第12話 9

 オリーさんは人差し指を立てて、僕達に問いかける。


「おまえら、魔獣と魔物の違いは理解してるか?」


 問われて、メノアくんは小首を傾げ、パーラくんは――


「――アレよ! ほら……アレがアレなのよ!」


 わかっているのかいないのか。


 腕組みしながら胸を張ってそう告げる。


 いつも自信満々なのが彼女の良いところだけど、さすがにそれだとオリーさんも苦笑するしかないよね。


「魔物は侵源から生まれる世界の破壊者で。


 魔獣は野生の動植物が魔道器官を備えた生物、ですよね?」


 魔獣の魔道器官は魔道器や儀式魔法の触媒になったりするから、魔道士科でも詳しく教わる。


 魔物の甲殻なんかも、軍事魔道器の素材なんかになるんだよね。


「正解だ。ライル。

 よく勉強してるな」


 オリーさんが褒めてくれて。


「――そう! あたしもそれを言いたかったのよ!」


 パーラくんが腕組みして顔を反らす。


「ここで重要なのは、魔獣はあくまで野生動物ってとこだ」


 オリーさんは僕らを見回して続ける。


「魔獣は魔物と違って、危険を察知すれば逃げるし、命の危機には必死に抵抗してくる」


 魔物の場合は、とにかくこの生物の破壊を本能としてるから、いくら傷つけようと攻撃行動をやめないんだよね。


 ……それこそ自身が死ぬまで暴れまわるんだ。


「厄介なのは、この危険を察知すると逃げるってトコでな。

 ――連中は基本的に臆病だ」


 魔道器官を備えたとしても、基本的には野生動物。


 人がテリトリーに踏み入ったら、息を潜めて身を隠してしまうのだと、学園で習った。


「だから、魔獣狩りには基本的に狩猟の技術が必要とされるんだが……」


 オリーさんは僕を見て、ニヤリと笑う。


「魔道士がいる場合は、また別のやり方ができる」


 そう。


 それも学園で習った。


「――魔獣の魔道器官の痕跡を辿るんですね?」


「……そうだ。できるか?」


「学園でやり方は習いました。

 ……やってみます」


 僕の言葉にオリーさんはうなずいて。


「それじゃあ、ライルに先導してもらって、パーラが直掩。

 俺とメノアで後ろをついていく感じで行ってみるか」


 オリーさんの指示に従って、僕らは陣形を組んだ。


 僕の右隣はパーラくんだ。


 そうして僕らは森に踏み入る。


 冬だけあって、森の中は落ち葉が地面を覆っていて、しかも山だから傾斜がきつくてひどく歩き辛い。


 少し登ったところで、僕は探査の魔法を使って、同心円状に魔法を放ち。


 ……南の方で、魔道器官の反応があった。


 密集してるようで、ここからでは数までは把握できない。


 こんな森の中で魔道器官の反応があるとしたら、山菜採りの人か魔獣かのどちらかだ。


 魔獣が出る噂のある今、山菜採りの人が来ているとは思えないから、きっとこれが魔獣だと思う。


 距離は結構あるようだ。


「――こっちです」


 僕はみんなを先導して歩き出す。


 突き出した木々の枝を手で払い、藪を漕いで進む。


 初めは剣で薙ぎ払おうとしたのだけれど、魔獣に気づかれるかもしれないからと、オリーさんに止められたんだ。


 この人はパーラくんが絶賛するだけあって、確かにいろいろ頼りになる。


 頼りになるんだけど、パーラくんは頼りすぎじゃないかな。


 今の僕らのリーダーは君じゃないか。


 なんだろう?


 なんだか、少しだけもやもや?


 ――違うな。イライラしている自分に気づく。


 半刻ほど歩いて。


 魔獣と思しき反応まで五〇〇メートルというところで、僕らは休憩を取る事にした。


 パーラくんとメノアくんが肩で息をし始めていたから、仕掛ける前に呼吸を整える事にしたんだ。


 魔獣は感覚が鋭いから、極力物音を立てないようにしながら、僕らは水筒から水を飲む。


 水分補給の重要さは昨日、殿下に指摘されたばかりだからね。


 それから探査の魔法を再度使って、魔獣の数を確認する。


 ――6匹か。


 手で数を示すと、みんなは頷きを返した。


 そんな時だった。


 左手の茂みがガサリと鳴って。


「――っ!?」


 ぬっと熊が顔を出した。


 一瞬の沈黙で睨み合った僕ら。


「――でえええぇいっ!」


 真っ先に動いたのはパーラくんで。


 バックラーのついた篭手でその鼻っ面を殴りつける。


「――ガアアァァッ!!」


 けれど、熊はパーラくんの攻撃なんてモノともせずに後ろ足で立ち上がり――これ、二メートルはあるんじゃないかな――お返しとばかりに前足でパーラくんを殴りつけた。


「――ぐうっ!?」


 盾で受けたパーラくんの身体が宙を飛んで。


「きゃあああぁぁ――!?」


 悲鳴をあげるパーラくんをカバーしようと僕が落下点を目指した時――


「――うわっ!?」


 足が宙を蹴った。


 茂みに隠れて気づかなかったけれど。


 どうやらそこは急傾斜――いや、崖になっていたらしい。


「――ライル! パーラ!」


 オリーさんの焦った声を聞きながら。


 僕は崖を転がり落ちていく。


 こんな時だというのに――いや、こんな時だからなのかな。


 景色がゆっくりと回るのを感じながら、僕は必死に視線を動かしてパーラちゃんを探した。


 ――いた。


 驚いた顔をしたまま、伸びた木々の枝にぶつかりながら落ちていくのが見える。


 このままじゃ大怪我をしてしまうかもしれない。


 僕はとっさにパーラちゃんに浮遊の魔法を使って――頼む、うまく行ってくれ!


 パーラちゃんの落ちる勢いがゆっくりになるのを感じた瞬間――


「――ガッ!?」


 斜面から突き出した、岩かなにかの硬いものに頭を打ち付けて。


 まるで途切れるように、僕の意識は黒に染まった。

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