CASE1 ジェットばばあ2
本日2話目。
本日3話更新です。
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「はぁ」
真新しい黒のスーツにカットしたてのショートボブ。幼い顔立ちなことも相まって、見る人は一目で彼女が新社会人とわかるだろう。
新社会人のサンプル画像に真っ先に選ばれそうな風貌だ。
そんな新社会人である音々にとって、今日は大切な出社初日であるのだが、気分は浮かない。
思わずため息が出る。
就職活動の失敗が響いているのだ。とは言っても、就職浪人ではない。
生来の不器用さのせいで、就職活動は軒並み失敗に終わるも、父のコネで何とか、この4月1日から、新社会人としてスタートを切ることができた。
勤め先は、警察の下部組織で、一応身分は公務員相当という、どこにも拾ってもらえなかった音々の立場からすると破格の条件のようにも思える。
ならば何故、気持ちが晴れないのか。
それは、勤め先の名前が『都市伝説処理班』ゆえ。
怪しい。
怪しすぎる。
その名を就職サイトで見たら、不採用続きの音々でも決して応募はしようとは思わなかっただろう。
色んな意味で不安を助長する名前である。
神社の神主をしている父が、何やら副業らしいことをしているのは知っていたが、こんなところと関りを持っていたとは知らなかった。
勤め先の名前を聞いて、一時は断ろうと思ったが、就職浪人、もとい無職と新社会人という身分を天秤にかけ、断腸の思いで就職することに決めたのだった。
友人たちには警察に関係する仕事とだけ言ってある。決して名前を言うことはできない。
せめて事前に心構えをと、父に都市伝説処理班とやらのことを質問したが、のらりくらりとかわされ、詳しいことは勤め先の人に聞きなさいと、父はほとんどその内情を語ってはくれなかった。
要は、巷に蔓延る都市伝説の怪物・怪異を処理するところ。
漫画じゃあるまいし。うさん臭さマックスである。
不安は募るばかりだ。
警察の下部組織という肩書がなければ、もう逃げ出しているだろう。
そんなことを考えているうちに、警察庁の前に辿りついた。
「はぁ~高いなぁ」
思わず口を開けて見上げてしまう。
実家の神社があるのも一応東京なのだが、東京の辺鄙な場所にあるので、このような高層ビルに囲まれたところに来ることは珍しい。
就活に失敗した一因は、この都会の気配に飲まれてしまったこともあると思っていた。東京人なのに田舎者なのだ。
音々はもう一度スマホを見る。
しかし目的地を示すピンは、ここから少しずれている。
勤め先はここではないらしい。
職場は庁内にないのか。再び不安がよぎる。本当に警察の下部組織なのか。
ここに突っ立っていても仕方がないので、スマホの誘導に従って、再び歩きはじめる。
気分は晴れないが、高層ビル群を見てると少し気持ちが浮つく。
警察庁内ではないものの、こういうおしゃれなビルが職場と思えば、変な勤め先でも少しは我慢できそうではないか。
職場の異質さに目をつぶれば、憧れの都会派OLである。
度重なる不採用のお祈りメールによって、心身ともにぼろぼろだった音々はもういない。
今日から自分は変わるのだ。がんばって気持ちを切り替えた。
鼻息荒くした音々は、背筋を伸ばし、歩く速度を上げる。
まずは都会人っぽく、歩く速さと姿勢から変えよう。
しかし、そんな都会派OLとしての産声を上げた音々の目の前に、この洗練された街とは少し異なる光景が見えてきた。
3階建ての古びた煉瓦造りのビル。
鬱蒼とした木々に一角が囲まれており、その中に昭和で時が止まったようなビルがぽつんと立っていた。
その不気味さは、都会の空気を浴びて高揚していた音々に、冷水をぶっかける。
ここだけ空気が冷たいように思えるのは気のせいか。
今は令和だぞ。
私はいきなりタイムスリップをしてしまったのか。
音々は思わず立ち止まり、きょろきょろと周囲を確認。
もちろん、タイムスリップなどしていない。周囲には高層ビルが立ち並んでいる。
しかし、すぐに思い返す。
東京は広く、また歴史の古いところだ。こんなビルの一つや二つあってもおかしくない。
気を取り直し、音々は再び歩き始めようとした。
すると、スマホから元気な音声。
『目的地に到着です』
スマホの画面を見ると、目的地を示すピンは目の前のビルを指している。
「……何となくそんな気がしてたよ」
音々はぐったりと肩を落とす。
さようなら都会派OL。
よく考えたら、あんな名前の職場が、スタイリッシュなビルの中にあるわけがないのだ。
むしろこの古ぼけたビルこそ、その胡散臭い名にふさわしい。名と体のマッチング率で言えば100%だ。
しかし、音々とのマッチング率は0%である。
すぐさまブロック案件だ。
「いやだよぅ」
思わず弱音が出てしまう。
浮かれ気分から奈落に落とされ、気持ちはどん底だった。
そして、この不気味なビルに気後れもしている。怖い。
行きたくない。
行きたいわけがない。
しかし。
今更引き返すわけにもいかないだろう。
ここで逃げてしまえば、待っているのは無職の肩書。
