第14話 8

 集会所のテーブルに着き、俺は朝食を取った。


 ロイター子爵を始めとして、開拓民のみんなは驚きの表情を見せている。


 ステフが大騒ぎした所為で、村中にすっかり俺に起きた事態は知れ渡ってしまっているようだ。


 食後のコーヒーを飲む俺に。


「とりあえず、服をどうにかしましょうか」


 と、フランは俺に合う服を用意する為に獣騎車に向かった。


 そうなんだよなぁ。


 筋肉がすっかりなくなってしまってて、服がブカブカなんだ。


 紅剣も腰に下げるとズボンがずり落ちてしまうから、手に持ってきたくらいだ。


「――殿下、髪を整えますね」


 セリスは腰まで伸びて、寝癖であちこち跳ねた髪をブラシで梳き始める。


 ロイドと研修生三人は呆然として俺を見つめ。


「――女になっちまうとか、なにが起こるかわかんねえもんだなぁ」


 ニヤニヤと笑うリックと。


「ンー、使用後のティアラと使用前……やっぱちょっと変化があるナ」


 先程まで俺の頭にあったティアラは、今はステフの手の中だ。


 ふたつのティアラを見比べて、首をひねっている。


「で、いつ戻るんだ?」


 モノは正体不明の古代国家の遺物だ。


 騒いだところでどうにもならない。


 どうせアトラクションの景品だ。そんなに長く継続するものでもないはずだろ?


「――正直、ワカンねー。

 早ければ数時間後――遅ければ年単位じゃネ?」


「大雑把すぎるだろ!」


 俺はテーブルを叩いて立ち上がった。


「いや、マジでまだわかんネーんだよ。

 調べる時間が必要なんダ。

 騒いだところでどうにもならねーゾ」


 ――クソっ。


 いったいなんの目的で、古代人はこんなモン配ってたんだよ。


 いや、それがわかったところで、いまさらどうにもならないんだろうが。


 ステフの様子じゃ、永続的なものではないようだが、いつ戻るかわからないってのが厄介だな。


 とりあえず俺はフランが持ってきた服に着替え……


「なあフラン。なんでスカートなんだよ?」


 めっちゃスースーして、心もとない気持ちになる。


「今の殿下に合うサイズがないんですよ~」


「――ウソだ! おまえ、俺で遊ぼうとしてるだろ!」


 めっちゃニヤニヤしてやがる!


