第3話・はぐれ魔導師
宿泊者に冒険者が多い宿は朝が早い。割の良い依頼と、強そうな協力者を求めて誰よりも早くギルドに行く為だ。
シュコールの冒険者は基本的にはソロ活動をする者が大半。固定のパーティを組んでいるのは昔馴染みだったり、兄弟だったりと何かしらの縁のある者同士が多い。
なので、受諾条件のある依頼を受ける為に、即興の寄せ集めパーティに日替わりでというのが当たり前。一度でも組んでみて、相性が良ければまた誘い、誘われる。当然、評判の良い冒険者は争奪戦になることも。勿論、反対もしかり。
この日替わりのパーティ参加を何度か繰り返した頃だろうか、ジークにはパタリと声が掛からなくなった。希少な魔法使いにも関わらずだ。
誘われないなら、こちらからとソロらしき人に声を掛けかけても、まるで彼のことが見えていないかのように避けられてしまう。
――俺、何か失敗した?
誰かと一緒に依頼を受けた時は、きちんと作戦に従って行動してたはず。魔法を外したこともないし、全て一撃で討伐できてる。嫌煙されるような失敗を犯してはいないつもりだ。
でも、明らかにギルド内では浮いた存在になっていた。誰もがジークとは組みたがらない。
何故だろうと不思議に思いながらもソロの依頼を探している時、同じようにボードを囲んでいる者達の中で、初日に一緒になった大剣持ちの姿を見つける。短剣使いと組んでいた男だ。初見よりも声が掛けやすいと、ジークは面識のある大男に駆け寄っていく。
「やあ、今日は後衛は必要ない?」
「お、おう……久しぶり」
彼が手に持っている依頼書をちらりと見ると、前と同じような群れの討伐案件だった。ソロ案件ではないから、これから仲間探しするんだろうか。是非一緒にと言うと、大剣持ちは勢いよく首を横に振り返す。
「いやいや、ジークが強すぎて、俺ら足手まといになるだけだしさ」
「そんなこと……」
「ほんと、俺ら、ただ見てるだけになっちまうからさ」
すまん、他を当たってくれと、逃げるように人だかりの中に消えていく。その後ろ姿を見送りながら、ジークはふぅっと溜め息をついた。彼の言葉に、全てを察した。
そうか、そういうことだったのか、と。
――1人で全部倒したらダメ、だったんだな……。
結果さえ出せば良いのかと思っていたけれど、ここでは皆で協力し合う過程が大事なようだ。倒せるやつが倒せばいいと思ってたけれど、そうじゃなかったらしい。報酬の分配の際の気まずい雰囲気はそのせいだった。そんな単純なことに、今までどうして気付かなかったんだろうか。
冒険者の街シュコールに来てから数週間。日替わりパーティの輪からは完全に外れてしまった。彼と直接組んだことがなくても、少しでも噂を耳にした者からは露骨に避けられるようになった。
諦めたように小さく溜息を吐くと、ジークはソロで出来る依頼を求めて、張り出されているボードを再び見上げる。
一人で受けられるのは単体の討伐か薬草採取か、それとも護衛依頼くらいだろうか。手頃そうなのを数枚選ぶと、受付へと向かう。割は良くはないが、数をこなせばそれなりにはなるはずだ。遠巻きに感じる微妙な視線は、これまで彼と組んだことのある冒険者達からだろうか。
森の中で完遂できる薬草採取と魔獣の討伐依頼を合わせて受けたので、ジークは生まれ育ったグラン領にある魔の森の中を歩き進んでいく。目指すのは奥深くにある洞窟。その周辺に生息すると言われる植物は麻痺などの状態異常に効く薬の材料になるらしい。
それと同時に、その洞窟に巣食っている熊型の魔獣の討伐依頼も受けてきている。魔獣の繁殖期を過ぎたばかりだから、もしかすると子供を含めた群れを相手にすることになるかもだが、親と子だけならソロでも何とかなるだろうと、この依頼に関しては受諾条件は付いていなかった。
洞窟の近くまで辿り着いてみたが、周辺には魔獣の気配は感じられ無かった。なので、目的の薬草を探っては手持ちの麻袋の中に放り込んでいく。群生とまではいかないが、数か所に固まって生息していたので、思っていた以上に採取が捗り、すぐに必要分が集まった。
「んーっ、こんなもんかな」
しゃがみ込んでの作業が終わると、腕を上げて身体を伸ばす。薬草を詰め込んだ袋の口をきゅっと結んで、背中に負う。護身用の短剣くらいしか武器を持たないジークは森の中を彷徨うには身軽な装備だった。自然との接触で擦り傷ができないよう厚めの編み上げブーツを履いて、黒のローブを羽織っている以外は完全に街歩きできそうな恰好だ。武具を誇示して大通りを闊歩している剣士達と比べれば、あまり冒険者らしくないかもしれない。
後は魔獣討伐だな――洞窟へと近づいてみるが、やはり何かが居る様子では無い。巣の外に出ているだけなのか、それとも住処自体を変えてしまった後なんだろうか。
どちらにしても見つけられなかったら、翌日に持ち越しになってしまう。
困ったな、と栗色の前髪を掻き分けながら、洞窟の周辺に魔獣の痕跡が残っていないかを確認していく。糞や足跡があれば、最近までは居たかくらいは分かるはずだ。
手頃な小枝を拾って、それで草や枯葉を避けながら洞窟周りの探索していると、ジークの後ろから複数の獣の足音と唸り声が聞こえて来た。
「きたっ!」
探していた熊型の魔獣だ。二メートルもありそうな大型のは親だろう、その横には子供が3匹。子供とは言え親の半分の大きさはあるし、獰猛な唸り声を上げて今にも飛び掛からんとジークを狙っている。その鋭い爪を振り下ろされたら、一溜りもない。
だが、魔獣の親子が太い四肢でこちらへ向かって来るよりも、ジークが魔法を発動するのが早かった。紅蓮の炎が4匹を囲い、四本の炎の柱がその肢体を焼き尽くす。
横たわる魔獣の群れを見下ろして、ギルドに提出する討伐証明になりそうな部位を選別していると、親の前足の一本がピクリと動いた気がした。
「あれ、まだ生きてる?」
瀕死の状態なのは間違いないけれど、念の為に近付いて確認してみるが、さらに動く気配はない。最後の力の一絞りだったのだろうか。
ホッとして気を緩めた、まさにその時だった。真後ろから黒い大きな影がジークを覆ってきた。獣の息遣いが感じられるほどの近さまで、全く気付かなかった。
「なっ?!」
もう片方の親だろうか。先に倒した物よりもさらに大きな魔獣は、太い前足の鋭い爪をジークの頭めがけて振り下ろしてくる。
油断――敗因はそれ以外に無い。視界に入っていた4匹を討伐することしか考えていなかった。そして、彼が魔法を放つ余裕が無くなるほどに、接近させてしまった。
意地になってソロで行動した自分が悪かったんだ。もうダメだとジークが諦めた時、不思議な鳴き声が耳に入ってきた。
「にゃーん」
初めて聞いた可憐な声に意識を奪われた、次の瞬間のことだった。彼を襲おうと前足を上げていたはずの、大型の魔獣が視界から消える。獣が居たはずの場所には、黒い消し炭だけが転がっていた。
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