第14話 2

 そうして数時間後、俺達は無事に開拓村へと辿り着いた。


 初めて見る獣騎車の来訪に、村人達は次々に家から出てきた。


 開拓村は中央に設けられた炊事場を中心に造られていて。


 食事は女達がこの炊事場で、全員分を一斉に作り上げているようだった。


 その炊事場から渡り廊下が設けられ、集会場――といっても、屋根と柱だけの土間にテーブルを並べただけのものだが――へと繋がっている。


 代官のロイター子爵によれば、ここで村人全員が一緒に食事を取るのだとか。


 この村を中心に南北東の三方に開拓が進められ、現在では周辺に小集落が十ほど点在するようになっているそうだ。


 そして、この開拓村でなにより目立つのは、広大に広がる水田だ。


 しっかりと灌漑が整えられ、今は時期的に稲株しか残っていないけれど、時期が時期なら黄金の稲穂が海原のように風に揺れるのだという。


 行商が半月に一度は来ているそうで、村人達の格好は街に暮らす民とそれほど大差ないように見えた。


 突然の来訪にも関わらず、ロイター子爵は俺達を出迎えてくれて。


 俺達は集会所のテーブルで、子爵夫人からお茶の持て成しを受ける。


「――すっげえ! 狼の騎兵だ!」


 獣騎車の横で伏せる二騎の獣騎を見上げて、村の子供達が歓声をあげている。


 大人達は獣騎車を物珍しげに見ながら、談笑していた。


「改めまして、遠路はるばるようこそおいでくださいました」


 ロイター子爵は父上の学友だけあって、初老の粋に達しているはずなのだが、角刈りにした白髪頭に白い髭、鍛えられた引き締まった身体をしていて、代官自らが開拓を行っているのが見て取れた。


「いや、開拓が順調なようでなによりだ」


 俺はそう告げて、来訪目的を告げる。


「――税収増加の理由、でございますか?」


 ロイター子爵は驚いた顔を見せて。


「私は定められた税率に応じて、正しく収めたつもりでございますが……」


「いや、あなたを疑っているわけじゃないんだ。

 だが、急に今年になって三倍もの税収があったのでな。

 その理由を知りたいと思ってな」


 俺の言葉に、脇に控えていた夫人が、ロイター子爵の肩を叩く。


「……あなた。

 だから言ったでしょう?

 水田が広がった理由も報告した方が良いって」


「ああ、そうだったようだ。

 殿下、申し訳ありませんでした。

 その理由を説明する前に……おい、おまえ。

 彼を呼んで来てくれるかい?」


 と、ロイター子爵は夫人に声をかけ。


「あらあら。

 あ、ちょうど良くあそこに。

 ――リックさ~ん!」


 ――なんだとっ!?


 夫人が手を振る方に目を向けて、俺は慌てて立ち上がり。


「――おやぁ?」


 ステフが楽しげに笑みを浮かべた。


 セリスが驚きに口元に手を当て、ロイド達は不思議そうな表情だ。


「――クソ! なんでおまえがこんなところに!」


 俺は咄嗟に身構えて、身体強化を身体に張り巡らせた。


「――おお~っ! 久しぶりじゃねえかっ! オレアーっ!!」


 集会所の前まで来て、ヤツは地を蹴って踏み切る。


「――ちくしょう! おまえら、なんで俺を見ると飛び蹴りくれようとすんだっ!」


 俺は宙を駆けて放たれるヤツの飛び蹴りを、両腕を交差させて全力で受けた。


「――おおおぉぉっ!?」


 一瞬の静止から、反動を着けてバク転。


 ヤツはその大柄な体躯を完全に制御しきって、綺麗に着地してみせる。


「――強くなりやがったな! 以前のおまえなら吹っ飛ばされてたはずだ!」


 そう言ってガハハと笑う緑髪角刈り男は、俺に歩み寄って強引に俺の肩を抱いた。


「本当に久しぶりだ。どうしたんだ? こんなトコに」


「おまえこそ、なんでこんなところにいるんだよ!

 説明しろ、リック!」


 そう、この男、リック・モルダーは俺の学友――班員にして生徒会風紀執行員だ。


 ステフ同様、頭のおかしい連中のひとりなんだ。


「……そのぉ、彼が来てくれたおかげで、開拓が恐ろしく進んだのですよ」


 と、ロイター子爵が苦笑しながら教えてくれて。


「まさか、お知り合いだとは思いもしませんでした」


「――子爵、お知り合いもなにも、俺とコイツはマブタチだぜ。

 な? オレア!」


「うるせえ! 俺はできればおまえとは関わり合いになりたくなかったよ!」


「……おまえ、セリスちゃんにフラれて、人が変わったようになったって噂になってたが、本当だったみたいだな!」


 リックは遠慮なく、俺の背中を叩いてきやがる。


 痛えよ。


「……ご無沙汰しております。リック様」


 困ったような表情でセリスがリックに声をかけ。


「あたしもいンだぜぃ? リッくんよぉ!」


「なんだなんだ? 同窓会なのか?

