第16話 17

 目覚めると、そこは良く見知った俺の寝室のベッドの上で。


「……前もこんな事あったな」


 俺が呟きながら視線を移すと、あの晩同様に。


 テラスへと続く大窓の前――やはりユメがそこに立っていた。


 白の月ディオラに照らし出されて振り向くユメは、やはり幻想的で。


「――おはよう、オレアくん」


 けれど、口を開くと途端にそんな雰囲気はダメになるんだよなぁ。


 本当に残念な女だ。


 いつもの微笑を浮かべてベッド脇までやってきたユメを見上げて。


「……あれからどのくらい経った?」


 身体中がだるくて、起き上がれない。


 だから、俺は寝そべったまま尋ねた。


「三日ほどかな。

 みんなはまだウォレスだよ。

 ロイドくんの指示でね。

 わたしだけ君を連れてお城に帰ってきたの」


 長距離転移を散歩感覚で行えるユメなら、そうすることもできるか。


 ユメは俺の横で両手で頬杖突いて続ける。


「<亜神>の爆侵地の浄化は、セリスちゃんが中心になってもう始まってるから安心してね。

 帰ってきた日には、ソフィアちゃんが大聖堂にお願いしたから、浄化団ももう到着してると思う」


 そうか。


 ソフィアが動いてくれてるなら、任せて大丈夫だろう。


 それからユメは、他の連中もまた、ウォレス復興の為に動いていると教えてくれた。


 なんせ街のすぐそばで<亜神>が発生したわけだからな。


 街壁があったとはいえ、衝撃で街にも被害が出たらしい。


 怪我人も相当出たそうだが、死者は出なかったと聞いて、俺は安堵した。


「……ミレディはどうした?」


「君と一緒に運んできたんだけど、あの子も意識が戻ってないんだ。

 今はコラちゃんに看てもらってる。

 コラちゃんなら、あの子がもし暴れても、どうとでもなるでしょ?」


 まあ、そうだな。


 ミレディは<亜神の卵>を何処からともなく取り出した。


 <道具袋インベントリ>とか言ってたっけ。


 あれも<叡智の蛇>の技術なのだろうか。


 とにかくあの手で、他にもなにかヤバいモノを隠してたとしても、コラーボ婆のトコにいるなら、大した事はできないだろう。


 意識が戻ったら、あいつとはよく話して。


 それから……あいつの望みを叶えてやらなくてはならない。


「約束したからな……」


「……そういうトコだよねぇ」


 まるで俺の考えを読み取ったように、ユメは両手に顔を乗せて微笑む。


「なにがだよ?」


「んーん。なんでもないよっ!」


 より笑みを濃くして、ユメは首を振った。


「そんな事よりさ。

 そのミレディちゃん。

 まさか大怪異となったのに人として帰って来るなんて、わたしびっくりしたよ。

 オレアくん、君はね、正真正銘の奇跡を起こしたんだ!

 コレは誇って良いことだよ」


 興奮気味に、ユメは語る。


 かつてユメが出会った<亜神>――大怪異もまた、人が成ったものだったのだそうだ。


「彼はお姉ちゃん達の先生だった人でね。

 調伏はできたけど、お姉ちゃん達はすごくすごく悩んで、苦しんでさ……」


 ユメは少し表情を曇らせて、そう告げた。


「けどね。

 けど……君はミレディちゃんすら救ってみせた!

 これがどれだけすごい事か、きっとこの世界の人には誰にもわからないと思う。

 だから……だからね!

 わたしだけは君を思いっきり褒めてあげるんだ!」


 ――あ、おいっ!


 ユメのヤツ、俺が動けないのを良いことに、抱きついてきやがった。


「――世界の法則を壊してくれてありがとう。オレアくん。

 新たな法則が生まれたからね。

 これからはたとえ<亜神>に成ってしまっても、救われる人が出てくるはずだよ」


 桜に良く似た柔らかな香り。


 ユメの涙ぐんだような震える声に、俺はなにも言えなくなってしまう。


 ……なんだよ? 泣いてんのか?


