王太子、女心を学ぶ

第15話 1

 唖然とするロイド達をよそに、ヴァルトは咄嗟に結界を張る。


 あいつも俺と同じくらい、挨拶代わりに蹴っ飛ばされてるからな。


 結界はリックの蹴りを防いで砕け散り、リックは後方宙返りして着地する。


「――だからこその二段構えだぜぃ!」


 直後にステフの爪先がヴァルトの顎を捉えて。


「――ガッ!?」


 ヴァルトはうめいて白目を向くと、その場に崩れ落ちる。


「お、おいっ!? さすがにやりすぎじゃねえか?」


 魔道士のヴァルトは元生徒会の仲間の中でも、ソフィアに次いで身体を鍛えていない。


 さすがにソフィアほどポンコツってわけじゃないが、腕相撲でステフに負けるほどなんだ。


「――イイから、ちょっト作戦会議ダ!」


 思わず駆け寄ろうとした俺の手をステフが引っ掴んで留め、ヤツは俺とリックを屈ませると、肩に腕を回して円陣を組ませた。


「作戦会議ってなんのだよ?

 あ、ロイド。悪いけど代官殿に話通してきてくれるか?」


 俺が告げると、ロイドは律儀に敬礼して代官屋敷の中へ向かう。


 驚いていたセリスやフラン達は気を取り直して――荷物を降ろす為だろう――獣騎車内へと戻っていく。


「んで? 作戦会議って?」


「いや、必要だろう?

 だから俺もヤツを眠らせようとした」


 リックまでなにか察しているようで、ステフを肯定している。


「おまえら、いつも俺やヴァルトに飛び蹴りしてきてたじゃないか」


「今日のはまた別だ。

 ……ステフ、やっぱマズイよな?」


「――ダブン、タガが外れるナ。

 ヨシ! オレアちん、アンタは今から……

 ……そうダナぁ、オリーの名前は冒険者ギルドの名義登録でアイツも知ってるから――貴族令嬢のオレーリアだ!

 とりあえず、ソフィアちゃんの遠縁ってことにしトケ。

 顔が似てるのもそれでごまかせるダロ」


「なんだよ? 説明しろよ。

 なんで偽名なんて……」


「バッカだなぁ。気づいてなかったのかョ?

 ヴァルトはサ、アンタに惚れてんダョ!」


 ――は?


「それって、主君に忠誠を誓うとか、そういう意味での……」


 俺が叔父上を敬愛してるような、そんな感覚の事だよな?


「……あー、オレア。ロマンス小説って知ってるか?」


「――マジでそっちの方なのかよ!」


「……俺は気づいてなかった事に驚きだ」


 肩を竦めるリック。


「ヴァルトは狡猾だからねぃ。

 オレアちんの前では、うまく隠してたのサ。

 でも、よく思い出してミ?

 リッくんやザクソンに比べて、妙に距離感近かったろ?」


「…………確かに」


 やたら肩組んできたり、顔を寄せてきたりしてたな。


「暑苦しいヤツだ、とは思ってた」


 俺は腕組みしながら、前のめりに倒れ込んだままのヴァルトを見る。


「でも、ヤツが男色っていうなら、女になった俺は逆に安全なんじゃねえか?」


 途端、ステフは俺の頭を平手で打ち抜く。


「――バカタレ!

 ヤツのやべぇのは、性別じゃなく、アンタそのものに惚れ込んでるってトコなんだョ!

 むしろ学生時代は、アンタが男だったからこそ、自制してたくらいダ!」


「おまえが女になったと知られてみろ。

 ヤツはあらゆる手段を使って、男に戻るのを邪魔してくるぞ……」


 そう告げるふたりの顔はひどく真剣で。


「わ、わかった。

 俺、今からオレーリア。オレア違う」


 ふたりの勢いに気圧されて、俺はコクコクとうなずいた。


「――俺ってのも禁止ダ。

 ヤツの前では、とにかく女になりきれ。

 幸い、ヤツは女嫌いだからナ!」


 そう。だからこそ、女が苦手だった俺とも話が合ったんだ。


「男に戻っちまえば、ヤツもまとも……少なくとも学園時代以上の事はしようとしないはずだ。

 不自由かもしれんが、マジでおまえの為だからな?」


 リックは慰めるように俺の肩を叩いて苦笑する。


「だが、そうなると、だ……」


 俺は獣騎車から荷物を降ろしているフラン達を見る。


「ヴァルトが目覚める前に、設定を詰める必要があるな……」


「そもそもなんで、ヴァルトはここにいるんだろうな?」


「前にあたしが来た時はいなかったハズだぜぃ?」


 ふたりは首をひねり、俺もそれに倣う。


 とりあえず俺はセリスやフラン達に事情を説明し、俺を殿下と呼ばないように言い含めた。


 ステフが急造した設定によれば、俺はクレストス家の遠縁の娘で、官僚見習いということになった。


 今はソフィアに頼まれて国内視察中。


 セリスはザクソンの結婚式に出席する為に同乗していて、旅先で再会したステフやリックもまた、同乗することになったというわけだ。


 おおよそは真実だ。


 フランはソフィアが付けてくれた侍女。


 ロイドは護衛騎士。


 ライル達研修生が同行しているのも、俺が官僚見習いという設定なら違和感はないだろう。


 この視察自体が試験のようなものだと言い張れる。


 代官殿を連れて戻ってきたロイドにも説明し、俺は代官に身分を明かす。


 証明は王家の印の入った指輪を示した。


「――ま、まさか性別反転の魔道とは……」


 学術都市の代官をしているだけあって、彼の理解は早かった。


「とりあえずヴァルトには俺の事は秘密だ。

 俺の事はオレーリアと呼んでくれ。

 ――これもしまっておかないとな……」


 指輪をブラウスのポケットに入れて。


 それから再び代官殿に視線を向ける。


「ところでヴァルトは、なんでここにいるんだ?」


「――それがですな……」


 そうして代官殿から聞かされたのは、ヴァルトの実家、トゥーサム家を巡る騒動についてだった。

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