、も、もしかして、私、間違えちゃったかも~なんて、ははは~」

「え?木林音々ちゃんでしょ、履歴書の写真と一緒だよ。ほらほら」


 面が割れている。


 怪しい名前の職場のくせに、いっちょ前に履歴書を要求していたのを思い出した。


 動かぬ証拠である履歴書を男がこれ見よがしに見せつけてくる。これでは逃げようがない。


「あ……すみません。そうです、私が木林音々です」

「そうだよねぇ、いやぁ一瞬びっくりしたよ~。いきなりジョークとは、面白い子だねぇ」 

「は、ははは……」

「ってか、班長が変だから逃げたくなったんじゃないですかぁ?」

「え、何で?普通に対応しただけじゃない」

「いきなりクラッカーは普通じゃないと思いまーす」


 今班長と言った。


 ということはこの男がここのトップなのか。

 

 見た目はそれなりに普通だが、すでに変人のオーラがぷんぷん出ている。


 不安は募るばかりだ。


「いきなりすみませーん。ちょっとこの人変なんで気にしないでくださぁい」

「は、はぁ」

「私はぁ、三車ひばりですー。よろしくー」

「よ、よろしくお願いします」


 こちらのギャルは思ったより常識のありそうな人である。


 少なくともこの男を変人扱いしているということは、人として最低限の感性は持っているということだろう。

 

 ひばりが優しく音々の背中に手を当て、中に誘う。もう覚悟を決めるしかない。


 意を決して、部屋の中へ入る。


 しかし、都市伝説処理班という不穏な名前のわりに、部屋の中はいたって普通のオフィスだった。


 見る限り、オカルトチックな香りは一切見られない。


 机が五つ、向かい合う形で島となり、更に部屋の奥には少し大きな机が入り口を向いて置いてあった。おそらく奥の机が班長席なのだろう。


「ここぉ、あなたの席なんで、荷物置いてくださいー」

「あ、はい」

 

 向かい合っている五つの机のうち、入り口に背を向けている机が音々の机だった。


 机の上は、一通り事務用品も揃っており、すぐにでも働けそうなほどしっかりと整っていた。


 机もパソコンも丁寧に磨かれていて、えんぴつも一本一本きれいに削ってある。


 間違いなく、音々のことを思って用意してくれたのだ。それは、就活に落ち続けた無能な音々を待っていてくれたという事実にほかならない。


 その事実に音々は嬉しくなった。


 たとえ変な職場であろうとも。


「机、きれいでしょ?ひばりちゃんがね、一生懸命やってくれたんだよ」

「そういうこと、いちいち言わないでくださいー」


 少し恥ずかしそうに髪をいじるひばり。その仕草がこれまたかわいい。


 ギャル、いや、ひばりさんは良い人。


 やはり人は見た目じゃないのだ。


 音々は心の中にしっかりと刻みつけた。


「さ、改めてようこそ、都市伝説処理班へ」


 机に荷物を置くと、部屋の隅にあるパーテーションに区切られた応接テーブルのようなところに案内された。


 どうやらこれから説明があるようだ。


 待ち望んでいた説明なのだが、ワクワクよりも不安が勝ってしまう。


「ところで僕らのことはどれくらい知ってる?お父さんから聞いた?」

「いえ、何も。こちらでしっかり聞くようにと」

「え!?そうなの!?」

「は、はい……すみません」

「班長ぉ、奏太郎さん、言ってたじゃないですかぁ、何も教えてないってー」

「え?あぁ、そうだそうだ。奏さん、そう言ってたねぇ。会合でお酒入ってる時に聞いたから忘れちゃったよ」


 奏太郎は音々の父の名前である。


 どうやらこの怪しげな組織と父は、本当に関係があるようだ。


 しかも思ったより親密そうで、その事実は音々を更に憂鬱にした。


 これでは音々が逃げ出しては、父に気まずい思いをさせてしまう。


「僕は処理班の班長、黄ノ蔵怜。よろしく」

「よ、よろしくお願いします」


 落ちついて近くで見ると、顔の作りは悪くなさそうだが、どうにもぼんやりとした様子で、冴えないサラリーマンのように見えてしまう。


 しかし、見る限り喜色にあふれ、間違いなく音々のことを歓迎してくれる。それだけは嬉しかった。


「ひばりちゃん以外にも、処理班にはあと三人いるんだ。一人は今本庁に車を借りに行ってるから、もう少ししたら会えるよ。あとの二人は出向中。まぁいずれ会えると思うから楽しみにしていてね」


 机の数から何となく予想できたが、こんな職場で働く物好きがあと三人もいるのか。


 どうか残りの三人がまともであるように。


 そう祈らざるを得ない。


「では初日ということで、まずはオリエンテーションからだね」


 怜がうきうきとした様子で、何やら準備をし始める。


「オリエンテーション?ですか」

「要は説明ですねぇ」

「いやいや、ひばりちゃん、オリエンテーションねっ」

「覚えたての横文字、無理に使わないほうがいいですよぉ」

「音々ちゃんはせっかくの新社会人なわけだし、雰囲気を出したかったんだよ」

「そんなことより、他のところでがんばってほしいですー」

「そ、それは……努力するよ」

 

 ひばりの横槍に、怜は少しバツの悪そうな顔をする。


 しかし、すぐに気を取り直し、パンフレットのようなものを取り出した。


 A4サイズの見開き1ページの薄いものである。


「これね、処理班の紹介パンフレット」

「え?そんなものがあるんですか?」


 こんな怪しげな職場なのに、という言葉は何とか飲み込むことに成功した。


「あるんです」


 音々の驚きを賞賛と受け取ったのか、怜が得意げに言う。


 しかし、そんなものがあるなら、勤める前にぜひ欲しかった。

 

 どうして父はもらってきてくれなかったのか。


「一応ね、社外秘の資料だから事前に渡せなかったんだよ。ごめんね」


 音々の表情から何か読み取ったのか、怜が音々の心の疑問に答えてくれる。


 しかし、社外秘の会社紹介パンフレットとは、その存在意義を疑わざるを得ない。何のために作ったのか。


「新しい人が来るからって、わざわざ班長が作った詐欺パンフレットですよぉ」

「さ、詐欺?」

「違うよ!ちゃんと考えて作ったから。中身も別に間違ってないし」

「ん~~、間違ってはないかもしれないですけどぉ、果てしなく誇張されてますよねぇ。これは訴えられたら負けると思いますよー」

「いいんだよ、別に外に向けて作ったわけじゃないんだから」


 本当に音々のためだけに作ったのか。


 その労力は嬉しく思うが、詐欺というパワーワードが気になるところである。


「ま、これは後で読んでね、あげるから。あ、でも他の人には見せないでね」

「は、はぁ。ってこれ、オリエンテーションには使わないんですか?」

「うん、使わない」


 ますます存在意義が謎なパンフレットである。


「それでは本題」


 怜が指を一本立て、楽しそうに言う。芝居のようにいちいち大袈裟な人である。


「音々ちゃん、あ、呼び方は音々ちゃんでいいかな?」

「あ、はい」


 この状況で嫌ですという度胸など音々にはない。


「では音々ちゃん、都市伝説ってどんなものか知っているかい?」

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