第13話 14

 そこでは星空の下、領民達がいくつもの篝火を囲み、テーブルを並べて楽しそうに談笑しあっていた。


 不揃いな楽器を持ち出した者達が、思い思いに曲を奏で、それに合わせて楽しげに歌い、踊る男女達。


「――食材は私の裁量の範囲で、コンノート商会から提供させて頂きました」


 それを領民の女達がそこらに組んだ竈で調理したのだという。


 領民達は俺達の来訪に気づくと、途端に騒ぐのをやめて、その場に跪く。


「――良い、楽にしろ」


 俺がそう告げるが。


「……ですが……」


 領民達はモルテンをチラリと見やって、頭を上げようとしない。


「いいか? 領主より王太子の方が立場が上なんだ。

 モルテンに気を使う必要はない。

 ……楽にしろ」


「……で、では……」


 恐る恐るというように、領民達は立ち上がり、テーブルに着く。


 先程までの喧騒がウソのように静まり返ってしまっていた。


 俺は思わずため息をつく。


「――しょ、所詮は庶民の催しなど、こんなものなのですよ!

 殿下、戻りましょう!

 こんな場所、殿下には相応しくない!」

 

 役人達も冷笑を浮かべて民達を見つめている。


「――こんな場所だと?」


 思わず俺は唸るように聞き返した。


 モルテン候の顔が青く染まる。


 この街をこんな風にしてしまったのは誰だ。


 俺は憤りをブチまけてやろうと、息を吸い込み。


 ――だが。


「――いいえ。

 それは絶対に違います。モルテン候……」


 ゆっくりと進み出てきて、そう告げたのは。


「――セリス・コンノート……なぜここに……」


 さすがのモルテン候も、俺の婚約者だった彼女の顔は知っていたらしい。


 彼女は月明かりの下、篝火に照らし出されて。


 質素な町娘のようないでたちだというのに、ひどく清廉で美しく見えた。


 その彼女が、静かに続ける。


「――かつて、わたしの父は『民は駒』と申しておりました。

 今のわたしはその言葉のすべてが正しいとは思えないのですが、一面では正しいとも思えるのです。

 駒であるからこそ、指し手は駒の手入れを怠ってはならない。

 ――少なくとも父はそうして、駒を大事に扱っておりましたわ」


「基本的には尊敬できない人だったけど、その点だけは僕も父上を尊敬してる」


 と、ノリスが彼女の横にやってくる。


 その手には大量の紙束が抱えられていて。


 セリスは憂いを湛えた表情でその紙束を見て。


「これはこの街の人々が抱えている悩みを集めたものです。

 閣下、わかりますか?

 これほどまでに、民は苦しみ喘いでいるのです。

 ――この場をこのようにしているのは、他ならぬ閣下なのです!」


 民達に視線を巡らせると、彼らは俯きながらも拳を握りしめ。


 男も女も涙さえ浮かべている。


 俺はノリスに歩み寄って、彼が抱える紙束を一枚、手にとってみる。


 そこに書かれているのは――


 ――水道を直して欲しい。


 ――街のゴミをどうにかしてほしい。


 ――働きたい。


 ――病気が苦しい。


 ……誰もが抱く、ほんのささやかな願いで。


 クソっ!


 俺は涙が滲んできて、目を拭った。


「――モルテンっ!」


 ヤツに歩み寄って、その一枚を突きつける。


「――読め!

 おまえは……おまえ達は……クソっ!

 なんでこんな当たり前の事を民にしてやれない!

 民達に嘆かせる!

 法衣貴族だったから?

 経験がない?

 なぜ学ばない!

 問題など無いと言ったな!

 ――問題だらけだ! 馬鹿野郎っ!」


 青ざめたモルテンのその顔に、俺は拳を叩きつける。


 声も出せずに倒れ込むモルテン。


 俺は気にせず、息を呑む役人達を睨んだ。


「――おまえ達もだ。役人とは民の声を聞く領主の耳だろう?

 なぜこれほどまでに民が喘いでいるのに、領主に情報を上げなかった?

 おまえ達が着飾って、うまい飯を食えるのは、民達のおかげなんだぞ!?

