2-dos:ラグリーニヤ
──カルロが夜道を歩くここはメキシコ、ラグリーニヤ。毎週日曜に開かれる泥棒市で有名な街である。泥棒市とは、元々は強盗や泥棒によって盗んだ物を販売していたことから付いた名前だ。そんな不穏な由来の通り、治安が良い場所とはとても言えない。深夜の暗さに喧嘩を売るかのように眩しい色とりどりのネオン。明らかに煙草とは一線を画する匂いを放っている喫煙物。衣服としての機能を果たしているか怪しい恰好をした売春婦。不用心に路地へ踏み込めば身ぐるみを剝がされるか殺されるかのどちらかだ。
カルロが光の当たらない路地へちらりと目を向ければ、地面に横たわっている白いパンツスーツの足がうっすらと確認できた。彼が果たして泥酔しているのか、それとも死んでいるのかを確認する気はない。そんなことはありふれたことで、この町では子どもだって騒ぎ立てやしない日常の風景だからだ。
警察など、あってないようなものである。
地域全体に大迷惑をかけるような騒ぎにはさすがに動かざるを得ないが、場末の小屋で死体が転がっていようが、それは警察にとっては鼠の死骸が転がっているのと変わらない。いちいち目くじらを立てたところで、この街では数え切れないほど殺人をはじめとした物騒な事件が蔓延っている。対応するにも圧倒的に手が足りないのだ。
ついでに言えば、どんな悪事も賄賂を握らされて無かったことにされてしまう。
ゆえにこの街は無法地帯。
犯罪のマーケットプレイスである。
自分たちの地域で荒稼ぎをしていた野鼠を二匹ばかり駆除した彼は、死体の後処理は部下に任せて夜道を歩いている。一人で夜風に当たりたくなった。
懐から
シガーマッチで点ける方が通だというのは彼自身よく分かっているが、今は歩きながらだ。風情に欠けるかと思いながらも、今すぐ吸いたいという欲求が勝った。
「今日は祝いだ……この街の野鼠を処分できたことへの」
紫煙を肺に送り込み、堪能してからゆっくりと吐き出す。血管にまで染み渡っていくような心地が脳を痺れさせた。絶品ともいえる味わいに、心が満たされていく。
「ああ……美味い。この瞬間こそ、私は生きていると実感できるよ」
至高の香りを体中に漲らせながら、頬を綻ばせる。
「これで……この町で邪魔になりそうな不穏分子は掃除できたかな……随分と時間がかかってしまったが。まぁ制圧したと見ていいだろう」
夜空に溶けていく煙を眺めながら、現在の状況を確認する。
「やがては隣町──デ・ピート地区にまで勢力を伸ばしたいが……あそこはメキシコ屈指のマフィアがいる地域だ。そう簡単には落とせない」
いずれは縄張り争いで衝突するだろう──そんな展望を考えながら。
「決定打が欲しい。情報、兵器、戦力、金……なんでもいい。デ・ピート地区のマフィアを一掃できるだけの武器が欲しい……」
この街に関する情報源は確保している。兵器の流通も支配している。
戦力も十分……しかし、心許なさは拭えない。
徹底した用心深さを頼りに、この街を裏から支配する王にまで登り詰めたのだ。
「カルロ~。たまにはアタシの店にも寄って行ってよ~」
思案しながら歩く彼に横から声をかけたのは、長い金髪をかき上げる長身の女。衣服は紫のラメのタイトなドレス。上にはファーの付いた白のコートを羽織っていた。水商売で磨き上げたコケティッシュな流し目でカルロを誘惑する。
「やぁ、カトリーヌ。今日も綺麗だ。せっかくの誘いは嬉しいけど、今日は遠慮しておきたいかな。
「んもう、つれないわねぇ」
そう言ってカルロが通り過ぎようとし、
「あれ? カルロ~、今日吸ってる葉巻、なんかいつもと香り違くない?」
「ああ、これかい? これは祝い事の時にしか吸わない特別なヤツなんだ」
「ふ~ん、良い香りね。上品」
「だろう? 半年前だったかな。大きな仕事を終えた時に拾ったんだ。良い香りだったからついもらってしまったが……どこにも売っていなくてね。貴重品なんだよ」
「ええ? そんなことあるの? まさか自家製?」
「だとしたら、本当にもったいない仕事だったよ」
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