閑話
閑話
「――オレア殿が女になったぁ!?」
遠視板の中で困った顔を見せるセリス殿に、我は不謹慎ながら笑ってしまったよ。
さすが魔道帝国だ。
オレア殿の推測では、遺跡は当時の遊技場の一種だろうという事だが、遊技場で配られるような魔道器でさえ、現代では不可能な効果を有しておるとはの。
『……はい。殿下もお困りのようでして……サヨ陛下はなにか元に戻す方法をご存知ではありませんか?』
「いやー、性別反転は遺失魔法のひとつだ。
我が国でも研究しとる魔道士がおるが、成果はまるであがっとらん」
世の中には精神的に逆の性別で生まれてきたと言い張る者が少なからずおるのだと、セリス殿に説明する。
「当人の主張の真偽は別として、そういう者達の要望に答えようと研究する魔道士もおってな。
魔道帝国時代の遺跡に残された情報から、当時はそういう事も可能だったというのはわかっておったのだが……
――クク……まさかオレア殿がなあ……」
――ぶっちゃけ面白すぎるだろう。
「あい、わかった。
我も内密にホツマで調べさせてみよう。
それで?
次はオレア殿の身体を治す方法を求めて、学術都市へ向かうのだったか?」
『はい。ステフ先輩がそこでならティアラを詳しく調べられると仰いまして』
「……なるほどのう」
オレア殿の同輩、ステファニーのう。
我はよく知らんかったが、同じ統合学者のゴルダ殿が知っておった。
なんでも父親がゴルダ殿と同門らしいの。
その娘が学会に提出した論文は、ゴルダ殿も感心するものが多いようで、ぜひ一度話してみたいと言っておったよ。
そんなステファニーがわからんというのだから、鬼道による魔道器というのは、本当に厄介なものなのだろう。
「……だが、これはチャンスとも言えるな」
我は遠視板の中のセリス殿に笑みを向ける。
『……チャンス?』
「――考えてもみよ。
オレア殿はいままで女心というものが、まるでわかっとらんかった。
それはあやつの気質によるものも大きかったのだろうが……あやつ、どこかおなごを恐れている節があったからの」
『……そういえば、フランもそんな事を言ってました』
「それが今は身を持って『女』を経験するハメになったんだ。
いやでも意識が変わるだろうよ」
今までオレア殿は男目線でしか女を見ていなかったからこそ、恐怖心を持っていた可能性がある。
ならば荒療治だろうが、女目線でものを見てみるのもひとつの手というもの。
「あー、これでオレア殿にアタックかけるような男でも現れたらおもしろ――おっと、よい経験になるのだろうがのう」
思わず本音が漏れてしまいそうになったわ。
するとセリス殿は顎に手を当てて、真剣に考え込みだす。
『先程の陛下の話ですが……』
「ん?」
『その……生まれてくる性別が違っているというお話で』
「おう、我は会ったことないがな。広い世の中には、そういう者もおるという話だ」
我が応えると、セリス殿はうなずきひとつ。
『それでは、殿方が殿方を好きになるという事もあるのでしょうか?』
「ああ、あるらしいぞ。
この城の侍女どもが盛んに書いて、出版までしとるロマン小説なんかもそうだな。
ホツマでも『びーえる』という隠語で呼ばれとって、年頃のおなごに大人気だ」
我自身は読んだことないんだが。
我がホルテッサ城に遊びに来るたびに世話してくれとる侍女達は大好物らしいの。
なんでもオレア殿やロイド殿、ユリアン殿をモデルに出版して、国外にまで手広く販路を広げてるっつーんだから、我、びっくりだよ。
「それがどうかしたのか?」
『いえ、その……学生時代なのですが、男性で殿下に好意を抱いてらっしゃる方がおりまして……
性別ではなく、殿下の魂に惹かれたのだと、常々仰ってましたので、今の殿下をご覧になったら……』
「――ナニソレ、おもろっ!
ちょっと詳しく!」
『い、いえ、わたしも何度かそういう光景を見ただけと言いますか……
わ、わたしの勘違いかもしれませんし……
殿下を壁際に立たせて、手を壁に突きながら話してたり……』
「――壁ドンだなっ!
ふむ。ふむふむ……」
考えてみればセリス殿はオレア殿のふたつ下。
学年が違えば、内情を詳しく知らなくても仕方ないだろう。
「――というわけで、詳しく!」
我はセリス殿にいくつかアドバイスした後、遠話を終えると、すぐさまソフィア殿の元へとやってきた。
ソフィア殿は相変わらず書類の山に埋もれておって、目の下の隈は日に日に濃くなっとる。
……あー、次に来る時は栄養剤でも差し入れてやろうかの。
ホツマの栄養剤はすごいぞ。
二十四時間休み無しで働ける。
まあ、そのあと三日は死んだように眠るんだがの。
――ソフィア殿にセリス殿から聞いた話を説明すると。
「ああ、ヴァルトの事ですね」
あっさり名前がわかったぞ。
「男色家なのか?」
わくわくしながら我が尋ねると、ソフィア殿は苦笑して首を振る。
「彼はそういうのとはちょっと違ってまして。
殿下そのものに惚れ込んでいると言いましょうか……
――本人の言葉では、魂に惹かれた、そうですよ」
セリス殿もそんな事を言っておったの。
「おかげで、わたしやセリス様、あとはステフを敵視――とまではいかないまでも、殿下のそばにいる時は、彼は不機嫌でしたね」
当時を思い出しているのか、苦笑を浮かべたままソフィア殿は告げる。
……ふむ。
「……たとえばの話なんだが……」
これ以上、ソフィア殿に心労をかけたくはないからの。
オレア殿が女になった話は内緒にしとこう。
「仮にな?
オレア殿が女だったとしたら、そのヴァルト
「――それはもう、猛烈アピールするんじゃないですか?
彼は策士ですからね。
それこそあらゆる手段を使って、自分に惚れさせようとするんじゃないでしょうか?」
おおう……
返答に迷いがなかったぞ。
「殿下が男だったからこそ、彼にも自制があったと思うんですよ。
その性別という障害がないのでしたら、きっとためらわないでしょうね」
……マジか……
「それにしても急にどうしたんです?」
ま、まずい。
ソフィア殿が怪しみだしとる。
「い、いやな。ホレ、侍女達が書いとるロマン小説あるだろ?」
「ああ、竜の王子シリーズですか」
「そうそう、ソレ。
それに近い事が学園でもあったとセリス殿に聞いてな」
「ああ、言われてみればそうですね」
ソフィア殿が納得したようにうなずくと、部屋の隅にいた侍女がなにやらえらい勢いでメモを取り出したぞ。
こうしてまた、あのロマン小説に新たなエピソードが加えられるワケか……
しかし、オレア殿よ。
我はそのヴァルト
いまのそなたが出会ってしまったら……
すごく面白そうとか、絶対に思ってないからの!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます