王太子、開拓地視察する

第14話 1

 あの双月の夜の宴から、結局三日ほど。


 俺達はモルテン領都に滞在する事になった。


 領民達の慰撫と、役人達の綱紀粛正にそれだけの時間がかかったのだ。


 監査隊達にも、今後はいらぬ忖度などせず、けれど以前のような横柄は許さないと念押しした。


 諸々の手配をした上で、俺達はモルテン領都を後にした。


 ノリスもまた、ザクソンの結婚式には出席するそうで、再会を誓って別れる事になった。


 ……あいつなぁ、ぜひ配下に欲しいんだよなぁ。


 具体的には、領主教育の講師になってほしいんだよ。


 モルテン領の立て直しが終わったら頼み込んでみるか。


 そんな事を考えながら、俺達はモルテン領内の主要街道を進み、道行きにある街や村で領民達に希望があったら役所に届けることを問いて回った。


 本来はこれもモルテンがすべき仕事だったのだが、まあついでだな。


 苦しむ領民はなるべく早く救ってやりたかったんだ。


 そうして一週間ほどモルテン領内を巡り、俺達は今、ユリアンの実家のあるスローグ領の北――国内東端の開拓領にやって来ていた。


 ここは王家直轄領で、視察するならぜひ来てみたいと思っていたんだ。


 スローグ領の黒森ほどではないが、この地もまた大部分が森林に覆われている。


 その森を切り開いた分だけ、自らの土地として良いという政策を父上が敷いたので、一山当てたい百姓が入植したりしている。


 そして以前、粛清した貴族達の流刑地としても使われている土地だ。


 管理は代官と第二騎士団の監査隊によって行われているのだが、モルテン領の例もある為、ぜひ一度は実際に見てみようと思ったんだよな。


 森の間を切り開いて造られた簡易な道の脇に獣騎車を留めて。


 少し早めの昼食を取りながら、俺はみんなにそう説明する。


「流刑地って言っても、流されてるのはほとんど政治犯の一族だ。

 貴族があの地で生きようと思ったら、先住入植者に頭を下げて知恵を教わるしかないからな。

 性根の矯正にはちょうど良いって陛下は仰っていたよ」


 父上は若い頃に一度、開拓村で一月ほど生活してみたそうだ。


 開拓民の苦労を知らなければ、必要な物資の手配もできないからという理由で。


 叔父上の破天荒さに苦渋を見せる父上だったけれど、父上も十分破天荒だと俺は思うんだよな。


 少なくとも中原中を探しても、蛇を自分で獲って食べたことのある王は、父上くらいのはずだ。


 でも、学生時代は憧れたんだよなぁ。


 ――開拓村での自給自足生活。


 実際はかなり厳しい生活なのだろうけど、父上のように体験してみたいと思ったよ。


「――それで、具体的にはなにを視察なさるんですか?」


 パンを直接噛み千切りながら尋ねるパーラに、俺は苦笑。


 おまえは仮にも名門ウィンスターのご令嬢だろうに。


 セリスを見習え。ちゃんと一口サイズに手で千切って食べてるだろう?


 まあ、俺も直接噛みちぎる派だから、口には出さないけどな。


 そうそう、視察内容だったか。


「今年の開拓村から上がって来た租税が、急に増えたんだよ。

 具体的には米だな。

 豊作だったという話なんだが、納税量が三倍ってのは増えすぎだろ。

 耕作地を増やす為に無茶な労働を課せられてないかが気になってな」


 派遣されている代官は、父上の学友で信頼できる人物だ。


 スローグ領の件があってから、監査隊は定期的に入れ替え制にしているから、無茶な陰謀を巡らせる事はできないはず。


「開拓が上手く進んでるなら、それで良いんだけどな」


 それでも税収三倍は増えすぎだ。


 なにかしらの変化があったのだと思うのだが……


「まあ、実際に見てみるのが早いだろってな」


 そう呟いて、俺は先に食事を終えて、周辺の警戒がてらに訓練しているライルとメノアを見る。


「――あ~、ヘタクソ!

