第29話・大規模討伐3
林の入口に積み上げられた材木の山を見つけると、トラ猫は木の表面でバリバリと爪を研いた後、その上へと得意げに飛び乗って遊んでいた。
「あ、やっぱ無理だよなー」
虎の子供に探して貰おうなんて冗談も過ぎたなと乾いた声で笑って、マリューとシンバは林の奥に向かって歩き始めた。エルも、そう上手くいかないかと残念そうにしながら、その後を追った。
「ティグ、これからオオワシ――大きな鳥を探すんだけど、気配とかは分からないかな?」
そもそも、オオワシという固有種名が通じなかったんじゃないかと、ジークは猫に問い直してみる。以前の薬草採取の時も、葉の特徴を伝えるとすぐに分かってくれたのだから万が一ということもある。
木の枝にじゃれて遊んでいた縞模様の猫は、ジークのところへ戻ってくると、足元に擦り寄ってきた。そして、栗色の髪の青年を見上げてから、その視線を暗くなり始めた空へと移した。ピクピクと厚みのある耳を動かし、林の中の音を探っていく。
「にゃーん」
「見つけた?」
一鳴きした後に走り出した猫の後ろを、ジークは見失わないようにと追いかけた。急に行動開始した彼らに気付いた他のメンバーも、行きかけていた道を戻り、後に続いてきた。がむしゃらに探し回るよりは、獣の勘の方が信用できそうだ。
「見つけたのか?」
「そうみたい」
木々の合間を縫って、積み重なった落ち葉に足を取られないよう注意しながら、4人は林の奥へと走り続ける。魔の森とは違い、人の手が入った林は材木に加工する為に枝打ちされている分、進路を遮ってくる物が少ないだけ随分とマシに思えた。
まだ人の手が入っていない本来の自然の姿が残っている奥深い所へ着いた時、前を走っていたティグが歩を止めた。
ジークは出来るだけ足音を立てないよう気を付けながら猫の傍に寄ると、身体を木に隠すようにしてティグの視線の先を伺った。
複数の倒木が乱雑に積み重なった中にあったのは、大きな鳥の巣。――巣を護るように集まっている倒木は、自然に朽ちたのではなく、親鳥によって倒されて集められたようにも見え、オオワシは魔鳥の中でも知能が高いというのは本当のようだ。
「親鳥は?」
「今はいねえな」
「卵ってどうしろって言ってたっけ?」
「見つけたら割れって言ってたよな」
ヒソヒソと声を落としながら、成鳥の戻りを待つ。マリューは背負っていた弓を手に持ち換え、いつでも射れるようにと空を見上げていた。エルも杖を持ち直し、弓使いと並んで夜空を注視している。
「オレ、お前らが落としてくんねえと出番ないから」
そう言いながらも、シンバは腰に携えた剣に右手を添えていた。まだ見ぬ大型の魔鳥は巣がある限り必ずこの場に戻って来るのだ、耳を澄ませてその翼音が聞こえてくるのを待つ。
ジークから褒めるように頭を撫でられて満足顔をしていた猫は、周辺の匂いを嗅いだりとしばらくは自由に歩き回っていた。が、その耳が再びピクピクと動いたすぐ後、バサバサという大きな翼を羽ばたく音が4人の耳にも届いた。
「きた!」
すっかり暗くなった空に、月光を遮るほどの大きな影が姿を現した。体調2メートル超えで、広げられた翼を入れるとその倍の大きさもあるオオワシは、自らの巣の上空を旋回していた。
「気付かれてるな、あれ」
「でも降りてくるだろ、巣があるし」
降りて攻撃してくることはあれど、親鳥が卵を見捨てて逃げていくとは考えられない。出来るだけ低い位置まで降りて来たところを、弓と魔法で攻撃するつもりでいた。上空に視線を固定して、タイミングを計る。
弓を引き、いつでも射えるようにと構えていたマリューが小さな叫び声を漏らした。
「あ、ごめん」
魔鳥の大きさに圧倒され、小刻みに震え出した指先が思わず弦から離れてしまった。中途半端な勢いで飛んでいった矢は旋回しているオオワシにはかすりもせず、弧を描いて落下していった。
その結果、冒険者が潜んでいる正確な場所に気付いた魔鳥が、こちらめがけて急降下を始めた。ギィギィと甲高い威嚇の声を上げながら、男達に掴み掛かろうと鱗が覆った脚先の鋭い爪を向けてくる。
「ちょ、来るぞ!」
落とされる前に向こうから来るなんてと、剣を構え直すシンバ。エルは魔力を杖へと集中させ、マリューは新しい矢を構え直して真正面から来る対象に向けて弓を放つ。放たれた二本目はオオワシの胸に突き刺さったが、細い矢の存在くらいでは魔鳥の飛行の妨げにもならなかった。
あまりの頑丈さに「マジか」とそう誰かが声を漏らした時、ジークが右手を振り下ろして風の刃を魔鳥めがけて撃ち放った。一度目の攻撃でぐらりと身体を傾けたオオワシに、もう一度繰り返して撃つと、2メートルの巨体は地響きを立てて地面に落下していった。
「お、もう死んでるわ。オレ、何も出番無かったんだけど……」
剣を構えながら生死確認に近付いたシンバが半笑いで報告すると、杖を構えただけで何も撃てなかったエルも笑って同調していた。
「まあ、ジークが一緒って時点で予想はできたけどな」
「せめて卵くらい割らせてくれ」
まだ雛になりかけてもいない生まれたてのオオワシの卵を、シンバは剣の先で叩き割る。一抱えもある大きな3つの卵を全て割り終えると、どろっとした卵液が付着した剣先を嫌そうな顔をしながら布で拭っていた。
「これ、討伐証明はどうすんだっけ? てか、自分らの拠点が終わったらどうすんだっけ?」
「確か、素材になるから口ばしを持って帰って来いって言ってたと思う。あと、持ち場が終われば終了だったはず」
硬い口ばしを何とか切り落とすと、4人はティグに先導されて来た道を戻った。案内役として十分な働きだったと男達に褒められて、トラ猫は尻尾を伸ばして得意げに帰路の先陣を切っていた。
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