こんにちは無職。
それだけは何としても避けなければならない。
また、紹介してくれた父の面子もある。不器用な娘のために、就職先を与えるべく奔走してくれたであろう父の顔に泥を塗るわけにはいくまい。
深呼吸をする。
ただ、不思議とここだけ空気が少し澄んでいるような気がした。
アスファルトとビルと車に囲まれ、逃げ場のない空気が、木々に囲まれたこの一角を喜んでいるようにも思える。
自分だってそうかもしれない。都会に憧れがあると同時に、見渡す限りのコンクリートと人々の雑踏に疲れていたのも事実である。
この職場も悪いことばかりじゃない。見慣れれば昭和レトロでいい風情と言えるかもしれない。
「言えないな」
自分で自分を誤魔化そうと思ったが無理だった。
目の前のビルは、どうひっくり返っても古びた不気味なビルでプラスの要素など感じ取れない。
しかし、行くしかないのだ。
音々は勇気をふり絞ってビルの入口へと向かう。
『営業お断り』
入り口に貼られている薄汚れた張り紙。
この周囲にある高層ビルのほとんどが、入り口にガードマンがいたり、ハイテク機器を用いて、部外者の侵入を拒んでいるに違いない。
しかし、このビルには張り紙のみ。
比べるものじゃないのだろうが、何とも物悲しい。
だが、風化して黄ばんだ紙とこのビルは、異常なほどマッチしている。
本当は文化保存記念館か映画のセットかなんかじゃないかと疑ってしまうくらいだ。
そもそも、こんな抵抗をしなくとも、まともな営業マンならこの不気味なビルへの営業は避けそうなものである。
だが、この張り紙が張られたということは、以前に営業を試みた強者がいたということだろう。
その営業マンのバイタリティのわずかでも音々にあれば、きっとこんな職場に勤めなくても済んだに違いない。
非日常的な現状に気圧され、どんどんマイナス思考になってしまう。
あまり考え込むのはよそう。
「し、失礼しま~す」
一応声をかけて入り口のドアを開く。ドアはもちろん手動だ。
もっとも、誰にも伝える気がない、むしろ誰にも伝わるなと言わんばかりのビビった小さな声である。
幸いにも近くに人はいないようだ。
しかし、ホッとしたのも束の間、すぐそばにある階段の壁に、『受付は二階』と書かれた張り紙があった。
エレベーターは見当たらないので、おそらくこの階段を昇るしかないのだろう。
音々のいる場所から、奥の部屋が少し見えるが、そこだけ何故かスポーツジムの一室のように、色々なトレーニング機器が置いてあった。
誰かの趣味だろうか。
しかし、ここまで昭和風味のものばかり見ていたので、現代風のもの見ることができて少し安心する。
「やっぱ二階に上がらないとダメだよね」
言ったところでどうしようもないのだが、つい独り言が増える。
ところどころひび割れたコンクリートの階段を一歩一歩上がる。照明は妙に薄暗く、それがまた不気味さを助長していた。
二階に上がると奥に、『都市伝説処理班』という表札を掲げているドアがあった。
ドアにはすりガラスがはめ込まれており、中の様子を見ることができない。わかるのは、電気がついていることぐらいだ。
その古びたすりガラスのドアが、昔見た任侠映画に出てきたドアにそっくりなことに気づき、新たな恐怖が生まれた。
考えてみればこの古びたビルには、抗争、カチコミ、シノギ、そんな言葉がよく似合う。
ここに来て、音々の緊張はピークに達した。
警察の下部組織ということはわかっているのだが、一度想像してしまった恐ろしさは、どうにも消えない。
鼓動が速くなり、喉が渇く。
それにしても、初出勤というのはこんなに緊張するものなのか。
いや、初出勤の緊張というより、他の要因で緊張が増している気もする。だが、逆に言えば、緊張が分散していると言えるかもしれない。
きっと音々の性格上、こういう状況じゃなかったとしても、どのみち違うことで緊張していたに違いない。
我ながら緊張しいである。こんなんだからどこの企業からも採用されなかったのだ。
再び深呼吸。
怖さは消えないが、ここまで来て逃げ出すわけにはいかない。
音々はゆっくりとドアをノックする。
「はぁ~い」
中から若い女性の声。
一気に心が和らぐ。
少なくとも若い女性がいる。
これは音々にとって大きいことだった。
少なくとも音々が見た任侠映画の部屋には、若い女性はいなかった。怖そうな姐さんはいたが。
こんなところにいるとは思えないが、声だけ聞く限り、まるで今風のギャルのようではないか。
これならば救いがある。
「し、失礼します!」
たった今手に入れた勇気を胸に、音々は意を決してドアを開く。
パーンッ!
破裂音。
死んだ。
音々は自分が死んだと思った。
おそらく銃声。
死んだよ死んだ。
何の因果か、入室早々、狙い撃たれたのだ。
もしかして、他の組からの襲撃と勘違いされたのかもしれない。
それにしてもこのビルには銃声がよく似合う。
薄れゆく意識の中で音々はそんなことを思った。
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