【第一章完結】都市伝説処理班

那斗部ひろ

第1章

CASE1 ジェットばばあ1

新連載です。

基本的に1章完結型のストーリーで書いていこうと思っております。

内容もホラーではなく、コメディ寄りですので、気楽に読んで頂ければ幸いです。

それでは、よろしくお願いいたします。


本日1話目。

本日3話更新です。


***********


「さぁ、今日の我々の業務は『ジェットばばあ』の処理です」

「班長ー、この前の会議で『ばばあ』は禁止になったじゃないですかぁ」

「あ、そうだったっけ?」

「そうですよぉ。最近コンプラがうるさくなったから、少し丁寧な言い方にするってー」

「う~ん……言い慣れた呼び名なんだけどなぁ」

「いいからぁ、気をつけてくださいー」


 三車みぐるまひばりが、お団子にしたハーフアップの真っ赤な髪を、白く細い指先でいじりながら、処理班の長である黄ノ蔵きのくられいを気だるげな口調で注意した。


 見ようによっては、派手なギャルが冴えないサラリーマンに絡んでいるようにも見える。


 当の怜は、まいったなぁなどと呟きながら、目にかかるほどに伸びた前髪をかき上げた。


 何にせよ、ひばりの態度は、およそ上司に対する態度ではないが、いつものことなのだろう。双方気にした様子はない。


「ひばりさん!ジェットばあちゃんならいいっすかね?」

「ん~、まぁいいんじゃないー。でも一応、全国の処理班内で『ジェットばあさん』で統一するって言ってたからその方がいいと思うけどぉ」

「確かにそうっすね、了解っす!」


 円禅寺えんぜんじ虎之丞とらのじょうは爽やかな笑みを浮かべ、ひばりに向かって親指を立てる。


 坊主頭に屈強な体つきは、野球のユニフォームに着替えたらそのまま高校球児で通用しそうな風貌だ。


「よし、ジェットばばあ」

「だからぁ」

「もとい、ジェットばあさん処理の準備をしないとね。虎、本庁に行って車借りてきてくれるかい?これ、申請書ね。総務に出しておいて」

「了解っす!」


 虎之丞は、怜から一枚の紙を受け取った。 


「虎ぁ、申請書に判子押してあるー?」

「判子判子……あ、押してないっす!班長、ハンコお願いしゃっす」

「ちょっと班長ぉ」

「ごめんごめん。判子って、つい忘れちゃうよね」


 怜はへこへこと頭を下げながら、書類に判を押す。


「ってかぁ、申請書って本来借りる前に出すんじゃないんですかぁ?」

「いや、ね、まぁそうなんだけど。でもほら、先に総務の権田橋ごんだばしさんには電話してあるから。車一台お願いしますって」

「いいからぁ、よそに迷惑かけないでくださいー」


 一見、ギャルにしか見えないひばりだが、意外にもしっかりしている。


「じゃ、車こっちに回してくるっす」

「うん、よろしく」

「さてさて次は、新人さんを迎える用意をしておこう。ひばりちゃん、ノートパソコンは?」

「これですー」

「ありがとう。えっと、僕こういうのよくわかんないんだけど、これってもう使えるの?」

「じゃなきゃ意味ないじゃないですかぁ。ってか、パソコン準備するの私の仕事じゃないと思うんですけどー」

「うん、そうだね。でも、ほら、パートさんやめちゃって、庶務の人がいなくなっちゃったから、みんなで手分けしてさ」

「先にお礼だと思うんですけどー」

「そうだよね!ありがとう!本当に助かる!」

「なんか薄っぺらいですねー」


 言葉とは裏腹に、ひばりはくすりと笑う。


 怜の慌てた様子を見たからだろうか。妙に楽しそうである。


 それから彼女は、丁寧な所作でパソコンや他の文具を、これから来る新人の机に並べていく。


「やっぱクラッカー必要じゃないかな」

「いらないですー。みんなもそう言ったじゃないですかぁ」

「そ、そうだよね。でもほら、歓迎ムードも出るし、新人さんも嬉しいじゃないかなぁ」

「……そんなにしたいなら、歓迎会の時にでも鳴らせばいいんじゃないですかぁ」

「そっか!その手もあるね」


 怜は嬉しそうに指を鳴らす。


 何かとリアクションが大袈裟な男である。

 