 なぜ民に返そうとしない! なぜ民を見下す!」


 俺の言葉に萎縮する役人達とは裏腹に。


「……これが……これが王太子殿下……」


 民達は口々に呟く。


 だから俺は民達を振り仰ぐ。


「そうだ。これが俺だ。

 おまえ達!

 苦しい時は苦しいと言って良いんだ。

 辛い時は領主を、貴族を、国を頼れ!

 俺はおまえ達の為にできる限りを尽くそう!

 ――まず手始めに……」


 そして、ノリスから陳情が連ねられた紙束を受け取り。


 倒れ伏したモルテンの前に叩き降ろした。


「……モルテン、これがこの領の抱える問題だ。

 おまえの怠惰が招いたものだ。

 すぐ取りかかれ。

 すぐ解決しろ。

 ああ、やり方がわからない? ならば代官をつけてやろう」


 俺はノリスに振り返る。


「――ノリス!

 おまえにモルテン領運営の全権を与える。

 モルテンにやり方を教えてやれ。

 ……できるよな?」


 俺の問いに、ノリスは苦笑。


「生徒会会計をお断りした負い目もあります。

 愚妹がご迷惑をおかけしてますし、さらには一度はこの身すらも救われています。

 ……さすがにこれはお断りできませんね」


 肩を竦める仕草まで、ひどく様になっていて、俺まで苦笑してしまった。


「――若様が代官に?」


「……俺達、助かるのか?」


 領民達がざわめき始め。


「――いいえ、みなさん」


 セリスが微笑を浮かべて、民達を見回した。


「――助かるのではありません。

 みなさんも、助け合って暮らしを良くしていくのです」


 そう。


 領主や役人を正すだけでは良くはならない。


 民達もまた、考えを正す必要があるんだ。


「それじゃ、僕はさっそく仕事に取り掛かるとしますので。

 ……殿下、妹を頼みますよ?

 今回の立役者は間違いなく彼女だ」


 ノリスは俺にウィンクしてそう告げると、モルテン候に陳情書を持たせて馬車に乗せた。


 そうして役人達と共に去っていく。


 残された俺はステフを見下ろし。


「……計画通りか?」


 尋ねると、ヤツはにんまり笑って首を振る。


「いいや。まだだねぃ。

 肝心の締めが残ってるダロ」


 締め?


 俺が首をひねると。


「――せっかくの宴に水をさしたんだ。

 盛り上げて見せろよ、おーじサマ!」


 そう言ってステフは俺をセリスの方へと押しやる。


 俺はセリスにぶつかりそうになって、ギリギリで留まり。


 ヤツの目論見が想像できて、空を見上げた。


 白と赤の月が綺麗に重なっている。


 双月の夜は再会を祝う伝承があったっけな。


 なら……こんな夜なら、それも悪くはないのか。


 あー……改まると気恥ずかしいな。


 俺は頭を掻いて、それからセリスに跪き、右手を差し伸べる。


「……セリス嬢、俺と踊って頂けますか?」


 作法に従い、そう告げると。


 セリスは口元を両手で抑えて目を丸くする。


 その目からは綺麗な涙が伝って。


「……はいっ! よろこんで!」


 領民達の歓声が辺りに響き渡る。


 楽器が奏でられて、民達が歌い、手拍子が打ち鳴らされた。


 俺はセリスの手を取って、音楽に合わせてステップを踏む。


 お互い久しぶりのダンスで、ひどくたどたどしかったけれど。


 なあに。


 元は婚約者で、何度も一緒に踊った仲だ。


 すぐに慣れるさ。


 そう。


 セリスの綺麗な笑顔と。


 周りで踊り始めた領民達を見たら、思わずにはいられなかった。


 ……こんな夜も悪くない。





★あとがき――――――――――――――――――――――――――――――――★

 以上で13話終了です。

 

 旧友はステフではなく、ノリスだったのです^^;


 12話に続き、新キャラが出てきましたが、ステフはレギュラー、ノリスはしばらくお休みとなります。


 モルテン領を立て直さないとですから^^;


 今話は、ずっと尻込みしていたセリスが、淑女同盟の面々と同じ舞台にあがる為のエピソードでした。

 

「面白い」「もっとやれ」と思って頂けましたら、フォローや★をお願い致します。


 作者の励みになりますので、ぜひ!


 それでは次のあとがきにて。

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