 俺は世界の法則がどうとか、そんなつもりはなかったけどな。


 ただ、あのままミレディを見捨てるのは違うと思って動いただけだ。


 誰かを想って凶行に走り……そのままやり逃げされるのがムカついただけなんだよ。


 どうせなら、ラストはみんなひっくるめて、めでたしめでたしが良いだろう?


 そんな事を考えているうちに。


 俺を抱きしめるユメの鼓動が心地よくて。


「……どうせ君の事だから、朝になったらまた動き回るんでしょう?

 このままおやすみ。

 ……お疲れ様、オレアくん」


 そんなユメの言葉を聞きながら、俺は再び眠りに落ちた。





 ――翌朝になって。


 部屋にはユメはすでに居なくなっていて、俺は手早く身支度を整えた。


 ドアを開けると、ユメに聞いたのか、ソフィアをはじめとして、俺と親しい女達が立っていて。


「――やべっ!」


 俺は思わず廊下を駆け出した。


「――やべってなに!? 

 待ちなさい! 殿下っ!」


 ソフィアの声を背に受けながら、俺は一気に城の回廊を駆け抜けた。


「……んで、我んトコに逃げて来たと?」


 やって来たのは、いつ訪れても良いように用意してある、サヨ陛下用の客間で。


 朝も早いってのに、陛下はウチの侍女使ってコーヒーを愉しんでいた。


 ……よかった。居てくれたよ。


 ドアを押さえながら呼吸を整える俺に、サヨ陛下は呆れたように尋ねる。


「いや、あいつらが俺を慕ってくれてるのは嬉しいんですけどね……

 その……気恥ずかしいと言いますか……顔を合わせづらくて……」


「おや、ついに自覚したか?」


 そう言うって事は、陛下はとっくにご存知だったという事か。


 陛下は優しく目を細める。


「……良い旅だったようだの」


「ええ、まあ。

 ただ、もうひと仕事残ってまして」


 そうして俺は、陛下に事情を説明した。


「――我を護衛代わりにしようとはの……」


 再び陛下は呆れたように呟き、それからカップに残ったコーヒーを一息にあおった。


「まあ良い。それでは行こうか」


 と、陛下は俺の手を握り、転移魔法を喚起する。


 景色が揺らぎ、次の瞬間には目的地だ。


 跳んだ先は、王都郊外にある要人幽閉塔だ。


 入り口は無く、各階を繋ぐ階段もない。


 転移のみで出入り可能なこの塔は、王族や国家規模の凶悪犯を収監するために存在する。


 食事を運ぶ看守は、専用の転移陣で各階の廊下に転移するようになっている。


 陛下が運んでくれたのも、その廊下のひとつで。


 俺は鉄扉をノック。


 返事はすぐにあって、俺はドアを押し開ける。


 転移陣起動用の専用札がなければ、どこにも行けないからな。


 ドアには鍵なんて掛かってない。


 寝台と書机があるだけの、簡素な部屋だ。


 唯一の窓は書机の前にあって、王城のある湖を望む事ができた。


 そんな部屋の奥。


 書机の椅子に腰掛けて、そいつはいた。


 ――ラインドルフ。


 本を読んでいたのか、開きっぱなしの一冊が置かれている。


「……ご無沙汰しております、サヨ陛下、オレア殿下」


 まるで憑き物が落ちたような顔つきで、ヤツは俺達に頭を下げる。


 そうなんだよ。


 こいつさ、あの一件以来、すっかり人が変わっちまって。


 まあ、衝撃的な出自を聞かされて、国からも部下からも見放されてさ。


 あげく信奉してた組織の創設者にまで歯向かってたなんて現実を突きつけられたら、変わりもするか。


 散々イキってたのに、そのイキる根拠が瓦解したんだもんな。


 拷問なんてするまでもなく、審問官の質問には素直に答えてるそうだ。


 ……人は変わる。変われるんだ。


 それを俺は、今回の旅で学んだ。


 そして、決して変わらないものもあるということも、な。


 だからこそ、俺はここに来たんだ。


「――ラインドルフ。

 おまえに会わせたい奴がいる」


「私に?」


