第16話 14

 ――なにか唇が柔らかいものに触れている。


 そんな感触に、目を開けた俺は。


「――――ンんっ!?」


 すぐ目の前にセリスの顔があって驚き、慌てて身体を起こした。


「――なななな、セセ、セリスっ!?

 な、なにを!? なにがっ!? なんでこんな事に!?」


 なんでセリスがキキキ、キスなんて。


「――落ち着け、ドアホ!」


 頭をステフに叩かれて、俺は教会にいる事にようやく気づいた。


「ステフ? いったい、なにがどうなってる?」


「魔女が言うには、<亜神>が発生したんだとヨ。

 おマエは爆侵地で瘴気にアテられて、気絶してたんダ」


「そうだ! ミレディが<亜神の卵>を取り出して……

 アレからどうなった?」


 俺はどのくらい気絶してたんだ。


「今、リッくん達が時間を稼いでる」


「<舞姫>は?」


「魔女が持ってった。

 そんな事より、身体の調子はどうだい?」


 言われて俺は気づく。


「……俺、男に戻ってる!?」


 乳がなくなってて、代わりに硬い筋肉が帰ってきている。


 細くて柔らかかった腕もすっかり元通りだ。


「浄化ついでにセリスちゃんが戻してくれたんだ」


 視線を向けると、セリスは顔を真っ赤にして俯いている。


 頭を掻くと、長かった髪までもがすっかり元の長さで、俺の周りには抜け落ちた黒髪が広がっていた。


「よくわからんが……セリスの……その……キキ、キスで、男に戻れたって事か?」


「乙女が唇を捧げたんだ。

 オレアちん、こっからはおマエが気張る番だぜぃ?」


 どうやら正解らしい。


 俺は立ち上がると、セリスに手を差し伸べる。


「とにかく助かった。セリス、感謝する」


 そうしてセリスの手を掴んで立ち上がらせると、俺は周囲を見回す。


 すっかり崩れた教会跡。


 わずかに残った外壁の向こうは、濃密な瘴気が霧となって黒に染め上げていて。


 結界を張るロイドの<伯騎>に守られて、招待客が固まっているのが見えた。


 さらに視線を巡らせると、霧の向こうに巨大な――王城の尖塔ほどもの高さのある影が、鞭のような腕を無数に振るっているのがわかる。


 気絶する前に一瞬見えた<亜神>。


 あれは伸びゆく樹木のようだった。


 それが気絶している間に、あそこまで巨大に成長したのだろう。


「さて、どうすっか」


 俺は唇を舐めながら、考えを巡らせる。


 男に戻った以上、もう俺は<舞姫>は使えないだろう。


 四天王が頑張っているとはいえ、決定打には欠ける。


 ユメが<舞姫>を駆っているが、あいつの神器は攻撃向きのものじゃない。


 ……いや、だが待てよ?


 ステージが瘴気を相殺できるのを、俺は確かに見た。


「……王都の時みたいに、大規模ステージをもう一度開ければ……」


 顎に手を当てて呟いて。


「問題は、どうやってあそこまで行くか、だな」


 セリスとステフを見下ろす。


 セリスの浄化と、ステフの結界魔道器なら、爆侵地でも耐えられるだろうか。


 ならば、後は足か。


 俺はイヤーカフを押さえて、パーラに遠話を繋ぐ。


「――パーラ……三従士に命令だ」


『……へ? 三従士ってあたし達の事?

 ていうか、殿下!? 声が――』


「時間がない。三従士はすぐに集まれ。

 おまえらの働きが鍵になる」


『――は、はい!』


 パーラとの遠話を切って、俺はステフに作戦を説明。


 それを聞いたステフは。


「不確定要素が多いのが気になるけど……元々、<亜神>なんて不確定要素の塊みたいなもんダしなぁ。

 ……賭けてみるのも手っちゃあ、手なノカ?」


「四天王なら、打ち合わせなしでも俺に合わせてくれるだろ?

 これでも俺、あいつらの事、信じてるんだぜ」


「……それはユメ様も含めてですか?」


 セリスが両手を握りしめて尋ねてくる。


 こんな時になにを、と思わないでもないが。


「ああ、あいつはいつだって俺を助けてくれたからな。

 ……たぶん、信頼してる」


「それは良かったです」


 なんでおまえが嬉しそうなんだよ。


 本当に女ってヤツはわからん。


 女になってもわからん。


『――お待たせしました!』


 そこへパーラの声が響いて。


 二騎の<獣騎>と、その一方に乗った<英雄>がやってくる。


『これが瘴気なんですね~。すごく気分悪い~』


 メノアの声はどこか弱々しい。


「だから鍛錬しとけつったロ!

 結界が弱いんだヨ!」


 ステフが目配せし、セリスがメノアを<獣騎>ごと浄化する。


 パーラの方は、ライルが張った結界で守られていて、体調に問題はないようだ。


『――もう、メノアったら!

 殿下、三従士、参集いたしました』


 どうやらパーラは三従士の名を気に入ってくれたらしい。


 思いつきだったが、気に入ってくれてなによりだ。


 俺はうなずき、三騎を見上げる。


「これからおまえ達には、あそこに付き合ってもらう」


 と、指差すのは、黒霧の向こうの巨大な影。


 三人とも息を呑んだのはわかったが、文句は言わない。


「ライルとパーラは露払いだ。俺の道を切り開け。

 メノア、おまえには俺達を乗せて、<亜神>を駆け上ってもらう」


 ステフの結界魔道器で身を守りつつ、セリスが浄化して道を作る算段だ。


 四天王には、今、ステフが遠話で作戦を伝えている。


 ユメにも現場で誰かが伝えてくれるだろう。


 俺は腹這いになったメノアの<獣騎>の背に乗り、手を伸ばしてセリスを引き上げた。


 遠話を追えたステフもまた、床を蹴って登ってくる。


 腰に戻っていた紅刀を引き抜き、俺は声を張り上げる。


「――さあ、<亜神>調伏だ!」

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