4-cuatro:情報屋カトリーヌ

 からんころん、とベルが軽やかに鳴る。

 翌日、メイドの存在が忘れられないカルロはまだ昼だというのにカトリーヌの店に足を運んでいた。手にはスーツケースが握られている。

 彼女の店は夜にしか開かないため、今は無人──。


「あらぁ? カルロじゃない。どうしたのこんな時間に。まだお店開いてないけど」


 いや、いた。カトリーヌが受付に座って何やらクリップボードを見つめている。服装は昨夜の派手な衣装ではなく、襟付きのシャツに黒のパンツと、どこかスタイリッシュな装いだった。


「カトリーヌ、こんな時間にすまない。だが、今は夜の蝶ではなく──情報屋としての君に話を聞きたい」

「ふぅん──女関係?」

「正解だ」

「おっけー。奥に来て頂戴」


 ボードを受付において、手招きでカルロを誘導するカトリーヌ。

 微塵も疑問に感じる様子もなく、彼は招かれるまま奥へ進んだ。


 情報屋カトリーヌ。


 カルロはこの街を裏から支配するにあたって、いくつもの情報源を確保している。

 その一つが彼女だ。夜と女に関しての情報量で彼女の右に出る者はいない。

 夜は蝶として水商売の中で情報をかき集め──昼は入手した情報を売って稼ぐ。これが彼女のライフスタイルであり、カルロが懇意にしている理由である。

 彼女としてもカルロという強大な勢力をバックに持つことで、店の安全を確保しているのだ。


 煌びやかな装飾が施されたフロアを抜けて、案内されたのは黒と白で整えられたシックな部屋。黒艶が眩しい長方形のテーブルを挟んで、二人程度なら余裕で座れそうな黒革のソファが置かれている。二人はそれぞれのソファに腰を掛けた。膝に両肘を置いて項垂れるようになるカルロとは対照的に、カトリーヌは足を組んで頬杖をついていた。


「さて──何の情報が欲しいの?」


 言うや否や、カルロはスーツケースをテーブルに置く。カトリーヌが中身を確認すると──大量の札束が隙間なく敷き詰められていた。高級車一台を買ってお釣りがくるほどの金額だ。

 彼女は思わず目を丸くした。

 普段、鋼のように冷たく落ち着いた彼がこんな挙動を見せるなんて──そんな、予想外の一面を見たことで呆気に取られていた。


「へぇ……」


 しかし、すぐにクスリと破顔する。


「意外だわ。あなたにも焦る気持ちがあるなんてね」

「…………」


 カルロは何も言わない。それは肯定と同義だった。


「しかも女関係でしょ? 妬けちゃうわ。私より夢中になるコがいるなんて」

「冗談はよしてくれ」


 彼の声色に余裕はない。

 それで本当に異常事態なのだとようやく察したカトリーヌは崩れた態度を正した。


「──それで? どんな女?」

「メイドだ。伝統的クラシカルなロングスカートに、深く被った黒のヴェール。おそらくは……顔の上半分を黒い布で覆っている。さらには刀だ。剣ではない。東洋の侍が持っているような刀を提げていた」


 昨夜、街灯に照らされた奇妙な存在を脳裏に浮かべる。

 続けざまに浮かび上がってくるのは、不埒な酔っぱらいを一瞬で斬り捨てる凄惨なシーン。


「異常な強さだ。太刀筋どころか──動きの気配すら感じられなかった」

「……、メイドねぇ」

「心当たりはないか?」


 縋るようにカルロが面を上げる。カトリーヌからしたら庇護欲を掻き立てる表情に思わず母性がくすぐられるが、今は仕事だと気を取り直したところで、


「──そういえば……最近、こんな話を聞いたわ」

「話……?」

「ええ。殺人メイドの話」


 カトリーヌがパンツの後ろポケットから煙草と火種を取り出した。鉄が摩擦するような音とともに勢いよく火が灯る。


「ふらふらと道を歩いては、近付いてきた存在を片っ端から斬り殺すのよ」

「何──」


 カトリーヌが紫煙を吐き出し、一つ呼吸を入れた。

 咥え直し、再び口を開く。


「善悪問わず、剣の間合いに入ればみんな即死──そんなことをぼやいていたお客さんがいたわ。確か、メイド服を着ていた……顔は見えなかった。そんなことも言ってたっけね」

「善悪問わず……皆殺し、だと」


 どうしてそんなことを──という疑問が顔に出ていたのか、カトリーヌは続けて、


「どうやらそのメイドさんには骨董品好きのご主人様がいたみたいでね。だけど、メイドさんが留守にしている間に──ご主人様は殺されてしまったみたいなの。それ以降気が狂ってしまって……近付いた全ての存在を主の敵とみなしてるんじゃないか、って」

「復讐か……?」

「じゃないかしら」


 ならばあの刀は主の形見か──。

 気が狂ってもなお、無念を晴らさんと徘徊する生霊。

 それこそがあのメイドなのか。


「なるほど……この街にあのメイドが来たのは、そういうのが集まりやすい空気だから、か」

「近付けば即死。短機関銃ウジすら斬り落とす、って聞いたわ……よく無事だったわね、カルロ」

「おそらく私が無事だったのは、刃圏に入っていなかったからだ。彼女に絡んだ三人のチンピラはあっという間に神のお世話になったけどね」


 ご愁傷様ね、と呆れたように言い捨てるカトリーヌ。


「顔は上半分が見えない……目が見えていない可能性は?」

「ごめんなさい、そこまでは。実際に見えているか確かめようとしても、近付けば殺されるんだもの。確認しようがないわ」

「確かにそうか……だが、銃弾すら斬り落とせるんだろ?」

「もしくは、異常に勘が良いか。殺気や敵意に敏感だったりするんじゃないかしら」

「あり得るな……」


 自分の熱を計るような仕草で目元を覆う。

 ここまで出た情報と自分の持っている情報をまとめる。

 近付けば即死。誰彼構わず斬り殺す生粋の殺人鬼。

 そこに快楽も欲望も何もない。

 ただ殺す。

 主を殺された復讐を果たすために。

 たとえ心が壊れようとも──。

 そんな、人間としても枠から外れていると言っても過言ではない存在を脳裏に浮かべ、彼が放った言葉は。


「──欲しい」

「……え?」

「欲しいと言ったんだ。あのメイドが欲しい。あれはもはや人間ではない──兵器だ。人の形をしただけの殺戮兵器……アメリカの満月の狂人アルバート・フィッシュだよ」

「本気で言ってる? そのメイドとコミュニケーションを取ろうっていうの? だったらお腹を空かせたライオンに生肉巻いてキスする方がマシよ」

「本気さ。決定打が欲しいと君にも言っていたろう。これは天恵だよ。何が何でも手に入れる。慎重に、かつ狙った獲物は逃がさない──それが私の流儀だ」


 邪悪な笑みを浮かべながらそう語るカルロの目は、煌々と燃え盛っていた。

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