第2話・冒険者の街

 シュコール領の中心街は高い石壁にぐるりと囲まれている。一抱えもある大きな石が積み上げられてできた外壁は、隣接する魔の森から魔獣が侵入してくるのを防ぐ為に先人が作り上げた物だという。

 その壁の四方それぞれに検問所があり、往来する人を常に監視していた。


 日が暮れる前に街へと着いたジークは、検問所で馬を降りて荷物検査を受けていた。幌馬車に商品をぎっしりと積み込んだ商人や、大きな鞄を背負った旅人など、彼と共に検問所で足止めされている人々の風貌は様々。それだけで、この街の賑わいを感じ取れる。


「シュコールへはどういったご用件で?」

「冒険者になる為に」


 聞かれるまま正直に答えると、検問人からは露骨に驚いた顔を向けられた。至って真剣なジークの様子に、検問人は小さく鼻で笑って返すと、それ以上のことは聞いては来ない。趣味の悪い冗談だと軽く流されたようだ。


「良い観光を」


 検問所を出る時に掛けられた声に、どこぞのお坊ちゃんが気まぐれに旅行に訪れたのだと思われたことに気付き、ジークは軽く落ち込む。

 宿屋に着いても同じだった。頼んでもいないのに広い角部屋を用意され、食事も他の宿泊客とは離れた静かな席へと誘導されてしまった。


 せっかく冒険者らしいローブをあつらえたのにと、他のテーブルで食事している冒険者風の者達と自分とを見比べてみる。そして、すぐに違いに気付いて呆れ、己に向けて小さく苦笑を漏らす。


「ギルドに行く前に、買い直しだな……」


 いくら冒険者風のデザインで誂えてみても、領主御用達の店が扱うのは上質の生地だ。丁寧な縫製とムラの無い染めが施され、ジークの寸法に沿って作られた丈夫で洗練された衣服。どう転んでも、冒険者のような荒くれ者に見える訳が無い。

 家から持って来た物はほとんどを処分して、改めて現地調達をするしかないようだ。


 慌てて朝一で買い揃えた服に着替えてから訪れた冒険者ギルドは、熱気に溢れていた。依頼の張り出されたボードには人だかりが出来ていて、割の良い依頼の取り合いだろうか怒声も聞こえてくる。


「では、こちらのプレートは身分証明になりますので、必ず身に着けるようにして下さい」


 冒険者登録が終わって手渡されたプレートはネックレス型だった。親指大の銅板に名前と生年月日、出身地が彫り込まれている。希望すればブレスレット型にも代えてもらえるとのことだったが、腕に付けると魔法の発動に影響があるかもと変更はしなかった。


 初めての依頼は何にしようかと、人だかりを押し分けて依頼ボードを眺めてみる。少し緊張しつつ、端から順にゆっくりと目を通し、報酬の相場を確認していく。案件の難易度や報酬の高さなどといったものを無視したごちゃ混ぜの掲示は、どうやら先に見つけた者勝ちのようらしく、ジークが見ている間にも次々に横から手が伸びてきてボード上から消えていった。


 ――やっぱり、最初は薬草採集とかが定番なんだろうか……?


「なあ、お前、魔法使いか?」


 ジークにも見分けられる薬草の採集依頼が無いかと探していると、後ろから肩を叩いて声を掛けられた。振り返ると、大剣を背負ったのと短剣を携えた男の二人組。大剣の方はジークより頭一つ分は背が高く、かなりの大柄だ。幅広の大剣を振り回しているだけあり、装備の上からでもその二の腕の太さが伺い知れる。反して、短剣持ちは細身で小柄だったが、鋭い眼光でジークのことを品定めするようにじっとりと見ていた。二人ともベテラン冒険者といった風情で、自信に満ちた余裕の笑顔を浮かべている。


「俺ら、受けたいのがあるんだけど、前衛だけじゃダメらしいんだわ。一緒に行ってくんねぇ?」


 報酬はちゃんと分けるからさ、と大剣持ちが人懐っこく誘ってくる。詳しい内容を確認すると、中型の魔獣の討伐依頼らしく、薬草採取よりもかなり割が良さそうだ。何より、こっちの方が冒険者っぽい。ジークは二つ返事で受けることにした。


 冒険者になって二年目だと言う彼らから、ギルドのことなどを教えて貰いつつ、乗り合い馬車で依頼場所である小さな村へと向かう。


 隣接するグラン領の森から近い場所にあり、そちらから魔獣が流れて来るのだろう。そして、前衛だけのパーティでは危険とされているのなら、群れで出てくる可能性があるということ。


「見つけたら、まずジークが魔法で。その後は俺らが切るわ」

「分かった」


 魔法の先制攻撃で多少なりとダメージを与えたところで、前衛の二人がトドメを刺す。それが彼らの作戦のようだ。効率的な連携で、彼らが戦い慣れていることがよく分かる。


 少し森に近いところまで行くと、魔獣はすぐに現れた。予想通りに群れで。六匹の猪に似た魔獣達がこちらに気付いて突進しようと唸り声を上げた時、二人と目配せしてから、まずは作戦通りにジークが魔法を放った――次の瞬間、紅蓮の炎が群れを包み込む。ごうっという轟音と共に、真っ赤な炎の柱が三人の目前に出現する。


「マジかよ……」

「何だよ、あれ……」


 大剣と短剣を構えていた二人は、目の前の光景に言葉を失っていた。

 数秒前には唸り声を上げていた魔獣は、炎の消失後には一匹残らず黒こげになって横たわっているのだ。

 依頼は完了。二人の剣に、一切の出番は無かった。


 無事に討伐を終えてのギルドへの帰り道、なぜか二人は無言だった。そして受け取った報酬は三人だから三等分かと思っていたら、まさかの二等分を提案される。彼らが言うには、「俺らはパーティだし、二人で一人分でいいわ」ということらしい。


 初日からいきなり良い人達と組めたな、と充実した気分でジークは宿屋へと戻った。


 翌日も勿論、朝からギルドに顔を出した。依頼を探していると、また別のパーティから声を掛けられた。

 昨日の二人から聞くところによると、魔法使いは少ないから見つけたもの勝ち、らしい。


 この日に誘って来たのは、斧と剣の二人組だった。彼らはさらに弓使いも誘って、四人で森の奥で大型魔獣の討伐に行かないかということらしかった。

 前衛と後衛が半々というのも面白そうだなと、ジークは参加することにした。


「へー、グランから来たんだ。なら森は慣れてそうだね」


 親は狩人だという弓使いに、狩人と冒険者の違いって何だろう? と質問してみると答えられずに首を傾げていた。依頼を受けてから狩るか、狩ってから売るかの違いか。どっちも似たようなことしてるけどね、と弓使いは曖昧に笑っていた。


 この日の討伐対象だった魔獣は、森の中を半日ほど歩いた場所にいた。

 魔法、弓、剣の順番で攻撃していこうとなり、まずはジークの魔法から。彼が軽く手を振り上げただけで、炎の柱が冒険者達の前に立ち上る。

 あっという間に紅蓮の炎に包まれて横たえた魔獣を、三人は呆然と見ているだけだった。


 帰り道でたまたま遭遇した小型魔獣も、彼らが剣や弓を構える前にすでに黒コゲになっていた。

 この日の報酬もジークだけ少し多めに分けてもらえたのは言うまでもないだろう。

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