6-seis:王の示威

 深夜。佳月も眠りにつく時間にて。闇に溶け込む集団が足音を殺しながら街の境界線を踏み越えた。彼らの手には微かに届く街の光をはね返す、黒い塊が握られていた。

 殺意を拳銃ハンドガン短機関銃ウジに変えて、彼らはまっすぐに目的地へ進む。


 狙いは一つ──デ・ピート地区で縄張りを広げているマフィア集団。

 因縁などがあるわけではない。ただ邪魔だから。それだけで、血みどろの抗争を仕掛けようとしているのだ。


 先頭を歩くは紅いスーツの男──カルロ・グロッゾ。

 そしてその僅か二歩後ろを歩くのは、刀を腰に差し、漆黒のヴェールを深く被ったメイド。

 さらに彼女の後方二メートルあたりに、カルロの部下が集団をなして歩いていた。


「ボス……このメイドはなんなんですか? 全く喋らねぇし、顔もよく分からねぇで気味悪いですぜ」


 集団の中から声がした。夜だというのにサングラスをかけた男だった。

 彼らがカルロから聞かされた命令は「そのメイドの半径二メートル以内に近づくな」、それだけだった。頭領が素性の不明な女を連れてきただけでも驚愕だったのに、ワケも分からない命令が下されて不満が募っていたのだ。


 カルロが立ち止まり、顎に手を当てる。わずかに思案する表情は、部下の不満が全体から滲み出ているものかと考えていた。


「……いいだろう。彼女がどういう存在か教えておく必要があるな」


 そう言って、カルロは先ほど不満を漏らした男を手招きする。

 まっすぐ。メイドの傍を通るように。

 カルロには見えていた。彼女の半径二メートルに、殺意の境界線が引かれている。

 部下が眉をひそめながら、その境界線を一歩踏んだ瞬間。


 ド、と。

 躊躇いもなく振り抜かれた刀によって、男の体が斜めに切断された。


 どしゃり、と内臓が地面にぶちまけられるのと同時に、見守っていた部下たちから怒号が飛ぶ。


「テ、テメェッッ!」


 ジャキジャキジャキッッ! と即座に銃を構えるが、カルロが一喝した。


「銃を下ろせ」

「しかし、ボスッッ!」

「これが彼女だ──私以外の近づく者を全て斬り殺す。彼女はそういう存在で、そういう兵器なんだよ。おまえたちが彼女は何者か教えてくれと願ったんだろう? だから見せてやったんだ──怒る道理がどこにある?」

「…………ッ」

「彼女はデ・ピート地区の連中を壊滅させるため、私が用意した秘密兵器だ。彼女に銃口を向けることは私が許さない。理解したなら銃を下ろせ」


 カルロが刀を納めるメイドの肩に手を置き、宥めるように部下を見渡す。

 戸惑い、怒り──様々な感情が渦巻く空気を吸い、


「銃を下ろせと言っている。また誰かで彼女の在り方を説明してやろうか?」


 それがダメ押しとなった。

 歯を食いしばるような音が聞こえ、全員が銃を収めた。

 フ、とわずかに口角を上げ、カルロが踵を返す。


「行くぞ──連中のアジトはすぐそこだ」


 ばしゃり、と切断された部下の血だまりを踏みしめる音が夜空に響いた。

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