「そんな事ないです~」


 言いながら、フランは俺に女物の服を着せていく。


 なんかボタンやらホックやらがやたら多くて面倒くさい作りだ。


 令嬢らが侍女に着替えさせてもらうのも納得だ。


 よくわかんねーもん、これ。


 旅装の貴族令嬢という出で立ちにされた俺の前に、フランは鏡を差し出してくる。


「はい、完成です。どうですか?」


 鏡の中には、ソフィアの目つきをやや悪くしたような少女が映っていて。


「なあ、なんでリボンなんだ?」


 長い髪はポニーテールにされて、赤いリボンで結われていた。


「お、お似合いですよ」


 口元を抑えて顔をそむけながら、フランは告げる。


「やっぱりおまえ、俺で遊んでるだろ!」


「いいえ~、あ、わたし奥様方のお手伝いする約束してたのでした~」


 ニヤニヤ笑いを浮かべたまま、フランは集会所を出ていく。


 しかし参った。


 女の身体になったのは、この際もう諦めよう。


 だが、この身体……


 俺は集会所の外に出て、紅剣を鞘から抜き放つ。


 上段から一振りすると、剣の重みに振り回されて上体が泳いだ。


「あー、クソっ! 俺の筋肉を返せっ!」


 思わず俺は叫ぶ。


 腕も腹も手の平さえもがぷにぷにだ。


 こんなんじゃ、魔獣どころか暴漢すら対処できそうにない。


 いつ男に戻れるかはともかく、早急に鍛えねば。


 とにかくは素振りに耐えられる足腰を作るんだ。


 そうして走っていると、今は水が張られていない稲株だらけの田で、<古代騎>がなにやら作業しているのが見えた。


 熊を模した冑に灰色の身体。短いたてがみの色もまた灰色で。


「――リックか。なにしてんだ?」


 俺が声をかけると、<古代騎>は作業の手を止めて振り返る。


『おー、オレア! なにって田起こしだよ』


 <古代騎>のサイズに合わせたスコップを掲げて見せて、リックは何でも無いことのように応えた。


 スコップの持ち手は木製だが、剣部分は鉄――いや、よく見ると兵騎用の小型盾を流用しているようだった。


『最近、だいぶ温かくなって来たからな。

 そろそろ苗代田を作ろうと思ってな』


「――苗代?」


『稲の苗を育てる為の水田だよ。

 田に植える前に、ある程度苗を育てるんだ』


「……ふぅん」


 俺にはよくわからないが。


 リックはこの一年で、すっかり稲作について熟知しているようだった。


 俺は水路の横に腰を降ろし。


 リックは作業を再開する。


 ひと堀りで一メートルほどが掘り起こされ、リックはそれを繰り返す。


「……なあ、リック」


『――なんだ?』


「今の暮らしは楽しいか?」


 なんとなく、聞いてみたくなったんだ。


 武門の家として身体を鍛えてきたとはいえ、騎士と百姓では勝手が違うだろう。


 ましてこの開拓村は基本的には自給自足の生活だ。


 貴族嫡子だったリックは辛くはないのだろうか?


 ――だが。


『ああ、楽しいね。

 ここにはなんにもないが……なんでもあるんだ』


 昔からリックは、時折こういう感覚的な物言いをする。


 だいたいはすぐには理解できないんだが、後になってよく考えると、中々に深い事を言ってたりするんだよな。


「ま、おまえが満足してるなら、なによりだよ」


 だから俺はそう応える。


 リックは土を掘り返し続け、俺はそれを黙って見つめた。


 やがて。


『……その、だな。

 オレア、悪かったな』


 不意にリックがそう切り出して謝罪を口にした。


「あん? なにがだよ?」


『今回は悪ふざけが過ぎた。

 まさか女になるなんて思わなかったんだ』


「いや、こんなの予想できる方がどうかしてるだろ?

 ステフでさえわからなかったんだし、気にするなよ」


『――だが……』


「おまえらが悪ノリして、俺が尻拭いするのなんていつもの事だったろ?

 今回も似たようなモンだ」


 思わず苦笑してしまう。


 そうだ。珍しい事例だってだけで、根本的なところは学生時代からなにも変わっちゃいない。


 結局はこいつらの尻拭いなんだ。


 そしてそれはたいてい、どうにかなってきたんだ。


 今回だって、きっとどうにかなるだろ。


 こいつらのしでかす事に深刻になると馬鹿を見るんだ。


 楽天的な方がうまく行くってのは、俺、学生時代にさんざん学ばされたんだ。


『――相変わらず良い男だよ。おまえは……』


「今は女だけどなっ!」


 ニヤリと笑みを浮かべて、すっかり膨らんでしまった胸をそらして見せれば、リックは声をあげて笑った。


『おまえのそういうトコ、俺は本当に好きだ』


「おう、ありがとうよ!」


 すっかりいつもの調子に戻ったリックに親指を立てて見せて。


「それじゃ、また後でな」


 俺は立ち上がって、村へと足を向ける。


 水路で冷えたのかな。


 トイレに行きたくて仕方ない。


 はじめは余裕があった俺だったが、やがて早足になり――これは駆け足にしないと間に合わないのか?


 そう思ったところで。


「――あっ……」


 思わず俺は声をあげ。


 そのままへたり込んでしまった。


 ……マジか……


 思わず涙が込み上げてくる。


 この歳でマジなのか……


 いつもと感覚が違いすぎだろ……


 こんな我慢が効かないものなのか?


 どうすんだ? どうしたら良い?


 だんだんと冷たくなってきた下半身の感触に、涙が止まらねえ。


「――で、殿下!? どうなさったのですっ!?」


 俺に気づいたセリスがやって来るまで、俺はしゃがみ込んで泣きじゃくっていた。

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