 よく見りゃそっちの三人も、学園で見た事あるな?」


 声をかけられて、ライル達三人は即座に立ち上がって、ビシリと直角にお辞儀する。


「――ご無沙汰しております!

 モルダー先輩!」


 声を揃えて挨拶する。


 こいつらにとって『悪夢の半年』というのは、ここまでのものなのか……


 あの狂犬のようなパーラでさえも、震えながらお辞儀してるんだぜ。


「おう、楽にして良いぞ。

 で、オレア。おまえなんでこんなトコにいんだよ?」


「まったく同じ事をおまえに返してぇよ」


 俺はため息ついて席に座り直し、リックもまた俺の隣に腰掛ける。


 そうして互いにこの場にいる理由を説明し。


「――つまりなんだ?

 おまえは病弱な弟の為に家督を譲り、この開拓地で一旗揚げようとしてるって事か?」


「まあ、まとめるとそうなるな」


 と、リックは腕組みしながら豪快に笑う。


「相変わらず大雑把な……」


 俺は頭を抱えてしまったよ。


 本来は長男のリックがモルダー子爵家を継ぎ、弟は陪臣になるなり騎士になるなりしなければならないはずだった。


 だが、こいつの弟は病弱で、騎士には向かず、かといって陪臣として働くのも難しそうだという事で。


「領主なら最悪、書類仕事だけで済むしな。

 あいつは俺と違って、頭のデキは良いから、任せちまおうって思ったんだよ」


 そうしてこいつは、開拓村にやってきて、土地を得て暮らそうとしていたというわけだ。


 ……思い切りが良すぎる。


「で、ロイター子爵。

 村の税収増とこいつになんの関係が?」


「それがですな……」


「――この村に来てすぐの頃だったかな?

 狩りの途中で遺跡を見つけてな」


「――ナヌっ!?」


 ステフが身を乗り出してきたが、俺はその頭を押し戻す。


「そこにあった<古代騎>で、開拓が捗る捗る!」


「――と、いうワケなのです」


「――報告しろよ、馬鹿野郎!」


 基本的に<騎兵騎>や<古代騎>は国に管理される。


 所有そのものは個人に認められているのだが、その数はきっちり国で把握しておく必要がある。


 当然、冒険者などが遺跡などで発見した場合も、冒険者ギルドを通して国に報告する義務があるのだ。


「い、いえ! 遺跡と<古代騎>が見つかった事は、報告書を送らせて頂きました!」


「……となると、内務省か……」


 開拓地の管轄は内務省だ。


 だが、税の管理は財務省。そして<古代騎>の管理は騎士団だ。


 このどこかで情報の伝達が途切れてしまったのだろう。


「あー、クソ! 縦割りの弊害だな。

 どうにか連携部署を作らねえと!」


 本来は内務省がその役割を果たすべきなのだろうが、仕事内容が多岐に渡りすぎているのもわかっている。


 補完部署を作る必要があるのだろう。


 まあ、それは王都に帰ってからだ。


 俺は手帳を取り出して忘れないように書き付けて。


「それじゃあ、今は開拓に<古代騎>を使ってるって事か?」


「ああ。俺は<爵騎>乗った事もあるからな。

 知ってるか? 伐根って人力でやろうとしたら、一日がかりなんだぜ?

 それが<古代騎>使えば、一瞬なんだ!」


 リックは得意げに胸を張って告げる。


 王都で<兵騎>によって、スラム整備や城壁修復していたのを見たからわかる。


 <兵騎>は重機としても、かなり有用なんだ。


「おかげで開墾がかなり進みまして。

 この地は麦には向かないのですが、稲には適しているようでして」


 結果、前年の三倍の米が採れたというわけか。


「しかし、遺跡か。

 一度、確認しておく必要があるな」


「――調査はお任せなんだぜぃ!」


 再びステフが身を乗り出してきて、俺は再び頭を押し戻す。


「とりあえず、周辺の集落の視察も含めて、しばらくは滞在したいと思う。

 ロイター子爵、よろしく頼む」


「じゃあ、俺は滞在用の家の用意すっかぁ」

 リックが胸を叩いて請け負って。


「家って。

 獣騎車があるから別に良いんだぞ?」


「半日もかからねえから、遠慮すんなって。

 仮にも王太子殿下をもてなさないわけにはいかないだろう?」


 その王太子に、おまえは飛び蹴りくれやがったんだけどな。


「ま、少し待ってろ。

 どうせまた人が増えたら造らないといけないからな。ついでだ、ついで。

 男衆集めて、すぐに造っちまうから!」


 そうして、リックは集会場を出ていく。


 その背中を見送り。


「なんというか……相変わらずだなぁ」


「さすがリッくんなんだぜぃ」


 豪快で大雑把。だけど人好きのする大らかな性格。


 それが、自称俺の親友リック・モルダーという男なんだ。

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