「ああ」


 短く答えて、俺はサヨ陛下に目配せする。


 陛下はそれだけで察して、転移を喚起してくれた。


 跳んだ先は、コラーボ婆の小屋で。


 コラーボ婆は竜の姿でうつ伏せで寝ていて、一度薄く目を開いたけど、まるですべてを察しているかのように笑みを浮かべると再び目を閉じた。


 ラインドルフは促されるままに、小屋に入って。


「……ミレディ……なぜここに……」


 部屋の奥のベッドに寝かされた彼女を見つけて、短く呟いた。


 ミレディとラインドルフの関係性に気づいて調べさせた時。


 ラインドルフは素直に語ったのだという。


 <叡智の蛇>の<執行者>として優れた能力を持っていたミレディは、<使徒>として動いていたラインドルフと行動を共にする事が多かったのだという。


 そしてミレディの恋心を察しつつも、ラインドルフはあくまで<使徒>として――仕事上のパートナーとして接していたんだそうだ。


 まあ、当時のラインドルフはハーレムし放題だったからな。


 ひとりの女に入れ込むなんて、考えられなかったんだろう。


 やがてホルテッサに混乱をもたらす為、ミレディをログナー家の養女として送り込み。


 有力貴族――あわよくば王太子である俺を誑し込んで、裏からホルテッサを牛耳るように指示していたんだそうだ。


 自分に惚れてる女にハニトラさせるとか、とんだ外道もあったもんだ。


 それに従ったミレディもミレディだが、いったいどんな気持ちだっただろうか。


「……こいつはさ、それでもおまえの為に――」


 今回のミレディの一件を説明してやる。


 話を聞き終えたラインドルフは、よろよろと寝台に眠るミレディに歩み寄った。


「……わかるか?

 すべてを失ったおまえにも、まだ残ってるものがあったんだよ」


「――はいっ!

 はいぃ……」


 ミレディの手を握り締め、ラインドルフは嗚咽を漏らす。


 そうさ。


 世の中、やり直しの利かない事なんて、そうそうあるもんじゃない。


 俺はそう信じたいし、人は何度だってやり直せるって思いたいんだよ。


 ……そうだよな。セリス。


「……人は変われるんだ。

 おまえ達もそれを信じさせてくれないか?」


 俺の問いに、ラインドルフは涙をこぼしながら何度もうなずく。


「――ライン……ドルフ様?」


 と、ミレディがうっすらと目を開き、彼の名前を呼んだ。


「ミレディ! すまない!

 私は……本当にすまない!」


 彼女の名前を呼び、何度も謝罪するラインドルフに、俺はこみ上げてくるものを押さえられず、背中を向ける。


「……約束、守ったからな。ミレディ……」


 呟いて、俺は感傷に浸る。


 さて、こうなっちまったら同盟会議での、ラインドルフの処遇に根回しが必要になってくるわけだが……


 そんな事を考える俺の背を、サヨ陛下が突く。


「感傷に浸るのは良いが、ここは我に任せて、そなたは離れた方が良いかもな」


「――は?」


 と、その時、小屋の入り口が開かれて。


「――見つけたわ! 殿下!

 なんで逃げるのよ!?」


 ソフィア達が仁王立ちになって叫ぶ。


「……人は変われるとか、誰かが言ってたようだが、そなた、どう思う?」


 サヨ陛下は意地悪な笑みを浮かべて尋ねてきた。


「――そんな簡単に人が変わるか! ばーか!」


 叫ぶが早いか、俺は入り口のソフィア達を押しのけて、外に飛び出す。


 手の平返し?


 知るか、ンなもん!


 このくらいのわがまま、可愛いモンだろう?


 ――俺は暴君なんだから、これくらい赦されるべきだ!





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 以上で16話終了となります。

 次は恒例の閑話を挟み、3部終了です。


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