第13話 13

「……なンだコレ?」


 ステフがテーブルに頬杖突いてボヤく。


 領主館の迎賓ホールに、形だけ整えられたようなパーティー会場だ。


 主賓席には俺とステフが座り、背後にライルが護衛として立つ。


 主催者のモルテン候は、俺の左隣に座るコリンナ嬢を挟んで、ひとつ向こうの席だ。


 招待客はモルテン候の一族で、この街の役人達。


 領主ってのは基本的に一族経営だから、役所に親族を配置するのはおかしくないのだが、やはり官僚一族だからだろうか。


 このパーティーは、ひどくちぐはぐな印象を受けるんだ。


 たとえば料理。


 普通、王族である俺をもてなすならば、ここぞとばかりに地元の特産品をふんだんに盛り込んだものを用意すべきだ。


 そうして特産品を王城に売り込むのが領主の仕事なのだから。


 だが、この会場に用意されているのは、コンノート商会によって取り寄せられた、『王都で人気の料理』なのだ。


 たとえばモルテン候達の格好。


 地元のデザイナーにデザインさせたものではなく、やはりコンノート商会を通して購入したのであろう、『王都で人気の礼服』だ。


 たとえば会場に流れる音楽。


 楽団の生演奏ではなく、魔道器による『王都で人気の歌』――これ、エリスの歌じゃねえか……


 形ばかりが整えられて、パーティーを開く意味をまるで理解していない。


 とことん、自領を売り込んだり、経済を回す気がないように思える。


 基本的に法衣貴族は、パーティーには出席する側だからな。


 これが内務省の官僚ならば、王城のパーティー手配で慣れているから、また違ったのだろうが……モルテン候は財務官僚だ。


 言ってしまえば、入る数字と出る数字を合わせる事にだけ長けた、そろばんみたいなもんなんだな。


 その数字に付随するモノを理解できていない。


「――クッソつまんネぇんだけど……」


 ホルテッサ国内を巡り歩いていたステフにとって、形だけ王都の宴に寄せたこの催しは確かにつまらないだろう。


「……俺もそう思うわ……」


 ステフのボヤきに、俺も小声で応える。


 こんなの王都で見慣れてるからな。


 せめてもっと地元色出せよと思わずにいられない。


 魔道器のエリスの歌が終わり、ダンス曲が流れ始めると。


「――ねえ、殿下。

 一曲、わたくしと踊ってくださいませんか?」


 コリンナ嬢が俺の袖を引いて、そう告げてくる。


「……最近のコムスメは、令嬢としての礼儀も知らねンだな……」


 ステフがボソリと呟くが、コリンナは一瞬眉を動かしたものの無視する事にしたようだ。


 令嬢からダンスに誘う事もそうだが、俺の袖を引くのも失礼に当たる。


 本来ならそうなる前に、ライルが止めるべきなんだが、まあコイツはそもそも騎士じゃねえしな。


 そういう動きを求める方が酷ってもんだ。


「――マっ、イイんじゃネ?

 一曲くらい付き合ってヤレよぅ」


 ステフのお許しが出て、俺は席を立とうとした。


 今の俺はコイツの操り人形だ。


 ステフの計画の邪魔にならないよう、言われた通りに動くだけ。


 コリンナ嬢の手を取ろうと、手を伸ばした時――


「――失礼、遅くなってしまった」


 ホールのドアが開いて、礼服姿の男がやってきた。


 白金の長髪を後ろで縛り、柔和な笑みを浮かべた彼に――


「……まあ……」


 コリンナ嬢は思わず見とれて、感嘆の吐息をつき。


「――だ、誰だ? おまえなど招待しておらんぞ!?」


 モルテン候は驚きの声をあげる。


「……ノリス……」


 俺もまた、突然の彼の登場に驚いて、思わずステフを見た。


「いや、コレはあたしも知らんかった……」


 と、ブルブルと首を振るステフ。


 突然の乱入者に、騒然となるパーティーホールを、ノリスは悠然とした足取りで進み出て。


「モルテン候、突然の訪問になってしまい、失礼しました。

 ですが、閣下はコンノート商会の頭取に招待状を下さいましたでしょう?

 ……今のモルテン領コンノート商会の頭取は、私――ノリス・コンノートなのですよ」


 大仰に紳士の礼をして見せて。


 ヤツはチラリと俺を見て、片目を瞑る。


 イケメンってヤツは得だなぁ。


 あんな仕草ひとつとっても様になるんだから。


「――コ、コンノートだとッ!?

 取り潰しになった家の者がなぜ……」


「――あ?」


「……マジかよ……」


 俺とステフの驚きの声が重なる。


「……ノリスは父親の企みに加担どころか、蚊帳の外に置かれていた上、コンノート商会の運営に欠かせない人材だったから、恩赦を出したんだが……

 ――モルテン候……まさか知らなかったのか?」


 この領都にあるコンノート商会は本店だ。


 いかに国営化しているとはいえ、自領の商会の重要人物を把握してないとは、呆れ果てる。


「で、ですが頭取は別の男だったはず……」


「ノリスは会頭なんだよ。

 コンノートの影響を取り除く為に、国内外の商会の立て直しをしてもらってたんだ」


 親父の影響で、外国勢力からの情報吸い出し口にされてたからな。


 ノリスは俺達と同じ学年で。


 頭のおかしい生徒会の連中と違って、俺の数少ないな友人の一人だ。


 生徒会の会計に誘ったのだが、セリスが俺の婚約者という事もあり、兄妹揃って俺にちかしいのは、政治バランス的に良くないって言われて、断られたんだよな。


 そういう野心の無い政治センスと商売ごとに熱心な性格を、俺は気に入っているんだが。


「――殿下、お久しぶりでございます」


「ああ、まさかここで会えるとは思ってもいなかったぞ」


「他の立て直しが終わりましたので。

 先日から、いよいよ本店に取り掛かろうとしていたのですよ。

 ……ですが、このありさまでしょう?」


 ノリスは肩を竦めて苦笑する。


 この領の問題を把握しているということだろう。


「手を出しあぐねいていた所に、ひょっこりフラン殿が来店されまして。

 殿下と愚妹の来訪を知らされたので、不肖、私めもお力になれればと参ったしだいです」


 そう告げて、ノリスは両手を広げて会場を見回し。


「――さて、皆様。

 領民達が殿下の来訪を聞きつけ、ぜひ歓迎の場を設けたいと申しております。

 よろしければ、皆様もお足を運んでくださいませんか?」


 途端、ホールがざわめきに包まれる。


 驚きと、不満の声が大半だ。


「――庶民の設けた場になど、殿下をお連れできるか!」


 モルテン候が声を張り上げたが。


「……それを決めるのは候ではない。僭越だぞ」


 俺は声を低くして、モルテン候の言葉を否定する。


「ノリス。案内してくれ」


 俺がそう告げれば、モルテン候をはじめとした招待客達も同行しないわけにはいかず。


 俺達はノリスが用意したコンノート商会の馬車に揺られて、都門前の広場へと向かうのだった。

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