 おマエら、ホント、ヘタクソだなっ!」


 今、ふたりはステフにどやされながら、掛かり稽古をしている。


 ライルが手にしているのは、モルテン領でステフから貰っていた魔道剣だ。


 あれから練習を積んで、細剣レイピアくらいの細さの光刃を出せるようになっている。


 一方、メノアが手にしている剣は普通の鉄剣なのだが……


「メノアよぅ、魔道剣を剣で受けたら、斬られて終わりナンだっテ!

 ナンの為に魔道盾あるんダ!?

 それで受け流すんだよぅ!」


 そう。


 メノアもまた、ステフから魔道器を受け取っていた。


 魔道を通せば結晶結界バリアが展開される腕輪――魔道盾だ。


 あれも学生時代は試作品で、俺も何度か試験に付き合わされたから知ってるんだが。


 鋼鉄さえ斬り裂く魔道剣の光刃も、あの結晶結界バリアは斬り裂けない。


 ステフはなにか小難しい理屈を言ってたけど、よくわからんからそういうものなのだと理解している。


「――ライルもダ!

 結晶結界バリアの出力を超える出力なら、パリンってデキんだから、出力見極めて魔道通すようにすんだョ!」


 アイツ、完全にふたりを実験台にしてるよな……


「パーラはなにをもらったんだ?」


 ステフがあのふたりだけを実験台にするとは思えない。


 モルモットは多ければ多いほど良いってのは、学生時代、俺達に試作魔道器を試させる時のあいつの常套句だ。


「あたしですか?

 あたしは魔道鎧です。

 身体強化のがいぶふよ? とか先輩は言ってましたけど、よくわからなかったです」


「あー……あれかぁ……」


「ご存知なのですか?」


「ご存知もなにも……」


 あれの試作品の実験台にされてたのは、他ならぬ俺だ。


 魔法を使えない俺の為に良いもの造ったって、そりゃもう良い笑顔で試させられたよ。


「そっかぁ……完成してたんだなぁ……」


 今思い出しても、恐怖に身体が震える。


 勝手に身体が動き出して、リュクス大河に飛び込まされて溺れそうになったり。


 脱げなくなって、強化された怪力の所為で日常生活に支障が出たり。


 ……一番ひどいのはアレだな。


 いきなり服ごと爆発して、素っ裸にされたパターン。


 思わず遠い目になった俺に。


「……で、殿下?

 なんでそんな顔なさるんですか?

 なにか問題のあるモノなんですか?」


「……いや、最終的には確かに身体強化できてたし、実戦にも耐えてた」


 <深階>攻略の時、運動面でぽんこつなソフィアに着けさせたら、ちゃんと俺達についてこれてたんだから間違いないはずだ。


「――なんか不安になるんですけど!」


「大丈夫だって! ステフを信じろ!

 さすがにアイツも害あるものを後輩には渡さねえって!」


 ……多分。


「――パーラ!

 おマエもいつまでタラタラくっちゃべってんダ?

 魔道鎧の訓練すっぞ!

 はやくシロ!」


 おっと、ステフの注意がこちらにも向き始めた。


「……で、殿下ぁ……」


 不安げに俺を見るパーラに、俺は笑顔を送る。


「ま、頑張れ!」


 親指を立てた俺に――


「そうそう、オレアちん。

 アンタにも良いモンがあンだよぅ」


 ステフがそう告げて、こちらにやって来ようとする。


「あー、セリス、良い天気だから腹ごなしに散歩でも行かないか?」


「え? ええっ!?」


 俺はセリスの返事を待たず、彼女の手を取って駆け出す。


「――あ、マテ! このっ!

 ちょっと試作品試させろよぅ!」


 ステフから逃れる為に。


「で、殿下、よろしいのですか?」


「良いんだよ! あいつの試作品のヤバさは、おまえも知ってるだろ?」


 当時を思い出したのか、セリスは微笑みを浮かべて口元に手を当てる。


「そうでしたね。フフフ……」


 魔道鎧爆発素っ裸事件の時は、セリスも見てたからな。


 きっとアレを思い出してるんだろう。


 ――旅は順調なのに。


 ステフという爆弾が、なぜか俺を悩ませている。


 まあ、こんなノリも学生時代を思い出せて、悪くないと思うんだけどな。

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