「とりあえずクラッカーの話はいいんでー、班長はその新人さんに処理をお願いする書類をまとめておいた方がいいと思いますけどぉ」

「そうだそうだ。それをやらなきゃ」

「ただでさえ溜まってるんですから、少しでもやりやすいようにしてあげてくださいー」

「まったくだね」


 ひばりの指摘に、いちいち頷きながら怜は自分のデスクに向かった。


 デスクの引き出しを開けると、そこから大量の領収書が出てくる。


「あれ?交通費申請の紙って様式変わったんだっけ?」

「はい、今月からー」

「やっぱそうだ。そんな気がしてたんだよね」

「気じゃなくて、ちゃんと覚えてくださいよぉ」

「いやぁ、新年度のたびに色々変わるから困っちゃうよね。あ、2月分の領収書が出てきた!これってもうダメかな?」

「翌月締めだからダメですねぇ」

「まだ4月になったばかりだし、大丈夫じゃないかな~。ダメもとで権田橋さんに聞いてみよう」

「だからぁ、よそに迷惑かけないでくださいー」

「とりあえず聞いてみるだけ!」


 ひばりの苦言をよそに、怜は手早く電話をかけ始めた。


 もはや諦めなのだろうか。ひばりはそれ以上は何も言わず、ただ小さくため息をつき、粛々と新人のデスク整理を続ける。


「あ、お疲れ様です。処理班の黄ノ蔵です。権田橋さんいます?いる?良かった、じゃあつないでもらえますか」


 怜がひばりに向けて親指を向ける。何のパフォーマンスなのか。


「……あ、権田橋さん、お疲れ様です、黄ノ蔵です。えぇ、この前はどうも。あの店美味しかったですね、またみんなで行きましょう。あ、虎が来ましたか。車の確保ありがとうございました。え、先に?そうですよね、次から先に申請書出します。はい、その、すみません」


 下くちびるを突き出し、傾けた顔をひばりに見せてくる。


 いちいちリアクションをしなければ気が済まないようだ。


 その表情が面白かったのか、ひばりは少し口元を緩めたが、すぐさま作業に戻る。


「え~と、それでですね。ちょっとご相談が……いや、そんな大変なことじゃないんですよ。今机を見たらですね、なんと2月分の領収書が出てきまして。あ!いや、えぇえぇ、もちろん翌月締め。はい、もう締まってるのは知ってるんですよ。でもですね、ちょっと額がなかなかのものでして。そのぉ、何とかならないかなぁ~って、ほら、今日4月1日じゃないですか?だから、ぎりぎり3月とも言えなくもないかな~と」


 電話だというのに、怜は領収書を眺めながら、何度も頭を下げる。


「い、言えませんよね!えぇ、わかってます。4月です4月。4月1日は、れっきとした4月ですよね。えぇ、すみません……はい、はい……はい?え?いいんですか!?うわぁ、ホント助かりますぅ!いやぁ、さすが権田橋さん。えぇ、あとで持っていきます。はい、すみませんすみません、ありがとうございます。いやいや!これからは大丈夫かと。何せ、今日から庶務の新しい子が来ますから。え?はい、もちろんまずは僕がしっかりします。その上でですよ、その上で。もう盤石の布陣と言っても過言ではないかと。あ、忙しい?そうですよね、すみません。お時間取らせまして。えぇ、はい、ありがとうございました。では失礼しま~す」


 怜は、静かに電話を切ると、満面の笑みを浮かべ、指で丸を作った。OKサインのつもりなのだろう。


「いやぁ良かった良かった。何とか処理してくれるって」

「ホント、気をつけてくださいー」

「権田橋さんには足を向けて寝られないなぁ」


 もうすっかりお金が戻ってきた気分になったのか、怜はご機嫌に椅子でぐるぐる回り始めた。


「ちょっとぉ、何をするかもう忘れたんですかぁ?」

「え?…………あぁ、書類の整理ね、覚えてる覚えてる!」

「新人の人、そろそろ来ますよぉ」

「オッケー!大丈夫だよっ」


 返事だけは見事に返し、怜はがさがさと書類をかき回し始めた。


 見る限り、これでは片づけているのか散らかしているのかわからない。


 それとは対照的に、ひばりは極めて手際よく、てきぱきと作業を続けている。


 こちらを早く終わらせて、班長の整理を手伝わなければと思っているのかもしれない。


「こんなもんですかねー」


 班長の机はさておき、ひばりの働きにより新人を迎え入れる準備はばっちりだった。


「さすがひばりちゃんだね。すばらしい」

「そんなことはいいですからぁ、ほら早く書類の整理しますよぉ」

「よし、頑張ろうね!」

「頑張るのは班長だけですー」


 本日、新年度の訪れとともに、都市伝説処理班に新入社員がやってくる。

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